FILE8 銃殺 3

「なんで銃だったの?」

「はい?」

 銃殺の言葉に、謀殺は首を傾げた。

 主語の足りない言葉では真意を掴みかねたらしい。

 銃殺も言葉足らずだったことに気付き、手探りに話し始めた。

「だってさ、別に銃じゃなくても、ナイフとか爆弾とか、ほかにも人を殺す手段はあったわけじゃない。それなのに謀殺さんは、迷わずわたしに銃を与えた」

 今まで自分が住んでいた家を離れる際にも、銃殺はけして振り返ったり感傷に浸る様子を見せたりしなかった。路傍の花になど一瞥もくれない人間の態度と同等である。

 当然のごとく家の前に停められた車へ謀殺と共に乗り込み、心地よいクッションの感触に身を埋めながら、銃殺はたどたどしく説明を続ける。

「わたしが入る前にいたのは、撲殺さんと爆殺……は、もう死んじゃったけど、それから刺殺や抉殺さん、それから……」

「俺だな」

 横入りしてきた声に顔をあげ、「あれ」と銃殺は疑問符を浮かべた。

「なんで毒殺さん?」

 車の運転席に座って運転しているのは、謀殺のしもべである抉殺ではなく、ガスマスクで顔半分を覆った毒を扱う殺人鬼、毒殺だった。

 道理でいつもより運転が荒いわけだ。

 抉殺ではなく彼が、謀殺の乗る車の運転をするなど、珍事もいいところである。

 訊ねると、通例通りの気怠い声で返事が来た。

「ん……謀殺さんに頼まれてこっちに回った。謀殺さんは銃殺に伝えておくって言われたけど」

「ああ、銃殺さんにお伝えするのを忘れていました」

 いけしゃあしゃあと開き直るのは謀殺である。

「………………」

 ぎろりと銃殺が謀殺を睨んでも、彼に通用した例は皆無であるため、銃殺は睨んだ顔を不機嫌に歪め、視線を謀殺から外して「ふん」と鼻を鳴らした。

「それで、どうして貴女に銃を与えたか……という話でしたね」

 なにやら嬉しそうに笑んで、謀殺は銃殺の話を拾った。

「貴女が理性で人を殺せるからですよ」

「理性ぃ?」

 素っ頓狂な声をあげ、銃殺が片目を細め自らを指さした。

「どう考えても理性で人なんか殺してないよ。だってわたしは今まで、憎いと思った奴は片っ端から……」

「それです」

「え?」

「『憎いと思った奴』しか、貴女は殺さない。そこにいる毒殺さんはクラスメイトを、遊殺さんは手近にいた幼馴染を殺しています。そこに理性は存在せず、あったのは純然なる殺意のみです」

「……なに、それがわたしの至らない点だと?」

 気色ばむ銃殺。

 聞こえによっては、銃殺が殺人鬼として未熟であると言われているようなものである。銃殺には自らが未熟であるという意識も自覚もあるだけに、癇に障ったのだ。

「違いますよ」

 謀殺は緩やかに首を振る。

「貴女は素晴らしい殺人鬼です」

「それ、遊殺や虐殺にも言ってなかった?」

「言いました」

「リップサービスは嫌い」

「本心ですよ」

「女にだけ?」

「さて……」

 謀殺は両手をあげてゆるりとかぶりを振った。誤魔化しているのではなくふざけているのだ。それに気付かないほど銃殺は頭が悪くない。そもそも謀殺の表情を見れば歴然である。この謀殺の表情はふざけているときのものだ。

 二十歳そこそこの銃殺からすれば、五年は長い。

 その長い五年間を、殺人鬼クラブのメンバーとして過ごしてきた。

 少しくらいなら、謀殺の表情の機微を読み取れる。謀殺が読み取らせてくれる。

「――それが貴女の美学です。人を見て人を殺す。私やほかの皆さんではできない、とびきり上等の理性です」

「それと銃が、どう関係するの?」

「ナイフや毒、ロープなどと違い、銃には撃つまでの過程が多いのです」

「……確かに」

 弾を装填し、撃鉄を起こし、照準を合わせ、撃つ。

 ナイフや毒を用いればことは一瞬で終わるが、銃はそうはいかない。

「突発的な殺人ならばそれでもいいでしょう。しかし突発的であっても、銃を用いればほんの数秒、理性的になる瞬間がある。私はね、その理性を越えて人を殺せる同胞が欲しかったんです」

 緩慢な動きで優雅に脚を組み、しみじみと頷く。自らが造り上げた芸術品を堪能する芸術家のようだと、銃殺は思った。

「そして私は見つけました。あの時の発見は偶然としか言いようのない瞬間でしたが、私にとっては最高の偶然です。必然、とは言えませんが」

 ひとを安堵させ懐柔する笑顔で、殺人鬼のまとめ役は語る。

 記憶にある「あの時」の感動を思い出しながら。

 少女は求めていた、殺人の機会を。

 少女は求めていた、殺人の手段を。

 少女は求めていた、殺人の世界を。

 謀殺は求めていた、有能な殺意を。

 謀殺は求めていた、有望な殺意を。

 謀殺は求めていた、絶大な殺意を。

 少女は持っていた、切実な殺意を。

 謀殺は持っていた、殺人の世界を。

 だから――少女と謀殺が出会ったのは、最高の偶然だったのだ。

 あと少し謀殺が少女を見つけるのが遅かったら、少女の心は取り返しのつかないほど壊れていたかもしれない。

 あと少し少女が謀殺に助けを乞うのが遅かったら、謀殺の求める殺人鬼は誕生しなかったかもしれない。

 いや、もしかしたら少女の心はとっくに壊れていて、謀殺がからっぽになった心に殺意を植え込んだだけかもしれない。そうでなければ誰が実の母親を殺そうなどと、平常な心で決めるものか。

