FILE3 謀殺 3

「それで?」

 と、毒殺は持っているグラスをテーブルへ置きつつ先を促した。今日は珍しくガスマスクをしていない。

「殺人鬼のまとめ役が誕生した瞬間は、いつになったら話してくれるんです?」

 すでに話に飽きてきた様子だ。グラスに付着した水滴を指でなぞったりつついたりして、つまらなさそうに言う。

「だから、つまらない話です、と前置きしたではありませんか」

 謀殺は肩を竦めた。

「『謀殺』という殺人鬼が生まれるのは、このときから三年以上もあとですよ」

 聖夜。

 殺人鬼クラブのクリスマスパーティもお開きになり、それでは残った私たちで晩酌でもしましょうか、などと提案したら、自分の過去を話す羽目になってしまった。

 酒の肴には丁度いい話題かもしれない。

「まあそう言うなよ、毒殺。謀殺が殺人鬼になった頃を知ってるやつなんてもうほとんど死んじゃったんだから、本人からその話を聞けるなんてレアな体験だなーくらいに思っとけばいいんだよ」

 酒類のアルコールによって頬を赤く染めながら、金髪碧眼の麗人、刺殺は髪をかき上げた。

 彼の掲げるワイングラスは赤く、丸いなにかがぷかぷかと浮かんでいた。

「ボクも謀殺さんの話は興味ある」

 と、絞殺。

「ワタシも気になる」

 と、扼殺。

 ふたりは大きなソファの真ん中に身を寄せ合って手を繋ぎながら座っている。

「抉殺さんも気になるでしょ?」

 謀殺の傍らに控えている給仕姿の抉殺を仰ぎ見て、扼殺は同意を求めた。

「さあ、どうでしょう」

 謀殺の忠実なるしもべである彼女は、肯定とも否定とも取れない曖昧な返事をした。

「まあ、この先を詳しく話しても意味はなさそうですから、かいつまんでお話しさせていただきます」

 ソファの背もたれに寄りかかり、過去を逡巡する。

 もう、十五年も過去のことなのか。

「私は鷹姫さんと計画して、とある実験をしました」

「実験?」

 刺殺が首を傾げる。

「実験って、普段毒殺がやってるような?」

「違いますよ」

 謀殺はゆっくりと首を振った。

「『自分が人を殺せるか』実験したのです」

「………………」

 静かになる聴衆。次なる言葉を待っている。

「父親を殺すには、その周辺にいる者たちも片付けなければいけなかった。私が直接手を下す場合も、誰かを使って殺す場合も、殺人行為に罪悪感を覚えるようでは駄目なんです。平気で、鼻歌交じりに殺せるくらいでないと」

