第66話 彼女は恋してる(後編)
※R15的な描写があります。ご注意を
お昼休みになった。午前中は色々落ち着かなかったけど、とにかく昼ご飯を食べよう。そう思ったのだけど。
「今日はここで食べへん?」
真澄がなんとそう宣ったのだった。今までは、周りの目が気になるから食堂や中庭で食べてたはずなのに、どういう心境の変化だろうか。
「僕はいいけど……」
「じゃあ、決まりな」
席を向い合わせにして、くっつけてくる。なんだか、ちょっとバカップルぽい。
「なんかさ、こういうの初めてじゃない?」
「小学校の時以来やな」
しみじみと真澄が言う。中学高校は別だったしね。
「おい、コウ。メシ……ってどうしたんだ?」
誘いに来た正樹たちが凍り付いている。
「まあ、見ての通りだよ。今朝の件が続いてるみたいで」
「そうか。お幸せにな」
そう言って、正樹たちは去って行った。
「うう。さすがに、ちょっと恥ずいね」
正樹たちが去って行くのを見送って真澄が言う。
「さすがに自覚はあったんだ」
「ウチをなんやと思っとるん?」
「今日は周りのことが目に入ってないのかなーと」
「それはそれ、これはこれや」
「そっか」
真澄は、相変わらずニコニコとしている。
「はい。今日のお弁当」
鞄から差し出されたお弁当を受け取る。
「おお。お弁当は普通だね」
今朝が今朝だったから、どんなのが飛び出てくるかと思ったけど。
「中身は見てのお楽しみやで」
少し意地の悪い笑顔を浮かべる真澄が気になったけど、開けてみる。
そこには―
「白米に明太子、アジのフライ、ハンバーグ、出汁巻き卵……」
それを見てピンと来た。
「あ、これ。僕の好物ばかりなんだ」
「当たりや。ちょいバランス悪いけどな」
「でも、どうして」
「たまにはええやろ?」
「いいけどね。ありがとう」
統一感はないけど、これだけの品目を作るのは時間がかかっただろうな。そんなことを考えながら、箸をつける。
「うーん。やっぱり、明太子はご飯に合うよなあ」
そんなことをつぶやく。そういえば。
「なんだか、まだ温かいね」
「保温の弁当箱つこうとるからな」
「お弁当なのに、温かいって少し不思議な気分」
そして、やっぱりお弁当にもいつも以上に気合が入っているなと感じたのだった。
お互いに昼食をつつきながら話す。
「そういえば、結構大変だったんじゃない?朝もお弁当も」
よく考えてみれば、朝もお昼も相当手間暇がかかってそうだ。
「ちょい時間はつこうたけどな。そういうのも楽しいもんやよ」
「その。僕のために作るのが?」
少し恥ずかしい質問だけど、聞いてみることにした。
「当然。明日、コウがどないな顔してくれるかなとか考えながらは楽しかったわ」
エプロンを着て、朝ごはんやお弁当の準備をしている真澄を想像してみる。
「なんか、ちょっとそそるというか」
「そそる?」
「いや、こっちの話」
危ない危ない。変なことを考えていたことがバレるところだった。
そんなことを思って冷や汗をかいていたところ。
「はい。あーん」
お箸でウインナーをつまんで、僕の方に突き出してくる真澄。
「えーと、これは」
「言わせんといてや。わかるやろ?」
少し恥ずかしそうに目を伏せる真澄。いや、恋人同士のあーんという奴で、それはわかるのだけど。
「今まで、こういうのしたことなかったよね?」
付き合ってから結構経つけど、こういうことをされたのは初めてだ。僕も真澄も割と恥ずかしがりなところがあるので、こういうのには抵抗があったのだけど。
「ウチも実はやってみたかったんよ。恥ずかっただけでな」
「まあ、僕もだけど」
こういうのもたまにはいいか。そう思って、差し出されたウインナーを食べる。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
なんだかベタなやり取りだなあと思うけど、少しくすぐったい感じだ。自然に笑みが漏れてしまう。
「どうしたんや?にやにやして」
「にやにや?」
「思いっきりな」