 殺人鬼たちにとって親殺しは珍しい悪行ではない。まとめ役である謀殺が、そのもの親殺しを画策している。それは殺人鬼クラブの誰もが知る常識である。

「私は貴女を一目見たときから、貴女には銃しかないと思いました。これは私にしては珍しい直感です。普段理論を弄する私が直感を信じるなど、ほかの皆様から見れば驚愕だったでしょうね。そう考えると、理性云々は少々後付けの設定です」

「私を見たとき? いつ?」

「それは内緒です」

 人差し指を口元へ当て、謀殺は秘密のジェスチャーをした。こうなってはどんな拷問を使っても口を割らないだろう。惨殺や遊殺を使っても無駄かもしれない。銃殺は特に名残惜しい気配もなく、追求を諦めた。

「私にとって貴女との出会いはまさに青天の霹靂でした。まるで自分を見たかのようでしたよ」

「嘘はもっと上手に隠すものよ」

「嘘でも冗談でも、こんなこと言いませんよ」

 誠実そうな外見とは裏腹に、実際は殺人鬼集団のまとめ役であることから容易に想像できる通り、計略のためならば簡単に嘘や演技ができる彼である。そんな彼の先の言葉をそのまま信頼するのは難しいだろう。

 なにより銃殺が、暗澹たる過去から他人を信頼することを恐れている節もある。

 これが毒殺や刺殺ならば、半信半疑、話半分に信用する器用さを発揮するだろうが。

 白か黒か、一か十か。

 信じるか信じないか。

 銃殺は不器用で、両極端な女だ。


 ◆◆◆


 謀殺が初めて少女を見たとき『まるで自分を見たかのよう』だと言ったのは、銃殺は嘘であると断じたが、実はあながち嘘ではなかった。

 いつ、どうやって彼が少女を見つけたのかはあえて伏せるとして、その瞬間の謀殺の衝撃だけは明記すべきだろう。

 どこか暗い感情を背負った女子中学生だった。髪は長く、量が多い。その黒さから、さらに陰鬱な雰囲気に拍車をかけていた。眉は強張り、口は真一文字に結ばれ、なにより瞳からはいつでも涙がこぼれそうな危うさがあった。

 少女はいじめを受けているようだと、謀殺にはすぐにわかった。

 あとから調べてみればあまりに稚拙ないじめである。

 何度も何度も同じ目に遭ってきたことは明白で、俯いた少女の表情を見れば、今にも決壊しそうな苦痛が滲んでいた。

 次の瞬間、謀殺と少女の目が合った。

 それはほんの一刹那で、次の瞬間に目線は合わなくなったし、少女も目が合ったことにさえ気付かなかった様子だった。

 だが謀殺は覚えていたし見覚えがあった。

 一刹那に少女の瞳に宿っていた感情を。

 憎悪、嫌悪、侮蔑、そしてなにより――殺意。

 相手をどれだけ苦しませたうえで殺すか、その激情を!

 謀殺には世界中のなにを犠牲にしても殺さなければならない人間がいる。

 その人間に向ける殺意と、少女の瞳に宿っていた殺意は――同一だった。

 絶対に殺してやると口には出さず、しかし心に確実に潜ませている。

 今まで様々な殺人鬼たちを見てきた。だがここまで自分と同じ種類の殺意を持つ者には、ついぞ出会ったことがなかった。

 抉殺と自身を「似ている」と評したことはあるが、相似と同一は別物だ。

 だから謀殺は、少女を『欲しい』と思ったのだ。

 よくある例ならむしろ同族嫌悪を持って排除したがるかもしれないが、彼は真逆に少女が欲しくなった。同族だからこそ、手元に置きたくなった。いや、所有ではない――同族だから、近くにいたいのだ。

 帰属意識。

 とでも言うのか。

 優秀な毒殺より、有能な抉殺より、少女の持つ殺意がなにより必要に見えたのだ。

 家族のような安心感。

 家族を殺さんとする謀殺が少女に見出したのは、家族に向ける親愛の情であった。

 同一の憎悪。

 同一の殺意。

 だから謀殺はあるとき問うた。

「親を殺したいと思ったことはありませんか」

 銃の手入れをしていた彼女は最初きょとんとしていたが、謀殺の言葉を咀嚼し終えると、


 彼そっくりに、嗤った。


「ええ、殺したいわ」


 鏡に映る虚像が実像となって現れたかのように、謀殺は錯覚した。

 否、鏡は所詮鏡。鏡写しは正反対だ。だからこの例えは間違っている。

 謀殺は自分とまったく同一の異物を見たのだ。

 同じ顔、同じ身体、同じ笑顔。

 同じ思考、同じ思想、同じ願望。

 一緒であることが、これほど嬉しいものだったとは。

 どこに行っても偽物で、どんなに生きても贋作で。

 人間であることがそもそもの間違いであった自分と一緒の彼女を知ったとき、彼はすべてを投げうってでも彼女の望みを叶える義務があると――そう確信したのだ。

「謀殺さんも、親を殺したいのでしょう?」

 女性にしては低く、穏やかな声で彼女も問うた。

 ならば私も答えなければならなかった。

 ならば私も応えなければならなかった。

 だから私も嗤って答えた。

 だから私も嗤って応えた。


「ええ、殺したいです」


 謀殺は答えと共に誓った。

 彼女の悲願を果たしたときこそ、自らの悲願を果たすときであると――。

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