第58話 遊園地で遊ぼう(後編)

「次、どこに行こうか?」


 遊園地マップを見ながら考える。メリーゴーランド、とかは、ちょっと子どもぽい気がするし、バイキングとか揺れるのは、女性陣二人が嫌がりそうだし。


「はい!あのボートとかどうですか?」


 遠くに見える、池を指差す奈月ちゃん。見ると、小さいボートがぽつぽつとあるようだ。しかし、これ、カップル用の二人乗りボートだよね。


 僕と真澄、正樹と朋美が二人ずつ乗るとして、奈月ちゃんが余っちゃいそうな。というか、それ以前に少し気恥ずかしい。


「あのさ。あれって二人乗りのボートだよね。一人余っちゃうと思うんだけど」

「それなら、私は一人で乗るから大丈夫ですよ!」


 と元気に返事する奈月ちゃん。この子の行動は、時々本当に読めないなあ。そんなことを思ってたら。


「せやったら、ウチとコウ、正樹と朋美でええか?」


 意外にも、真澄がそんな提案をした。


「あ、ああ。そうだね」

「せっかくだしね」


 正樹たちもうなずく。


(どういうこと?)


 真澄に耳打ちする。


(無下にすると、ナツが落ち込むやろ)

(ああ、なるほど)


 確かに、暴走気味なところがある子だけど、そういうところを自覚してもいるわけで。こういうところは、まだまだ気が利かないなあ。そんなことを思ったのだった。



 で、ボートに二人で乗り込んだわけだけど。


「意外と疲れるね」

「せやな。バランスもとらんとやし」


 足漕ぎ式のスワンボートは、なかなか疲れる。


 少し離れたところに、正樹と朋美の二人組のボート、奈月ちゃんの乗ったボートが浮かんでいる。


「そういえばさ」


 ふと思い出したことがあったので、聞いてみることにする。


「朋美の恋愛相談によく乗ってるの?」


 先日、二人が喧嘩したときのことを思い出す。


「時々なあ。トモも彼氏が出来たの初めてみたいやし」

「服装の事で一日中へそを曲げるとか、ちょっと想像できなかったな」


 正樹から相談を受けたときは、意外だった。真澄と付き合う前に、朋美に恋愛相談に乗ってもらったことが度々あったけど、そういう印象は無かった。


「女子には色々あるんよ」


 なんだか遠い目をして語る真澄。


「ひょっとしてさ。僕とのことも、話してたりする?」


 前から実は気になってたのだけど。


「それは内緒や♪」


 笑顔でかわされてしまう。


「そう言われると気になるんだけど」


 一体どんなことを話しているのやら。


「別に変なことは言っとらんから」


 と安心させるように言う真澄。


「そこは信用してるけどさ」


 無理に聞くほどのことじゃないんだけど。


「やったら、別の話でもしよう?」


 別の話、ねえ。なら。


「編入して思ったんだけどさ。意外と気遣いが細かいよね」


 なんとなく、思ったことを言ってみた。


「ウチのこと馬鹿にしとるん?」


 言葉だけ聞けば、怒っているように見えるけど、冗談ぽい、ふざけた声色。


「そうじゃないけど。周りの空気……空気ってあんまり好きじゃないんだけど。そういうのを、よく読んでるんだなって。さっきのこともだけど」


 昔から、空気を読むというのがイマイチ苦手だったのだけど、同時に重要なこともわかるから、それをすっとできるのは感心する。


「ウチもそんなに得意やないよ。ちゅーか、苦手なくらいや」


 付き合い初めの頃だったか、男子に気が有るように思われたことがよくあるとか言ってたっけ。


「そういえば、そうだったかも」

「とにかく。ウチも細かい気遣いは苦手やから。コウと二人の時は気が楽なんよ」

「それは僕もね。付き合い初めの頃は、ちょっと……だったけど」


 なんとなく、二人でぼーっとする。結婚、とかは、まだまだ考えられないけど、いつかそういう未来もあるのかな。そんなことを思って二人で過ごしたのだった。



 その後も、遊園地内のゲームセンターで遊んだり、おやつを食べたりと遊びまわり。気が付けば、もう18時を周ろうとしていた。夏だけど、そろそろ日が陰ってきた。


「なんか、いっぱい遊んだね」


 そんなことをつぶやく。


「そやな」

「同感」

「ちょっと懐かしかったよね」

「楽しかったです」


 そんな言葉が口々に出てくる。


「あと、回れるのは一つくらいかな。観覧車とかどう?」


 遊園地デートの定番ともいえるけど、5人でも乗れるらしい。そう思って提案したのだけど。


「……」

「……」


 なんだか、正樹と朋美が挙動不審だ。二人して、お互いに目線を合わせたり、外したりを繰り返している。


 そうか。考えてみれば、付き合っているわけだし、二人きりで乗りたいよね。こういう細かいところで気が利かないなと思う。


「えーと。僕は真澄と奈月ちゃんと乗るから」

「ああ。それでいい、と思うぜ」

「わ、私も」


 とても緊張した様子の二人。どういうことだろう?


 何はともあれ、三人と二人で別れることにした僕たち。


 で、観覧車の中にて。


「正樹たち、様子がおかしかったけど。どうしたのかな?」


 夕焼けの空を見ながら、向いの真澄たちに聞いてみる。


「ここだけの話な。トモたち、まだキスしとらんらしいんよ」

「そ、そうだったんですね。篠原先輩たちって、いつ頃からお付き合いを?」


 考えてみれば、奈月ちゃんはその辺も知らないんだった。


「ゴールデンウィーク辺りかな。にしても、意外だ」


 今はもう7月だ。付き合ってから、そろそろ二か月という頃合いだろうか。


「その、かなり……なんていうか、ゆっくりペースなんですね」


 僕も、平均がどの程度かは知らないけど、奈月ちゃんの口ぶりからすると、やっぱりゆっくりな方らしい。


「ウチも意外やったよ。なにはともあれ、結果オーライやよ」

「結果?」

「トモたちは二人きりになれたやろ」

「納得」


 しかし、裏でそんな話になっていたとは。


「でも、先輩たちはいいんですか?」


 少し遠慮がちに、奈月ちゃんが聞いてくる。


「いいって?」

「その。観覧車に、私も一緒に乗ってしまって」


 言われてみれば。


「僕は別に。二人きりの機会はまたあるし。ね?」

「そやね。別に遊園地にこだわることもないし」


 そんな言葉を交わし合っていると。


「なんだか、ちょっと羨ましいです。通じ合ってるって感じで」


 そんな言葉をぽつりと奈月ちゃんがつぶやいた。


「いやいや、そんな大層なもんじゃないって」

「そうそう。ナツはおおげさなんよ」


 奈月ちゃんは、とかく、僕たちの関係をおおげさにしたがる気がする。


「ナツは誰か、好きな男子おらんのか?」

「え、私、ですか?」

「羨ましい言うくらいやから、誰かおるんかなって思ったんやけど」


 と問われると、途端に何故だか奈月ちゃんが黙り込んでしまった。ひょっとして、図星?


「あの。これは、絶対に絶対に内緒ですからね?」

「う、うん」

「絶対に絶対ですからね」

「わ、わかったから」


 念押しに念押しをした後、奈月ちゃんが語り始める。


「その。私のクラスに、いつもゲームの話で盛り上がってる男子たちがいるんですけど。その中で、いつも中心になっている男子がいまして。清水君っていうんですけど」

「その、清水君を好きになっちゃった、と」

「そういうことです。ただ、私は普段ゲームとかしないですし、なかなか話に入っていくことができなくて。楽しそうだなっていつも眺めているだけなんです」


 なるほど。ゲームオタクという感じだろうか。


「奈月ちゃんのとこにはゲーム機って無いの?」

「私の家は、そういうのは厳しくて。スマホでゲームもあんまりしちゃ駄目って言われてるんです」


 ゲームの話に加わりたいのに、ゲームができないとなると、なかなかつらそうだ。


「それなら。家に来る?最近のゲーム機もあるし、スマホゲーも」

「え?」


 何を言われたのかわからない、という顔の奈月ちゃん。


「ごめん。別に他意はなくて。その子と仲良くなりたいのなら、家でゲームプレイしてみるのはどうかなって思っただけ」

「それは、凄くありがたいんですけど。真澄先輩はいいんですか?」

「あ」


 そのことをすっかり忘れてた。


「……別にウチはかまへんよ。可愛い後輩のためやし」

「理解があって助かるよ」

「ただ、ウチも一緒にプレイするからな」

「それは、もちろん」


 そうして、流れで、奈月ちゃんが好きな男子と仲良くなるために協力する羽目になってしまったのだった。

 


 観覧車から降りてみると、既に、正樹たち二人が待っていた。さっきまでのぎこちなさが消えていて、代わりになんだか甘ったるい雰囲気がただよってくる気がする。



(うまく行ったのかな?)

(たぶんな)


 そんなことを囁きあったのだった。そして、奈月ちゃんはといえば。


「やっぱり羨ましいです」


 そんなことをつぶやいていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る