第65話 彼女は恋してる(前編)
「コウー。朝やよー」
どこかから声が聞こえる。
「もう朝ご飯やでー」
そうか。もう朝ご飯の時間なのか。でも、まだ少し眠い。
「なんか、寝顔もかわえーな」
枕元で誰かが何かをつぶやいている声が聞こえる。
「コーウー。朝ーやーよー」
肩をゆっくりゆさぶられる。
なんだか少し気持ちがいい。もうちょっとこのままでいたいような。
「……そや。いいこと思いついたわ」
何か悪だくみをしているような声が聞こえる気がする。
けど、気のせい、気のせい。
そんなことを思っていると、突如何かが僕の口に当たった。
なんか少し冷たいような。
と思っている内に、だんだん呼吸ができなくなってくる。息苦しい。
「ぷはっ」
唇に押し付けられた「何か」を押し返すと、なんとか呼吸ができるようになった。
何故かわからないけど、朝から凄くしんどかった。
目の前を見ると、そこにはよく見知った顔。というか真澄だった。
「ま、真澄?」
慌ててのけぞる。
「お目覚めのキスはどうやった?」
とニコニコしながら聞いてくる。
さっきはどうも息苦しいと思ったのだけど。まさか。
「ひょっとして、さっきのは真澄が?」
「正解や」
愉快そうにそう答える真澄。満面の笑顔だ。
「正直、息が苦しかったよ。物語で目覚めのキスをされる人たち、よく平気だね」
出て来たのはそんな感想。実際、意識が覚醒してないときにあんな風にされても。
「なんとなく、やってみたくなってな。堪忍してや」
「まあ、いいけどさ」
それに。
「それに。朝、起きたときに真澄が居るのもいいなって思ったし」
正直に言うのは恥ずかしいけど、寝起きに見た彼女はやっぱり可愛かったし。
「それならよかったわ。朝ご飯出来とるから、待っとるなー」
そう言って、やっぱり笑顔で部屋を出て行く彼女。
「ほんとに、びっくりした」
こういうちょっとしたサプライズも悪くないけど。
さて、階下に降りてダイニングに向かったのだけど。
「今日って、何かお祝い事でもあった?」
テーブルを見ると、ご飯……はいいとして、味噌汁にはハマグリが入っているし、焼き魚はといえば金目鯛の塩焼きだ。
「そりゃもう。昨日はうちらが婚約した日やし」
もう鼻歌でも歌い出しそうなくらいの陽気な笑顔でそんなことを言われると、毒気も抜けてしまう。
「あくまでも仮だよ、仮」
真澄もそんなことは百も承知だろうけど。
「仮でも何でも、それだけウチは嬉しかったんや」
「それは、まあ、良かったんだけど」
予想以上の効果を発揮してしまって、少し困惑だ。
とはいえ、お腹が空いてるのは空いてるわけで、早速食べ始める。
「美味い!ハマグリの味噌汁ってこんなに美味しいんだね」
思わずご飯が進んでしまいそうな味だ。シジミやあさりの味噌汁は食べたことがあるけど、また違う味わいがある。
「ウチも作るのは初めてやったけど。うまく出来て良かったわ」
「うん。ほんとに美味しいよ」
朝からこんなに美味しいものを食べられるとは。
続いて、金目鯛の塩焼きを食べてみる。金目鯛の煮つけは聞いたことがあるけど、塩焼きは初めてかも。
「これも美味しい。塩加減もちょうどいい感じで、金目鯛のうまみが……」
「食レポはええから」
せっかく美味しさを伝えようとしたのに遮られてしまった。
「とにかく、凄く美味しいよ。金目鯛なんてどこで買って来たの?」
「昨日の夜、スーパーでちょっと見かけたんや」
普段、スーパーには行かないけど、そんなものまであるものなのか。って。
「昨日は夜までパーティがあったよね」
そう。昨日は、婚約(仮)のパーティがあったはずなのだ。
「そりゃもう。その後、スーパーに行って来たに決まっとるよ」
と何でもないかのような答え。まさか、そこまでしてくれるとは。
「うん。お米も美味しい」
「それは良かったわ」
パクパクと食を進めていると、僕の顔をじっと見つめている真澄と目があった。
「どうしたの?凄い幸せそうな顔して」
「そんなに美味しそうに食べてくれるから、嬉しうてな」
「そ、そっか」
笑顔で見つめられているのがなんだか恥ずかしくて、目を背けてしまう
朝から僕たちは何をしているんだろう。
そして、登校している今も。
「~~~♪」
とてもご機嫌な様子で僕に寄り添って腕を絡めてくる真澄。
