第67話 編入最終日(前編)

 7月17日。いよいよ、今日が真澄たちの通う東津高校での生活が最後になる。


 この3週間はほんとに色々なことがあった。料理部の子たちと仲良くなったり、真澄の高校生活の一面を覗けたり、二人で一緒の学校生活を送ったり、正樹たちと一緒に遊びに行ったりと色々あった。真澄が熱を出したりもしたっけ。ちょっと期待していたプール授業は、男女別だったのが残念だったけど。


「今日で最後か。ちょっと寂しいよね」


 隣を歩く真澄に話しかける。


「そやね。もっと一緒に高校生活過ごしたかったわ」


 真澄もどこか寂しそうだ。ちょっとしんみりしてしまう。


「ま。これからも登下校は一緒にできるし、さ」

「そうやな……」


 返事にも少し元気がない。

 今生の別れというわけでもないけど、その気持ちはわからなくもない。


 そうして、下駄箱にたどりつく。いつものように上履きを取り出そうとすると、そこには何やら一枚の封筒が。こ、これはもしかして。真澄には見られていないようだったので、慌てて鞄に封筒をしまい込む。最終日だというのに、とんだハプニングが待ち受けているものだ。


 教室にたどりつくと、いつもの面々が声をかけてくる。


「おっす。コウ」

「おはよ。ますみん」


 正樹と朋美だ。


「今日で編入も最終日か。ちょっと寂しくなるな」


 同じことを感じていたのか、正樹もそんな言葉を漏らす。


「ま、私たちだったらいつでも会えるし、ね」


 と朋美。

 

「まあな。こないだみたいに一緒に遊びに行くのもいいよな」


 正樹も同意する。僕もその気持ちには同意するのだけど、それよりも気がかりなこと(封筒)があったので、気が散って仕方ない。


「ちょっと、トイレ」


 封筒を制服に詰めて、トイレに閉じこもる。♡のシールで封がしてあるし「コウ先輩へ」て書いてあるし、封筒もなんだか可愛い感じだし、やっぱりこれ……。

 考えていても始まらない。

 封を開けると


「お昼休み、屋上でお待ちしています。 折原奈月より」


 と一言だけメッセージが書いてある。え?


 奈月ちゃんってあの奈月ちゃんだよね。前に、清水君というクラスの男子が好きで仲良くなりたいからって言ってたのに、どうして……。あと、屋上って施錠されてたと思うんだけど一体どうやって。


 奈月ちゃんが一体どうしてだろうとか色々考えながら、教室に戻ると、


「どしたん、コウ?なんか変な顔しとるけど」

「ちょっと考え事」

「悩んでるようやったら、相談のるけど?」

「ひょっとしたら、放課後に話聞いてもらうかも」


 奈月ちゃんのことだから、実は告白なんかじゃなくて、もっと別の相談かもしれないし。でも、ラブレターじゃなくて呼び出しならラインを使ってくれればいいのに、と少し思ってしまった。


「……これは、鴨長明の『方丈記』の一節だ。松島、現代語訳できるか?」

「……」


 もし、ほんとに告白なら、例の清水君は一体どうしたんだろう。


「松島?」

「あ、はい。すいません。えーと……です」

「相変わらず流石だな。よろしい」


 危ない危ない。ぼーっとしていた。


 隣を見ると、真澄が少し心配そうな顔をしていたのだった。


 そして、相変わらず考え事をしながら、時は過ぎて、昼休み。


「コウ、メシ行こうぜ」


 いつものように正樹たちが誘いに来た。ただ、今はタイミングが。


「ごめん。ちょっと用事があって」

「珍しいな」


 正樹ばかりか、他の二人も少し驚き気味だ。


「ちょっと呼び出されててね。10分以上かかるかも」

「そっか。じゃあ、先に食べてるな」

「いってらっしゃい」

「気を付けてなー」


 なんだか、真澄だけは僕の事をじっと見据えている気がしたけど、まさか気が付かれたのだろうか。まあ、どっちにしろ、後で話すことになるだろうけど。


 お昼休みの喧騒の中、僕は一人、屋上への階段を登る。もしかして、という気持ちと、いやまさか、という気持ちがせめぎ合う。できれば、そうであって欲しくはないんだけど。


 屋上への扉を引くと、鍵は開いているらしく、あっさりと扉は開いた。


 屋上に出ると、涼しい風が吹く。幸い、今は太陽が雲に隠れているようだ。


 フェンスの縁で黄昏ている女の子のところに向かうと、その子が顔を上げた。


「お待ちしてました。先輩」


 奈月ちゃんが、微笑みをたたえてそう言ったのだった。


※中編に続く

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