FILE4 遊殺 2
「うん? なにしてるの、遊殺?」
「扼殺! あのね、蜘蛛の巣探してるの!」
陽が高く昇った時間、屋敷のあちこちを徘徊する遊殺を見かねたのか、扼殺が声をかけた。
扼殺は、穏やかな、可憐な女性の姿をした殺人鬼である。いつもは絞殺と一緒にいることが多いが、今日はひとりで行動していた。遊殺がまとまらない言葉でそのことを問うと、扼殺は少々つまらなさそうに返答する。
「武器職人から新しい縄を受け取りに行くんだって。頑丈なやつだって、随分ウキウキしてたよ」
「そうなんだ! 新しいおもちゃは、いつ貰っても嬉しいもんね!」
「……で、なに。蜘蛛の巣だっけ?」
「うん」
頷いて、肩に提げていた虫かごを扼殺の目の前へ差し出した。
「これ!」
「うっ……」
呻くのは扼殺だ。さもありなん。
何故なら、その虫かごにはぎっしりと、映像や画像ではお見せできないほど、節足動物が詰め込まれていたからだ。蠢く虫たちのカサコソいう音が耳障りで嫌悪感を誘発する。
女性には虫嫌いが多いが、さすがにこれは男性でものけぞって拒否反応を示すだろう。
「これをねぇ、蜘蛛の巣にひっかけるの」
「それは楽しそうだけど、その虫を全部蜘蛛の巣にひっかけたら蜘蛛の巣が壊れちゃうよ」
「えっ、ああ、そっかぁ……」
扼殺の指摘で気付いたのか、遊殺はしょんぼりと肩を落とす。
全身で感情を表現する遊殺の、見るからに落ち込んだ雰囲気を見て取って罪悪感を覚えた扼殺は、ちょっとした助け舟を出した。
「蝶とかは標本にしてみたら? 謀殺さんに頼めば立派なのを作ってくれるよ」
「標本?」
「観賞のために虫を加工するんだよ。蝶とかは綺麗だから、ずっと見ていたいでしょ」
遊殺の落ち込んだ雰囲気がみるみる活気に満ちていく。下がった眉も伏せられた眼差しも、もうそこにはない。
「標本! いい! それいい! ありがとう、扼殺!」
「どーいたしまして」
「ねえ扼殺」
「なに、遊殺」
呼びかけた遊殺は、もじもじと恥じらう仕草を見せた。指先をしきりに動かし、目線を右へ左へと移ろわせる。
「……一緒に蜘蛛の巣、探して」
「なんだ、そんなこと?」
突然恥ずかしがる動作を見せたので、扼殺は怪訝な表情だったが、遊殺の言葉に破顔した。場合によっては実現不可能なお願い事でもされると思ったのだ。
「ワタシでよければ、ご一緒するよ」
肩透かしを食らったことは否めないが、遊殺はただ遊び相手が欲しかったのだろう。
扼殺も、遊殺や惨殺と同じく謀殺の屋敷で生活をしている殺人鬼だ。幾度か屋敷内ですれ違ったり食事を共にしたりしているが、その隣にはいつも絞殺がいる。遊び相手として声をかけたかったが、誘いあぐねていたに違いない。
幼いながらも、そういった気遣いはできるくらいには、精神年齢は高いようだ。
「じゃあ行こっか、蜘蛛の巣探し」
伸ばされた扼殺の左手を、遊殺は強く右手で握った。
――とはいえ。
手を繋ぎながら、中庭の茂みを移動する。
草花を眺めながら、扼殺は半ば蜘蛛の巣探しは達成できないだろうと踏んでいた。
――謀殺さんのお屋敷なんだから、蜘蛛の巣があるとは思えないんだよね。だってゴミだって死体だって、あの鳥のお面のメイドさんが片付けちゃうんだから。
きっと蜘蛛の巣も作られた端から壊されてしまっている。
ないものを探すというのは、はっきり言ってしまえば無駄骨だ。
――まあそれでも、あんまり話さない遊殺と話すチャンスだと思えば、無駄ではないのかな?
小さい子は、大事にしないとね。
中庭から玄関まで移動する。
「あのね、この間捕まえたおもちゃは惨殺に取られちゃったの」
「あのね、人間は思い込みが激しくてね、想像しただけで火傷できちゃうんだよ」
「あのね、あたしはフルートが吹けるんだよ」
「あのね、左側の怪我は全部自分でやったわけじゃないんだよ」
「あのね、あたしは殺人鬼クラブに入る前は孤児院にいたんだよ」
「あのね」
「あのね」
「あのね」
噴水のように湧き出る遊殺の話題は、独り善がりでこちらの話など聞いていないし、脈絡もなくてもどかしいけれど、楽しそうに話す遊殺を見る限り、悪いことではなさそうだった。
「あんまりないね、蜘蛛の巣」
「うん、ないね」
「じゃあ全部標本にする?」
玄関付近の、檻を彷彿とさせる柵の手前を歩きながら、扼殺は遊殺に提案した。
「うーん……」
柵と柵の間に顔を押し当て、囚人のような真似をする遊殺。
全部標本にしようか、蜘蛛の巣探しを続行するか、あるいは別の遊戯を考えているのか、悩んでいる様子だが、なかなか彼女の口から結論は出なかった。
「ううーん……ん?」
随分悩んでいたが、目の前を通る妙齢の夫妻を目に留めて、そちらに気を取られたらしい。
妙齢の夫妻も、遊殺に気が付いた。
「どうも」
先んじて扼殺が挨拶をしておく。この屋敷が蝶咲分家の別荘だということは知られていないかもしれないが、少なくとも人間が六人住んでメイドも多く雇っている屋敷だ。注目の的であることには変わりない。屋敷内にいた人間が挨拶もできないと噂されては、家主である謀殺の顔に泥を塗ってしまう。
しかし、夫妻は挨拶を返さなかった。
ただひたすらに、遊殺のことを凝視していた。
穴が開くほど。
遊殺を見れば、いつの間にか柵から離れ、彼女も、夫妻のことを凝視していた。
「………………」
「………………」
「…………白雪?」
重苦しい沈黙に扼殺がげんなりしてきたところで、夫妻の女性の方が、声を絞り出した。
白雪?
瞬間、電流を浴びたかのように遊殺が身体を強張らせた。
その際、持っていた虫かごを取り落とす。弾みで蓋が開き、虫かごに囚われていた虫たちは、一斉に外へ飛び出した。一歩、二歩と後退り、震える声で、遊殺は忌まわしい存在を口にした。
「ママ……パパ……っ」
そしてそのまま半狂乱に叫んだ。
「いやぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!」
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