目を合わせても、ひたすらニコニコしている。
なんだか、僕の方が気恥ずかしくなってしまう。
「そのさ。今朝からどうしたの?」
今朝の真澄の様子はいつもと違って、ドキドキさせられてしまう。
「何いうてんのか。コウのせいやよ」
そう言いながらも、相変わらず上機嫌な様子。
「ぼ、僕?」
「昨日、コウが誓ってくれた言葉。忘れとらんよ」
あの誓いの言葉か。嘘偽りは言って無いつもりだけど、そこまで嬉しかったとは。
「僕は素直な気持ちを言っただけなんだけど」
そこまで喜んでくれると照れくさい。
「それでも、や。今もコウのことが好きやーって気持ちが収まらんもの」
そう言って、さらにぎゅっと抱き着かれる。
付き合い始めたときでも、ここまで熱烈に愛情表現されたことがあっただろうか。
嬉しいんだけど、羞恥心が限界に達しそうだ。
そして、それは登校してからも続くのだった。
「松島と中戸、いつもより熱々じゃね?」
「だよね。なんか、雰囲気が違うっていうか」
廊下を通ると皆に噂される始末。
「よっコウ。って、中戸……」
「ますみん……」
正樹と朋美の二人が揃って若干引いていた。
真澄がトイレに行った隙に二人と話し合うことにした。
「あれ、何があったんだよ」
「昨日のパーティが凄く嬉しかったらしくってね。それで、今朝からあんな感じ」
今朝の僕たちの様子って、周りから見たらバカップルなんじゃないだろうか。
「ますみん、よっぽど嬉しかったんだね」
朋美も苦笑いだ。
「それで、どうすればいいかな」
別に嫌というわけじゃないんだけど。
「流れに任せるしかないんじゃね?」
「こんなますみん、私も初めて見るしね」
正樹はともかく、ずっと真澄を見ていた朋美が言うのだから、よっぽどだろう。
「ふふ。そういえば、お母さんたちのこと思い出したんだけどさ」
可笑しそうに、語り出す朋美。
「朋美のお母さん?」
「うん。知っての通り、共働きの普通の家庭なんだけどね。普段はのんびりした感じなんだけど、時々妙に熱に浮かれたようなときがあるんだ」
そんな家庭もあるんだ。世の中は色々だ。
「私は、そんな様子を見るたびに「結婚して何年経ってるのかな……」って呆れてたんだけどね。で、一度、お母さんに聞いてみたんだ」
「それで、なんて?」
どんな答えが返ってきたのだろう。気になるな。
「「言葉にすると、恋してるって感じかしら……」だって」
「そんなことが……」
「恋」か……。
「もちろん、お父さんとお母さんは恋をして結ばれたわけだけど。結婚して何年も経って恋をするってどんな感じなんだろうってちょっと思ってたの」
「だろうね。うちの父さんと母さんがそんなだったら、ドン引きしてるよ」
父さんと母さんがリビングで熱々カップルさながらの会話を繰り広げてたら
と想像するとげんなりしそうだ。
「何を他人事のように言ってるのかな。今のますみんがまさにそんな感じだよ」
「いや。僕と真澄はまだ普通にお付き合いしてるわけで……」
そういうのとは少し違うんじゃないかな。そう弁解したかったのだけど。
「そりゃ、ますみんはうちのお母さんみたいに年食ってないけどさ。今のますみんの態度、お母さんそっくりだよ」
「えー?」
それは少し不本意だ。
「それで、コウ君はどうなの?」
「僕?そりゃ、嬉しいし好きだと思うけど。恥ずかしいっていうかさ」
「ドキドキしたりはしない?」
「そりゃ、ドキドキはするよ。あんな真澄、普段は見ないし」
「じゃあさ」
と続けて朋美が言った。
「楽しめばいいんじゃない?ますみんも幸せ、コウ君も幸せ、win-winだよ」
その直後、真澄が戻ってきて話はお開きになったのだけど。
朋美の言葉のせいか、授業中、真澄のことばかり考えてしまい落ち着かない。
隣の真澄を見てみると、なんだかふにゃっとした顔をしてるし。
しかも、視線が合うと凄く幸せな顔をするし。
これじゃあ、授業にも身が入らないな。考えてみると、付き合う前はこうして真澄のことばかり考えていることがよくうあった気がする。あ、そうか。
(これが「恋」をしてるってことなのかな)
ふと、朋美の言葉が腑に落ちたのだった。
※後編に続く
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