FILE7 刺殺 5

 刺殺が監禁されていた部屋とは別の、比較的綺麗に掃除されていた部屋に、彼女の持ち物と、刺殺の所持品が見つかった。全部でふたつ。財布と携帯端末だ。

 実際どこにでかけたって、このふたつさえあればどうにでもなるものである。

 携帯端末を手に取り、ロックを解除する。この携帯端末は謀殺から支給されたもので、市井に出回っている携帯端末とは多少なりともレベルが違う。最近のそれがどれだけ膨大な情報網やセキュリティを持っていても、きっとこの端末の足元にも及ばないだろう。そのため、先ほどの『彼女』も、刺殺の端末のロックを解除することはできなかったらしい。付けた覚えのない真新しい傷が無数にある。

 液晶を見ると『不在着信二十六件』『留守電メッセージ七件』の文字。すべてマネージャーの秘木朝日からだった――いや、一件だけ、別の人物から留守電メッセージが届いている。

『銃殺』

 銃殺? 銃殺とは、あの銃殺か?

 そうでなければ誰だという話だが、今までその人から電話はおろかメッセージと呼ばれる類のものを、その口以外から得たことのない場合、誰でも困惑するだろう。

 携帯端末に連絡先が入っていたことさえ忘れてしまうほど、彼女から情報を発信することがないのだ。

 おそるおそる留守電メッセージを再生する。

『………………』

 無言。

『………………………………』

 ひたすらに無言。

 それが十秒ほど続くと、ようやく息を吸う音が聞こえて、ぼそぼそと言葉を紡いだ。

『……はやく帰ってきなさい。毒殺も虐殺も心配してる』

 留守電終了。

 次のメッセージを再生します――という音声に従って、ヒメくんの怒声が響き渡る。

 銃殺が留守電メッセージを入れるというだけでも驚きだというのに、毒殺ならまだしも、なんと虐殺が自分のことを心配しているらしい。以前ウィッピングを強要したことを許してくれたのだろうか。

いや――わかっている。

 自分が思っていることを他人が言っている風にして、本人に伝える卑怯な手段だろう。

 まったく、本当に、手に負えない。

 彼女はどうしてこうも、不器用なのだろう。

 愛しくなるくらい、食べたくなるくらい、いじらしい。

 そのままの自分を慮ってくれる。

 慮ってくれると言えば、そうだ、残り六件の留守電メッセージを残した彼の声にも耳を傾けなくては。

 刺殺は留守電メッセージの再生を終了させ、電話帳にある秘木朝日の名前をタップした。

 コール一回、繋がる。

『おい、今どこにいる? というかお前スバか?』

 端末から、憔悴しきった、聞き慣れた高い声が電波を伝って耳に届く。

 同胞の声を聞くのはもちろん安心する。しかしヒメくんの声も、こういう時に聞くと安心させられる。

 ――本当のことを知られたら、やっぱりヒメくんも殺さなくちゃならないかな。

 だけど、ヒメくんがいなくなるのは、困る。

 通話を続けながら、刺殺は廃屋を出る。どうやら病院だったらしく、今が夏だったら絶好の肝試しスポットとして繁盛しそうだ。

 冬である現在では、怖さも半減するが。

「俺はシュヴァリエ・カルヴァン・アルバート・御嶽だよ、モナミ。大丈夫、ちょっと暴漢に襲われてただけ」

『それは大丈夫とは言わねぇよ。あとわざわざフルネームを名乗らなくていい』

「手厳しいなあ」

『怪我してないだろうな』

「あ……顔を殴られた」

『おい、明日はファッション誌の表紙の撮影があるんだぞ。どうするんだよ』

「俺が悪いの?」

『そりゃ暴漢が悪いが』

「ならいいでしょ。俺を担当するメイクアップアーティストって、あのルージィ・ラニュレールだろ? なんとかしてくれるって」

『馬鹿野郎。ルージィは世界的なメイクアップアーティストだぞ。失礼があって怒らせたらどうするんだ』

「そのときは謝るよ」

『……ったく。明日は十時。遅れるなよ』

「うん、わかった」

 その後もいくつか悪態をつかれ、最後はヒメくんが一方的に通話を切って終わった。

「………………」

 銃殺もヒメくんも、きっと俺のことが好きで。

 俺もふたりのことが大好きで。

 そんな幻想に浸るくらい、許してくれたっていいだろう、神様?

 偽物の愛が本物になると夢想したって、許してくれるだろう、神様?

 空には満天の星空。

 この空の下、星の数ほどいるひとの中から誰か愛するひとを見つけ出して。

 今じゃなくていい。でもいつか。

 自分の騙る愛が本物になって、独善的な愛は正真正銘の愛になって。

 愛してるって、心から言える。

 そんな殺人鬼になれたらと――。

 そんな俺になれたらと。

 分不相応に考える、最も愛すべき己を愛せない男は、胸の上で十字を切り、いもしない神に切に祈った。


FILE7 刺殺 完

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