第57話 遊園地で遊ぼう(前編)
7月4日土曜日午前9時。遊園地で遊ぶ約束をした日だ。
僕と真澄は一緒に家を出て、駅前の時計台にて待機中。
「めっちゃ暑いなあ」
ぼやくのは真澄。薄い茶色のハーフパンツに、白地に「大阪」と赤い字でプリントされたTシャツを着ている。
「最高気温は30℃だってさ」
これだけ暑ければぼやきたくなるのも無理はない。
「ところでさ。そのシャツ、買ったの?」
少なくとも、中学以降着ているのを見たことはない。
「ご当地Tシャツって奴や。とーさんが、大阪に出張行ったときにな」
「へえ。にしても……」
真澄のお父さんは大阪出身だ。
そのせいか何なのか、時々関西方面に出張に行くことがあるらしい。
「どうしたんや?」
真澄は疑問顔だ。
「いや、真澄の趣味とちょっと違うかなって」
こういうネタっぽいの服装をあまりしてきた記憶がない。
「せっかくやし、気分変えてみるのもええかなと思って」
「なるほどね」
いや、なるほどといいつつ、よくわかっていないのだけど。
そんなことを話しあっている間に、正樹と朋美が到着。
正樹は紺のデニムに、何かのゲームのTシャツ。
朋美はといえば、ミニスカートに、ブランドものぽいTシャツという装い。
さすがに暑すぎるので、皆薄着をしてきたようだ。
「おっす。今日はほんと暑いよな」
「ほんと溶けそう」
「同感」
時計台は日陰だけど、この暑さの前では無力だ。
「ナツはちょい遅いな」
「確かに」
と思っていると、遠くから声が。
「すいませーん。遅れましたー!」
猛ダッシュで僕たちのところに走ってくる奈月ちゃん。この暑さの中で走ったからだろうか、汗がだくだくだ。
「ちょっと奈月ちゃん、汗大丈夫?」
「いえ。このくらい、大丈夫ですから」
気丈にそう言い張るけど、少しきつそうな。
「これで汗拭いとき」
真澄は鞄の中からタオルを出して、素早く奈月ちゃんに渡す。こういうところは手馴れてるなあ。
「す、すいません」
タオルを受け取って汗を拭く奈月ちゃん。
「今日はほんと暑いから、水分補給ちゃんとせなあかんよ」
「はい!」
先輩後輩の間で、そんな会話が交わされる。
奈月ちゃんが落ち着くのを待った後。
「それじゃ、行こうか」
遊園地に出発することになった。
今日、僕たちが遊びに行く遊園地は、地元駅から電車で30分程のところにある。
「でも、ほんとに暑いよね」
電車の中はさすがに冷房が効いていて、涼しい。
「天気予報でも晴れとは出とったけど」
「まあまあ、遊園地でも涼めるところはあるし。楽しみましょ」
涼しい顔でそういう朋美。
「朋美は平気なの?」
一人だけこの暑さの中平気そうなので聞いてみる。
「私も苦手。ちょっと慣れてるだけ」
とのこと。小学校の頃も、夏に一番元気だった気がする。
そんなこんなで、遊園地に到着。
「どこから、回ろうか?」
入口でもらった遊園地マップを広げながら、皆に聞いてみる。
「そんなこともあろうかと!」
と、奈月ちゃんが何やらプリントを取り出す。そこには、今日回る予定のアトラクション一覧が順番に並んでいた。どういうルートで行くかまで書いてある。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あれ。何かまずかったですか?」
いや、まずいわけじゃないんだけどね。
「とりあえず、気持ちは受け取っとくな」
なんとか無難に返す真澄。
「ああ。またやっちゃいました……」
たぶん、こんなに気合を入れていたのだから、さぞかし昨日から入念に下調べをしていたのだろう。それを思うと、ちょっと可哀想だけど。
「ドンマイ。奈月ちゃん」
「なぐさめはいいです」
奈月ちゃんがいじけてしまった。まずい、何か対策を。
「と、とりあえずさ。あっちのジェットコースターとかどうかな?」
入口から近くにあるジェットコースターを指差す。幸い、この暑さのせいか、それほど人も多くない。
「ウチらはお留守番やね」
「そうだね」
絶叫系が苦手な女性陣二人が居ることをすっかり忘れていた。
「でもさ。せっかくだから、挑戦してみるのはどう?あれなら、一回転しないよ」
ジェットコースターのコースを見渡してみるけど、逆さになる箇所はないようだ。
「微妙やけど、せっかくやし、乗ってみるかな」
意外にも、真澄から同意が得られた。
「私は、下で待ってるね」
朋美は駄目らしい。
というわけで、僕と真澄、正樹と奈月ちゃんの四人でジェットコースターに乗ることになったのだった。
「うう。ほんま、大丈夫かな」
「ちょっとの我慢だから」
ジェットコースターが動き出す瞬間にそんな会話を交わす僕たち。
そして、ジェットコースターが動き出し、ゆっくりと上に昇り始める。
「この瞬間が苦手なんやけど……」
横の席からそんなぼやきが聞こえてくる。
そして、頂上に昇ったところで、一気に加速。
「ひゃああああ」
「ああ。涼しいなあ」
なんせ、下が暑いので、ジェットコースターは涼むのに最適だ。いや、横の真澄はそう思っていないみたいだけど。
その後も、横に回ったり、上下に振り回されたりと色々あったけど、誤算は、洞窟を模した建物の中で、ジェットコースターがぐるんと逆さになったことだ。なるほど、回転する場所はここだったのか。そんなことを呑気に思っていた僕だったけど、隣の真澄にしてみれば誤算もいいところだったに違いない。
「うー。二度とウチは乗らんからな」
「ほんとゴメン!」
