第62話 彼女の様子がちょっと変(後編)
それは、真澄を運び込んで看病中の出来事だった。
僕は、背中を向けた真澄の肌をみながら、ドキドキとしていた。
もちろん、何かエッチなことをしようというわけではなく、れっきとした看病だ。
「今はエッチなことはなしやで」
からかうようにそういう真澄。そんな冗談が言えるようだったら、大丈夫だろう。
「わかってるよ」
苦笑しながら、そっとタオルを背中に押し当てて、彼女の背中を拭く。
「んっっっ」
わざとなのか、自然に出しているのか、妙に艶めかしい声を出す真澄。
「それ、わざとじゃないよね?」
「そ、それは、もちろんやで」
なんだか怪しい返答が返ってきた。
再び、今度は背中の下の方を拭う。
「んっっっ」
やっぱり、妙に艶めかしい声を出す真澄。
「ほんとーに、わざとじゃないよね?」
「も、もちろん、やで」
これは絶対にわざとだ。
「白状しないなら、こっちにも考えがあるよ」
「か、考えってなんやねん?」
「それは……」
「それは?」
「こういうことだー」
両手に持ったタオルで背中だけでなくお腹までこちょこちょとくすぐる。
「ちょちょ。くすぐったい。くすぐったい」
じたばたとする真澄。
「白状しないと、もっとするからね」
そう言って、さらにくすぐりを激しくしていく。
「うひゃ。うひゃひゃ。うひゃ。ちょ、ぎぶ、ぎぶ」
限界らしいので、くすぐりを止める。
「それで、本当は?」
「ちょとからかおうとしただけやんか」
とあっさりと白状したのだった。
「あのさ。僕も仮にも男なわけで、そんなことされたらさ……」
そう注意しようと思ったのだけど。
「別に、襲ってくれても構わんのやで」
「え?」
「だから。コウにやったら襲われてもかまへんていうとるの」
「いやいや、さすがに風邪ひいてる最中にできないってば」
「もう熱は引いとるし。別にウチは気にせえへんで」
至って平然とそう返されると、こっちが困ってしまう。
「ひょっとして、欲求不満?」
「何言うとるか」
ぺしん、と頭をはたかれる。
「いや、だって、風邪ひいてるのにエッチしたいとか」
「風邪で動けない分、なんていうか、エネルギーが溜まっとる感じなんや」
風邪でかえって性欲が強くなる、なんてことはあるのだろうか?
そんなことを思ったが、それはともかく。
「まあ、そういうのは、風邪が治った後にね」
「それくらいわかっとる」
なんだか、いつもより少しご機嫌斜めと言う感じだ。
「ひょっとして、僕が何かした?」
「別に。ウチが勝手に自分にイライラしてるだけや」
「そっか。話してくれるつもりはない?」
「ほんっとーに自分勝手な話やで」
「それでも」
「わかったわ。でも、怒らんといてな?」
「真澄の言葉で僕が怒るわけないってば」
今まで色々あったけど、真澄が僕を怒らせるような事を言ったことはなかった。
「ウチはな、コウが東津(とうづ)に編入してきてくれてから、凄く楽しいんや」
「僕もだよ」
普段の真澄の姿を見ることができて、大勢の人に祝ってもらって。
「やからな。一日一日が凄く大切なんや」
「うん」
編入してきてからまだ一週間だけど、その気持ちは同じだ。
「やのに、ウチは熱で一日休んで。おまけに、コウにまで看病させてしもうて……」
泣いているのだろうか。声は少し涙混じりに聞こえた。
「考えすぎだよ。今日、ゆっくり休んで、明日からまた登校すれば」
真澄を宥めようとしてみる。
「でもコウはあと2週間で東西(とうせい)に戻ってまうやろ?」
「そ、それはそうだけど」
「わかっとる。これは単にウチのわがままやて。コウと一緒の高校生活が楽しいからいうて、ずっと編入できるわけやない」
真澄がそこまで思ってくれてたなんて。
「僕が東西に戻っても、真澄の幼馴染で彼女なことは変わらないよ」
僕の気持ちが伝われば、そう思って言葉を紡ぐ。
「もちろん、それくらいはわかっとる。でも、やっぱり……」
「真澄がそんなにこだわるのはどうして?」
編入する前も僕たちは仲良く楽しくやっていたはず。
「あのな。コウ。小学校6年の頃のこと覚えとる?」
「僕が東西に進学を決めたときかな。よく覚えてるよ」
なんせ、自分で進学先を別にしてから、真澄への想いに気づいたのだから。
「ウチはな、コウが東西に行くって聞いてな。凄くショックやったんよ」
「それは、そうだろうと思うけど」
真澄は僕より前から僕の事を好きだったみたいだし。
「中学に上がってからもな。時々、同じクラスにコウが居たら、とか、同じ中学にコウがいたら、とかそんなことをよく考えとったよ」
「そっか」
好いていてくれたのは知っていたけど、まさかそこまでだったとは。
「もちろんな。高校に入ったら諦めもついたし、しゃあないと思ってた」
でも、と続けて。
「コウがウチの高校に編入してくれてからの毎日は楽しくて楽しくて。元の毎日に戻った後が想像でけへんくらいなんや」
「そっか。ありがと」
「ウチは自分がこんなにワガママやと思ってへんかったわ。編入言うても一時的なものや、それはわかってたはずやのに」
「その。残りはできるだけ一緒に居よう?」
「あんがとさん。ウチがワガママでごめんな」
気が付いたら、すっかり汗を拭き終わっていた。
その夜。
(元の生活に戻りたくない、か)
どうすればいいんだろう。真澄が自分がわかっている通り、それは単なる真澄のわがままで、交換学生制度の期限が決まっているのは仕方ない。そして、それが終わったら、元の学校に戻ることも。
(でも)
もう少し、真澄を安心させられてあげる何かがあれば。
その「何か」を考えたい。そう思ったのだった。
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