FILE7 刺殺 1

 煌めくフラッシュライト。瞬くシャッター音。その中心に立つのは、現在の流行を捉えた最先端の衣服に身を包み、ときにクールに、ときに煽情的に、ポーズと表情を自在に操る金髪碧眼の男性。

 この写真が雑誌に掲載され、その衣服の素晴らしさに気付いた購入者は、衣服も購入して自分で着て落胆するだろう。衣服は彼が着ていたことでこそ輝いていたと。

 長い四肢に鍛えた肉体、ほつれを知らない癖のある金糸の髪。垂れた瞳は色気を漂わせ、多くの女性を骨抜きにする。この場にいる関係者の女性はもちろん、雑誌やテレビ番組で彼を見れば、彼の色香に惑わされること必見だ。

「OKです」と号令がかかり、ようやくフラッシュライトの煌めきもシャッター音の瞬きも静まり返る。だが彼の色香だけは落ち着くことはなかった。

 関係者に挨拶をしてまわる彼と相対すると、女性スタッフは慣れたもので淡々と挨拶を返すものの、耳や頬の紅潮は隠すことができない。男性スタッフは同性であるがゆえにそこまで反応を見せないが、時折、熱い視線を送る者がいる。

 挨拶まわりを終えると、低い位置から声がかかった。

「スバ、この撮影で今日の仕事は終わりだ。明日も別の雑誌の撮影あるから、ちゃんと飯食って寝ろよ」

「ありがと、ヒメくん」

 スバと呼ばれた金髪碧眼の彼は、彼の胸にようやく届くくらいの頭にお礼を言った。

 確かに彼の身長は高い方に分類されるだろうが、この場合はヒメくんが小さいだけである。

「ほかに仕事は?」

「あるぞ」

「なに?」

「余計なことするな」

 きょとんとする。

 ヒメくんは顔を不快げにしかめた。

「先週、先月、先々月、その前も! 片っ端から女に声かけてその瞬間ゴシップ誌に写真撮られて! しわ寄せは全部おれに来るんだ! 社長に怒られたのもおれだぞ! いい加減その好色どうにかしろ!」

 大声で詰め寄るヒメくんにたじたじと後退る。

「ヒメくん、まだひとがいっぱいいるから、もうちょっと声抑えて……」

「いいや、お前がもう女に手を出さないと誓うまでやめねえぞ」

「ごめんって!」

「謝りゃいいってもんじゃねえ」

 平謝りながらも女性関係を改善する旨は発言しない姿に溜息をつき、憎たらしいことに子供を相手取る際に大人がそうするような、腰を屈めて自分と視線を同じくする姿勢を取るその頭に、持っている携帯端末を縦で殴ってから、ヒメくんは仕切り直した。

「今日の帰りの足は?」

「知り合いに送ってもらうよ」

「女じゃないだろうな?」

「ちゃんと男だよ」

「……ならいい」

 殴られた箇所を撫でながら答えると、やれやれとヒメくんは背を向けた。

「気を付けて帰れよ」

「うん、ありがと、ヒメくん」

 身長は低いくせに声は甲高い心配性のマネージャーと別れ、彼は待ち合わせのコンビニまで歩く。

 ――ヒメくんはああ言ってたけど。

 ――女の子を食べるのはやめられないんだよねぇ……。

 女の子はいいよね。

 いい匂いがしてあったかくて、柔らかくて――。

「刺殺さん」

 彼の背後に、その男は立っていた。

 整えられていない髪に淀んだ瞳はどちらも真っ黒。身長は彼よりも高い。マスクをしており表情は窺えない。

「よ、毒殺」

 金髪碧眼の彼――殺人鬼『刺殺』は、同胞の登場に嬉しそうに破顔した。

「モデルの仕事お疲れ様です、刺殺さん……いや、モデル帰りなら、シュヴァリエさんと呼んだほうがいいですか?」

「冗談でもやめろよ、そんな確認。お前と会った時点でもうモデルじゃなくて殺人鬼だし、あまり外で名前を呼ばれると困る」

 毒殺の言葉に刺殺は首を振って答えた。

「ああ……人気モデルは大変ですね」

「そう。んで、この容姿じゃ目立って仕方ない。迂闊に目立つ要素増やしたくないんだ」

「モデルなのに……?」

「仕事とプライベートは別。な、毒殺、飯食いに行こうぜ」

 毒殺の風貌と同様に真っ黒な車に乗り込みながら、刺殺は誘う。

 察しのいい謀殺や警戒心剥き出しの虐殺ならば、刺殺の言わんとしていることを読み取れるのだが、相手は朴念仁の毒殺である。刺殺の含みなど理解するつもりさえない。

「いいですよ、どこかのファミレスにでも行きますか」

「あー……うん、いや、俺の行きつけに行こう」

 誘った意味など届かず――流石に冗談とはいえ――呆気なく誘いに乗った毒殺に戸惑った刺殺は、いつもの軽快な口調を崩されてしまった。しかしすぐに調子を取り戻し、以前から彼を連れて行きたかった飲食店に誘うことには成功した。

 意外にも、そういう意味ではなく。

 ヒメくんに警告されなくとも、もともと今日はそのつもりだった。

「じゃあナビお願いします。俺はその行きつけ、知らないので」

「もちろん。俺の美声のカーナビなんて、世界中の女子が羨ましがる機能だぜ」

「軽口はいいので」

「ごめん」

 冗談の通じない毒殺に唇を尖らせつつ、刺殺は段取りよくナビゲーションを務め上げた。

 時折冗談や卑猥な話題を持ち出すが、毒殺にそんなものが通用するなら彼の不愛想は完成されなかっただろう。

 そして到着したのは、近隣では最も人の集まる駅だった。

 真っ赤な屋根に、地元名物を描いたステンドグラスの窓。駅自体は大きくはないものの、周辺施設の影響で平日の夕暮れどきや休日は様々な人で賑わう名所である。桜並木と林檎並木が有名であるため、ここ周辺は並木町と呼ばれている。

「刺殺さんの行きつけって、この並木町にある店ですか」

「いいや」

 刺殺は毒殺の前を歩きながら首を振った。ふたりとも高身長なので目立つことこのうえないが、それでも彼らは裏社会を生きる者。気配を極端まで薄め、意識の外側へと回る。

「駅の中に店があるんだよ」

「は?」

 刺殺の言葉に、毒殺は怪訝な声をあげた。

「駅の中には売店くらいしかないでしょう。まさかそこが行きつけだとでも?」

「そんなわけないじゃん」

 蒼い目を細めて刺殺は笑う。彼のファンが見たら黄色い歓声があがったことだろう。

「こっちだよ」

 ふたりは駅の入口を通過し、その裏側へ歩いていく。毒殺はこの近辺の飲食店に詳しくないため、刺殺がどこを目指しているのかわかるはずもない。否、飲食店に詳しくとも、彼の目的地を割り当てるのは、一般人には不可能だろう。

 誰も足を踏み入れようなどと考えない駅裏、駅員でさえ通常は立ち入らないその場所に、巨大な林檎の木に隠れるようにして、錆びた鉄の螺旋階段があった。

 刺殺は迷わず螺旋階段に足をかける。

 目を見開く毒殺に気付き、薄く笑って手招きした。

 カン、カン、カン……。響くのは靴で鉄を打つ寂しげな二重奏。

 階段の最上段。その扉は彼らを待つ。

『evil eat』

 ほとんど掠れかかった金文字で書かれた文字を最後まで読む暇なく、刺殺が扉を開けてしまったために、毒殺は推察することもできなかった。

「いらっしゃいませ」

 礼儀正しく折り目正しくふたりを出迎えたのは、給仕の恰好で黒髪を七三に分けた男性だった。吊り上がった瞳を笑みの形に細める。

「予約していた『刺殺』です」

 と、男性に刺殺が言う。

 殺人鬼としての名を名乗っていることから、この店はこちら側らしい。否、あちら側だったのなら、あんな回りくどい場所に扉など隠さないはずだ。隠れ家的食事処はよく聞くが、そんな可愛いものでないことは歴然である。