げっそりとした真澄と、平謝りする僕。まさか、あそこで一回転するとは思っていなかった。
「ええんやけど。次はゆっくりできるとこでな」
「了解」
普段、あまり弱音を吐かない真澄がこれだから、よっぽどしんどいのだろう。
「いやー、涼しかったぜ!」
「爽快でしたよね、正樹先輩」
声をかけあう後輩と親友。そういえば、二人は後ろに乗っていたのか。
「次は、涼めるところに行きたいな」
下で待っていた朋美のぼやき。うーん。涼めるところか……と考えて、一ついいところが思いついた。
「確かに涼めるけどね」
到着したアトラクションにて、苦笑する朋美。
「ちょうどいいでしょ?」
皆、お化け屋敷に耐性があるはず。
「だな」
「お化け屋敷で涼むってのも変ですけどね」
そんな感じで、さあ涼もう、と思っていたのだけど。
「そ、そやな。はよういこ」
何故か慌てた様子の真澄。
そして、お化け屋敷にて。
お化け屋敷というと、和風の建物で、幽霊や妖怪が出てくるのを想像していたのだけど、ここは一味違うらしい。荒廃した市街地を模した所に、極限までリアリティを追求したゾンビが出てくるのだ。というか、明らかにバイオハザー〇を意識したアトラクションだ。ゾンビに対する武器はないけど。
とはいえ、あくまで作り物は作り物。
そう思って、淡々と進もうとすると、肩にしがみつく誰か。
「あの。ひょっとして、怖いの?」
「いやその。ウチもな、お化け役の人が脅かすとかやったら怖くないんやけど。こんなバイオハザー〇みたいなのとは思わんかったし。やから、怖いのはしゃあないんや」
早口でまくしたてる真澄。本気で怖がっているらしくて、ちょっと可愛い。
「意外だったけどね。そういうのも可愛いよ」
「そういうとこで恥ずかしい事いわんといて!」
怖がっているのをそういう目で見られたのが不服らしく、涙目で抗議してくる。
そんな姿が新鮮で、不覚にも、ちょっといじめたくなってくるくらいだ。
「うわあ。ほんとよく出来てますね。腐ったところまでよく再現されてます」
何故だか冷静に、ゾンビを観察している奈月ちゃん。そして。
「怖いっつうかさ。これ、グロくね?」
「だよね。怖いとはベクトルが違うというか」
そんな感想を言い合う、親友同士のカップル。
言われてみれば怖いというよりグロいが近いかも。
そして、無事にお化け屋敷を抜けた後はといえば。
「……ちょっと休憩せえへん?」
「そろそろお昼だね。どこ行く?」
「そこのハンバーガー屋とかどうだ?」
言われてみると、確かにハンバーガー屋がある。屋内なので涼めそうだ。
「じゃあ、そこで」
というわけで、お昼ご飯と休憩を兼ねて、一路ハンバーガー屋へ。レギュラーサイズのハンバーガーに、好みのドリンクを付けて、5人でテーブルを囲む。
「うん。美味しい!」
「ちゃんと肉の味がするわ」
「ぼったくりかと思ってたけど」
「遊園地の中に、こんな美味しいところがあるなんて」
「私も、初めてです」
期待していなかったからかもしれないけど、口々に味を褒め称えるのだった。
「そういえばさ」
正樹が話を切り出す。
「ん?」
「いや、まだ先のことだけどよ。そろそろ、進路考えないとなって」
今は高校2年の夏だ。時期的に、志望校を決めるのはだいぶ先だけど、どっちも進学校なので、大学に行くのはほぼ確定だ。
「正樹は決まってるの?」
「いや、特には。文系で国立を受験するつもりだけど。コウは?」
国立と言っても難易度は千差万別だけど、選択肢としては無難と言える。
「僕は……まだかな。文系で考えてるけど」
実は、いくつか受験候補として検討している大学があるのだけど、そんな無難な受け答えをした。
「コウは歴史の研究やりたいんよね」
「うん。それで食べていくのは難しいみたいだけどね」
歴史学を専門としてやっていくことを考えたときに、色々調べたのだけど、どうやらそれで食べていくのはなかなか厳しいということを知ったのだった。
「文系は、大学院行っても、就職先が無いとか聞くよね」
「そうなんだよね。悩みどころなんだけど」
高校も2年となると、将来を見据えて進学先を検討し始めているようだ。
「コウやったら、やってけると思うけど」
「だったらいいんだけどね」
専門の先生が書いた本を読むにつれて、自分がこういうことを生涯の職業にしていけるのか、不安がつきまとう。
「真澄と朋美は?」
「ウチは、理系で考えとるね。化学とかやってみたいんよ」
「化学?」
意外な答えだった。
「料理部で色々やっとる内にな。こういうのは結局化学物質の調合なんやなーと思えて来たんや。だから、その辺勉強してみたいんよ」
料理部と化学がつながらなかったけど、そういう発想もあるのか。
「私は未定かな。文系も理系も、どっちがいいのか、まだわからなくて」
「トモやったらどっちでも行けるんやない?」
「朋美ってそんな成績いいの?」
「まあまあってとこ。器用貧乏ともいうけどね」
そう自嘲する朋美。
「私も来年はそんなこと考える時期なんですね……」
遠い目で僕たちを見る奈月ちゃん。そういえば、彼女はまだ高校1年だった。
「そろそろ行こうか」
少し長居し過ぎてしまったようで、気づけばもう1時間も経っている。
ふと、スマホに通知が来ていたので、見てみる。すると、
『進学先の話。今度聞かせてな』
そんな真澄からのメッセージが届いていたのだった。
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