「そ、そうだったのか」
にやにやしているという程じゃないつもりだったんだけど。
「ていうか、それは真澄もでしょ。朝からずっとニコニコしてるし」
「それは別にええやろ」
「可愛いからいいけどね」
あてられたのか、僕もさらっと褒め言葉を口に出してしまう。
「コウのにやにやはちょっと不気味やけどな」
「それはちょっとひどいんじゃない?」
そんなことを言ってじゃれあっていると、周りからひそひそと話し声がするのが聞こえた。
「中戸と松島、今日ははなんか雰囲気違うよな」
「ね。いつもはもっと落ち着いてるのに、今日は新婚さんみたい」
「あー、もう。バカップル、バカップル」
いつもなら、気になるんだけど、今日は不思議と気にならない。
そういえば。せっかくだし。
「はい。あーん」
「何の真似や?」
真澄は怪訝な顔だ。
「いや、さっきのお返し」
実は、僕も一度やってみたいと思っていたのだった。
「コウは意地悪やな」
さっきまで攻めていたくせに、途端に戸惑い気味だ。
「それくらい、いいでしょ?」
「まあ、ウチが先やったしな」
あーんと、僕の差し出した出汁巻き卵を食べる真澄。
「美味しい?」
「自分で作ったんやけどな。まあまあってとこや」
そう言いながらも、真澄は満足そうだ。
そんなこんなでお昼休みは無事に終わり、午後の授業を経て、放課後。
相変わらず日差しが強い中を、二人で帰る。
「今日はめっちゃ楽しかったわあ」
とても満足げにうんうんと頷く真澄。
「実は僕も」
最初こそ、彼女の態度の変化にたじたじだったけど、
気が付いたら一緒になって楽しんでいたし。
こうやって手を繋いで帰るのももう何度目かわからないけど、
いつもより暖かさが感じられる。
ふと、隣の真澄と視線が合う。
「……」
「……」
いつもよりも唇の瑞々しさとか、肌の白さとかそういうのを感じて、
少し心臓の鼓動が速くなってくる。
「あのさ、真澄。これから、部屋来ない?」
視線を少しきょろきょろとさせながら聞いてみる。
「うん。ウチも行きたい」
というわけで、真澄を連れて僕の部屋へ。
「ここに来るのも何度目やろね」
ちゃぶ台の前に向かい合って座っている真澄。
「4月に付き合い初めだから、1、2、3、4、……何回だろ」
部活の無い放課後は、外で遊ぶのでなければどっちかの部屋で
ということがあったから、結構な回数な気がする。
「ほんとに、たくさんやな」
くすくす、と可笑しそうに言う真澄。
と思ったら、ふと、僕の方にもたれかかってくる。
「……」
僕の方に顔を向けて、ゆっくりと目を閉じる彼女。
「……ん」
少し唇を離したと思ったら。
「もういっぺん」
「うん」
さらに、僕から舌も入れてみる。
「んん」
水音が響く。
「ベッド、行く?」
「うん……」
――
「今日は凄い不思議な気分や……」
ベッドに寝転がりながら、ぼーっと天井を見上げる真澄。
「不思議ってどういう風に?」
「なんやわからんけど、色々初めてやったみたいな感じ」
「僕も。真澄とキスするのもエッチするのも初めてじゃないのに」
「ウチも。服脱がせられるんが凄い恥ずかしかったし」
「確かに」
燃えた、というのもちょっと違う不思議な感覚。
「そういえば、朋美に聞いたんだけどさ」
「トモに?なんて?」
「いや、朋美のお母さん、結婚してだいぶ経つのに、時々今日の真澄みたいな風になることがあるんだって」
「自分で自分のこと見られんから、よーわからんけど」
「朋美のお母さんは、そういうとき「恋」してるんだってさ」
恋をして、恋人になって、色々なことをして。そして、結婚して、その先には何があるんだろうと考えたことがあるけど。
「「恋」ね……。案外そうなんかも。ふわふわとした気分ちゅーか」
「そうそう。そんな感じ」
その先にも色々変化はあるのかもしれない。
今日の僕たちと朋美のお母さんの話を聞いて、そう思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます