第68話 編入最終日(中編)

「お待ちしてました。先輩」


 顔を上げた奈月ちゃんは、何故だか微笑んでいる気がして、今からこの場で行われるであろうことを考えると少し不思議な気がした。


「それで、奈月ちゃんは何の用で?」


 持って回った言い回しが苦手なので、単刀直入に聞く。


「……ちょっと話長くなりますけど、いいですか?」

「うん。もちろん」


 答えは言われる前から決まっているけど、せめて想いは真摯に受け止めなきゃ。


「最初は好奇心だったんですよね」

「好奇心?」

「あの真澄先輩と付き合ってる人ってどんな人なんだろうって」

「そういうことか。納得」


 初めて遭遇したときは、尾行されたっけ。


「で、話をしてみるとですね。ちょっと変わってるなってのが第一印象でした」

「そうかも」


 言われ慣れている言葉だけに、苦笑いだ。


「でも、真澄先輩のことがほんとに大好きなんだなって伝わってきて」

「そ、そっか」


 少し照れ臭い。


「だから、お二人のことは素直に応援しようって思えたんです」

「うん」


 あのときは、感極まったような様子だったっけ。


「それが、少し変わったのは、真澄先輩の誕生日の時でした」

「一緒にプレゼント選んだとき?」

「はい。正直、コウ先輩のこと、そんなに当てにしてたわけじゃなかったんですよ。真澄先輩の恋人なら、というくらいで」

「そ、そうだったのか。頼りにならなくてごめん」

「いえ、そういう話ではなくてですね。その、当てにしてなかったんですけど、凄い熱心にプレゼントの相談に乗ってくれたじゃないですか」

「ま、まあそうかな?でも、真澄のためってのが大きかったよ」


 もちろん、奈月ちゃんが満足行くものを選べればとも思っていたけど。


「コウ先輩にとってはそうなんでしょうね。でも、ほんとに好きな人のことを考えられるってこういうことなんだなって、私、感激してたんです」

「そこまで褒められると照れるんだけど」


 ともかく、と。


「それからですかね。コウ先輩ともっと仲良くなりたいって思ったのは」


 そんなことがきっかけになるとは……。


「そうそう。それで気になったんだけど、あの、清水君とはどうなったの?」


 これは聞いておかなければいけないことだった。


「ちょっと出汁に使ったというか。清水君は居て、ゲームが好きな子なのも本当なんですけど」

「出汁?」

「それを口実にして、先輩と一緒に居られないかなって」

「それでか。言う程、彼の事を気にしてないように見えたの」


 その清水君の事が好きなら、どこが素敵だとかそういう話が出ても良さそうだったけど、結局、ゲームに夢中になっていただけだったし。少しだけ引っかかっては居たんだよなあ。


「先輩と一緒に居る時は、だいたい真澄先輩も一緒でしたけど」


 そんなことを相変わらず楽しそうに語る奈月ちゃん。


「にしては、随分と平然としているね」


 これから告白しようとしているにしては、不釣り合いな程。


「だって、別に私はお二人の間に割って入りたいわけじゃないですから」


 出て来たのは意外な言葉。


「だから、部活の歓迎会も喜んで協力しましたし、こないだの結婚式ごっこも」

「ちょっと話が見えないんだけど……」


 僕と一緒に居たいけど、別に割って入りたいわけじゃない?


「要はですね」


 一息おいて彼女は続けた。


「私は、真澄先輩のことを好きなコウ先輩が好きなんです」

「えーと?ということは、別に付き合って、とかいう話じゃ?」


 真澄と僕の関係を知りながらも……みたいなことを想像していたのだけど。


「思うわけないじゃないですか。出会ったときには、お二人は付き合ってましたし」


 言われてみればそうなんだけど、じゃあこの話は何なんだろう。


「じゃあ、この話はどういう……」

「コウ先輩の事が男の人として好きな気持ちは本当です」

「そ、そっか。それは良かった」


 いや、良くないかもしれないけど。


「ただ、私にとっては、お二人の関係への憧れの方が強くって。こんな中途半端な告白になってしまってすいません」


 そう言って頭を下げる奈月ちゃん。


「いや、謝らなくていいんだけど。それで、僕はどうすればいいのかな?」

「何もしなくていいですよ。私がただ伝えたかっただけですから」

「そっか。ありがとう」

「今日が最終日で、これから会う機会減っちゃいますから。それだけ伝えたくて」


 ですから、と。


「ただ、先輩たちの事を応援してます、てことだけ覚えてもらえれば」

「うん。ありがとう。ほんとに」


 色々、暴走して振り回されたこともあったけど、真澄以外の女の子にこれ程想われたのは初めてじゃないだろうか。


「ああ、結構時間経っちゃってますね。ほんとすいません」

「いや、いいんだけどね」


 屋上に鍵をかけて、階段を降りる。


「ああ、それと」

「はい?」

「別に、これからいつでも遊びに誘ってくれていいからね」

「いいんですか?」

「真澄も嫌だとは言わないよ、きっと」

「……はい!」


 そうして、奈月ちゃんからの謎の告白が終わったのだった。そして、あわてて職読まで行くと、


「用事、終わったん?」


 真澄たちが、まだ昼ご飯に手を付けずに待っていたのだった。


※後編に続く

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