「はい、お待ちしておりました。それではどうぞ、お席へご案内いたします」

 男性の胸にはナイフとフォークを重ねたピンバッジ、その下の鮮やかな緑色のリボンには、扉と同じ『evil eat』の文字が印字されている。

 通された席は――否、通されるまでもない。この店の席はあの駅のステンドグラス前に置かれた一グループのみである。

 刺殺が迷いなくその席へ座るので、毒殺も倣って対面に座す。

「……ここは?」

 給仕の男もいなくなり、毒殺は刺殺へ訊ねた。

 刺殺は特に溜めもせず答える。

「レストランだよ」

「ここが普通のレストランとでも言い張るつもりですか」

「そんなつもりはないけど」

「じゃあ」

「まあ、まずは料理を見てからね」

 控えめだが少々不審に刺殺を見る毒殺を手で制し、刺殺は悪戯げに笑う。

 友人にサプライズを贈るときの表情に似ている。

 ふたりが友人かどうかなど、はっきりと明言はできないが。

 仲が悪いわけではないし、必要とあればこうして毒殺が足になることだってある。

 刺殺にしても、彼を悪く思っているわけではないし、できるならもっと仲良くなれたらとも思う。

 殺人鬼クラブの中で自分の好色及び性的倒錯に露骨に嫌な顔をしないのは、謀殺を除けば彼くらいだ。

 虐殺は年頃ゆえに警戒心が高いし、抉殺は毛嫌いというほどではないが自分に対し厳しい態度であることは火を見るよりも明らか。彼女たちは女性だからそう思うのだろう。しかし同性でも自分の性癖がそれなりに異常であることに自覚はある。自覚があるからこそ、彼のように自分のありのままを見せても平然としている姿は好感が持てる。

 ちなみに惨殺からは一度「可哀想……」と饒舌に語られる視線をもらっただけで、特に語るべきことはない。

「お待たせいたしました」

 自然に溶け込む声で、先ほどの給仕が皿をふたりの前に出す。

「それではごゆっくりどうぞ」

 皿に乗る料理の説明はなく、給仕はまた裏へ引っ込んだ。

 しかし説明など不要だろう。

 毒殺の前に並べられた皿には、ツキヨタケ、アカタケ、ドクツルタケ、ベニテングタケ! 多種多様の毒々しく鮮やかなキノコ料理が盛り付けられていた。

「どう?」

 頬杖をついた刺殺が楽しげに訊ねる。

「食べてみても?」

「もちろん」

 いそいそとマスクを外し、並べられたナイフとフォークを手に取る。キノコをソースと絡め、口へ運ぶ。ゆっくり咀嚼し飲み込むと、毒殺の表情が見るからに華やいだ。

 刺殺は自分でこの料理を食べようなどと思わないが、毒殺を連れてきて正解だと確信した。これほどまで正直にここの料理を喜ぶ同胞はいないだろう。

 自分もそうだが、彼もまた悪食だ。

「…………っ」

 夢中で一皿平らげると、毒殺は口元についたソースを備え付けの紙ナプキンで拭い、深々と溜息をついた。

「なるほど」

「わかってくれた?」

「ええ」

 随分な悪食ですね。

 毒殺が呟く。

「そう」

 刺殺は満面の笑みで頷いた。

「俺はここのことを『悪食レストラン』って呼んでる。法外な値段と確実な味でゲストの求める料理をなんでも提供するレストラン……っていうのが、この店のコンセプトかな。店の様子見ればわかると思うけど、一日一組しか利用できない。特別感あるだろ?」

「最高に」

「俺はここの常連なの。俺だって普段は料理くらいするけど、ほかのひとが作った料理も食べてみたいって思うのは自然なことだからね」

 そう言って刺殺も、手元の皿に盛られた肉料理にフォークを突き刺した。

 美味しそうに食事をするふたりの姿は、友人には見えなかったかもしれないが、秘めた趣味を共有する同胞に見えただろう。

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