「それを考えたのは当時十四歳の子供でしょう? 随分突飛でいかれたことを考えましたね」

 毒殺が真っ黒な瞳を少々見開いた。

「十四歳といえば立派な思春期でしょう。むしろそれくらい考えるのが普通なのでは?」

「思春期でも考えるだけで、行動に移したりなんかしませんよ」

 毒殺がうつろな瞳で謀殺を見据える。

 彼は殺人鬼になってもなお、表社会における常識的な観点を持っている、珍しいタイプの殺人鬼だ。

 倫理観の欠落した空間の中にある常識的な観点は、非常に貴重で、ありがたい。

「謀殺さんの実験のモルモットは誰がなったの?」

「それともモルモットじゃなくてスケープゴート?」

 絞殺と扼殺が興味津々といった様子で身を乗り出した。

「スケープゴート。言い得て妙ですね」

 謀殺は苦笑する。

「私が初めて殺したのは、家の執事です」

「羊?」

「執事」

 茶々を入れた毒殺が肩を竦めた。

「金持ちっぽい単語だ」

「殺しましたけどね」

 刺殺がにやにやと笑いながら訊ねた

「どうやって?」

 さも愉快だと言わんばかりに、目尻をぐっと下げ、唇を歪ませる。。歪んだ表情さえ、美しい彫像のように整っている。

「ナイフ? 銃? ロープとかも風情があるなぁ。金持ちらしくブロンズ像とかで撲殺もありかも」

「ご期待のところ申し訳ありませんが、私が直接手を下したわけではないんです」

「へえ?」

「ただ単に、少し仕事をやりにくくして、情報操作をして、本人も気付かないうちに追い詰めていっただけです」

 仕上げには、執事の部屋に様々な道具を用意した。

 気付かぬうちに嬲られ続けた執事は、その道具のひとつを使って、自殺した。

「計画から一年ほどかかってしまいましたがね。その実験のおかげで、私は人を殺すことに罪悪感を抱かない、どころか、この行為こそが私の神髄なのだと判明しました」

 父親と同じ場所に立ってしまったという嫌悪感もあったが、それ以上に幸福が全身を支配していた。

 数式を解くよりも手に馴染んだ殺人計画。

 計算に基づき、言葉、動作、すべてをもって人を殺す。

 やっと本当の自分を見つけたのだ。

 父親に言いなりの操り人形ではなく、自分の意思で動く存在になれたのだ。

 それが幸福でなくてなんだろう。

 蜜薔薇学園で戦闘を学んでいても、それは結局戦闘訓練でしかなかった。

 本当の命のやりとりをしているわけではなかった。

 物足りなく感じていた。

 当然だ。

 何故なら私は殺人鬼なのだから。

 人を殺さないで戦うだけなんて、物足りない。

 ましてや、殺されないためだけの戦術など、退屈でしかない。

「やっぱり殺人鬼の発露ってのは美しいね。Merveilleux!」

 刺殺が讃美する。

「謀殺の殺人は特に愛に満ち溢れてる。殺すことによって示される愛の、なんと背徳的で美しいことだろう」

 刺殺はアルコールか自分の言葉か、もしくは両方に酔い痴れている様子だ。

 流石に謀殺は自分の殺人に愛が存在しているなんて思ってもいないが、彼の言葉は素直に受け取っておいていやな思いはしないはずだ。

 様々な国の血が流れている彼はその場しのぎの嘘やお世辞を使わない。

 そのとき、がちゃりと部屋の扉が開いた。

「ん、謀殺さん……」

 遊殺だった。

 同胞のひとり。

 十三歳の、幼い少女。

 目が覚めてしまったのだろうか。

 先日誂えたばかりのパジャマは、もうすでに左半身がボロボロになっている。

「あ、ジュース飲んでる……」

 眠たげな目つきで部屋を見渡し、「いいなぁ」と呟く。

「わたしも、飲みたい」

「これはジュースではなくお酒ですよ」

「えー」

 遊殺は唇を尖らせた。ふらふらとおぼつかない足取りで謀殺のもとまで来る。

「ひとくち、ちょーだい」

「ですから、お酒です」

「ちょっとだけ」

「駄目です」

「けち」

 そう言うと、今度は刺殺のもとへ行った。

「ちょーだい」

「だぁめ」

「なんで」

「これは大人の飲み物」

「じゃあ、今大人になった」

「ははっ!」

 吹き出す刺殺。

 あまりにも幼い発想に驚いたのだろう。

「抉殺ちゃん、遊殺ちゃんになにかあげたら?」

「そうしたいところですが、こんな時間になにか飲んだら、虫歯になってしまいます」

「ああ、それはいけないね」

 遊殺からグラスを遠ざけつつ、抉殺と会話を楽しむという器用さを発揮しながら、刺殺は遊殺に唇を近付けた。

「じゃあジュースの代わりに俺のヴェーゼを……」

「いや――――っ!」

 遊殺が絶叫した。

 抉殺がツルハシを振りかぶった。

 扼殺と絞殺がソファの影へ退いた。

「ああ、いつも通りの大惨事ですね」

 自分の飲む分の酒だけを確保しつつ、毒殺がのほほんとのたまった。

「その通りですね」

 謀殺も目の前で繰り広げられるコントのような事態に、笑いを噛み殺しながら同意した。

 もしもあのとき殺人鬼になっていなかったら、こんな愉快な同胞と出会うこともなかったのだと思うと、人生とは奇縁なものだと感じてしまう。

 謀殺は人ではなく、鬼だというのに。

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