第59話 後輩少女とゲームをしよう

 7月5日。日曜日の昼下がり。


「これが先輩の部屋なんですね。意外と普通なんですね」


 初めて僕の部屋を見た奈月ちゃんが感想を言う。


「意外とって言われると傷つくなあ」

「まあまあ」


 真澄に宥められる。二人で過ごすためのちゃぶ台を除けば、本棚にPC、ベッドなどがあるだけと、至って普通だ(と思いたい)。


「それで、清水君だっけ。確か、スプラトゥー〇2の話をしてたんだったよね」


 気になって居る清水君という男子がゲームの話をしているのについていきたい、ということだったので、まずは情報収集だ。


「はい。他にもいろいろなゲームの話をしてましたけど」

「なるほど」


 スプラトゥー〇2は、Nintend〇 Switc〇でリリースされて、世界的に大ヒットしたゲームだ。フィールドを塗りつぶして、より多くのフィールドを塗りつぶした方が勝ちというシンプルなルールだけど、プレイヤーの上手さが反映されるゲームで、やり込み勢も非常に多い。


「コウ先輩は持ってるんですか?」

「一応ね。ちょっと出してくる」


 そう言って、引き出しの奥にしまってあるゲーム機を出してくる。ついでに、昔のゲーム機も引っ張り出してみた。


「よくこんなにゲーム機ありますね。同級生の男子でもそんなに持ってませんよ」


 P〇4やSwitc〇にとどまらずPS〇3や3D〇など様々なハードが揃っている。


「父さんの仕事の関係でね。余ってるゲーム機とかソフトをもらったんだ」

「コウ先輩のお父さんって何をしてるんですか?」

「プログラマー。それも、ゲームのね」


 プログラマーの中でも、ゲームプログラマーというのは特に大変な職業らしく、深夜に帰って来たり、翌朝帰ってくることもしばしばだ。逆に、昼間で寝ていることもあるけど。


「コウ先輩って文系ってイメージだったから、ちょっと意外です」

「そうかもね。僕はプログラムは少しかじったくらいだし」


 奈月ちゃんの言葉に苦笑する。理屈っぽいところは父さん譲りかもしれないけど。


「コウは昔パズルゲーム作っとったけどな。あれで、かじったくらいとかないわ」


 真澄に否定されてしまう。


「あれくらい、誰でも作れるよ。そんなに複雑なプログラムじゃないし」


 小学校高学年の頃だったか。父さんにプログラミングの基本を習って、ぷよ〇よのようなパズルゲームを作ってみたのだった。ほんと、たかだが1000行のプログラムなんだけどなあ。


「とにかく。スプラトゥー〇2やってみる?」

「私でもできます?Swit〇触るのも初めてなんですけど」


 ゲームに厳しいと聞いていたけど、触ったこともないのか。


「スプラトゥー〇2は初心者でも楽しめるから。たぶん大丈夫じゃないかな」


 奥が深いゲームだけど、初心者には初心者なりの楽しみ方があるのが特徴だ。


「まず、僕と真澄の対戦を見てもらう方がいいかな」


 真澄の家はうちほどゲーム機があるわけじゃないけど、幸いSwitc〇はあるので対戦を見せることができる。


「対戦できるんですか?」

「うん。インターネットを使って友達や知らない人と対戦できるんだ」


 強い人はとことん強いので、僕みたいなほどほどのプレイヤーだったら歯が立たないことも多いけど。


 二人揃ってゲーム機を起動する。マッチングが始まって、僕と真澄のチームは敵同士になった。


「あれ?これって真澄先輩と協力してやるんじゃないですか?」

「敵になるか味方になるかは、その時々次第なんだ。どっちでも面白いよ」


 そして、対戦が開始する。僕のプレイスタイルはローラーで陣地をできるだけ早く広く塗りつぶしていくというものだ。ローラーは塗りつぶしには向いているけど、近距離でないと攻撃できず、遠距離からの狙撃に弱いという欠点がある。


 一方の真澄のプレイスタイルは、狙撃武器で高所から敵チームのプレイヤーを狙撃するというもの。塗りつぶしには向かないけど、敵チームを妨害するのに適している。


「コウは相変わらずマイペースやな」


 僕がローラーで淡々と陣地を塗りつぶしていくのを見て、そんなことをこぼす。


「これが一番楽なんだよ」


 狙撃系だと、狙いを定めたり高所にのぼったり、臨機応変に対応しなくてはいけないのが苦手だ。


「あ。やられた!」


 真澄の高所からの狙撃で殺られてしまった。


「コウは周りが見えとらんからな」


 笑われてしまう。そのあたりの欠点はよくわかってはいるんだけど。狙撃などでやられてしまった場合、スタート地点に戻される上にしばらく動けないのでペナルティになる。


 その後も、ローラーで地道に塗りつぶす作戦に出たものの、真澄以外にも敵方に優秀な狙撃手がいて、あっという間に蜂の巣にされてしまう。


 結果、大差で僕のいるチームは真澄のいるチームに敗北。


「これって、時間内に塗りつぶした面積が多い方が勝つんですか?」


 横からプレイを見ていた奈月ちゃんが質問する。


「他のルールもあるんだけど、基本的にはそうだね。だから、敵に殺られないかと、素早く塗るかが大事なんだけど」


 口にするのは容易いけど、実際にやるのは難しい。


「とりあえず、やってみたらどうかな」


 そう言って、Switc〇を渡す。


「私、全然操作とかわからないんですけど」

「そこは教えてあげるから。やりながらの方がすぐわかるよ」


 というわけで、奈月ちゃんが持っているSwit〇を見ながらの指導が始まった。


「段差昇るにはどうすればいいんでしょう」

「それは……」


「皆さん必殺技みたいなの使ってるんですけど」

「それは、ゲージを満タンまで貯めて、このボタンで」


 後ろから画面を覗き込みながら、そんな風に少しずつ操作方法を教えていく。そして、1時間も経つころには、とりあえず操作ができるようになっていた。


「じゃあ、対戦やってみようか」

「ええ?早すぎますよ。まだ、ようやく操作できるようになったばかりなのに」


 ちょっと戸惑い気味の奈月ちゃん。


「別に負けても大丈夫だから。真澄も手加減してやってね」

「わかっとるよ。初心者イジメしてもしゃあないし」


 それもそうか。1対1の対戦を選択してもらって、ゲームを始める。


「とりあえず、塗りつぶし、塗りつぶし、と……」


 ぶつぶつとつぶやきながら、操作する奈月ちゃん。


 僕のキャラだからデフォルトの武器はローラーだ。とりあえず、初心者の奈月ちゃんには、ローラーでおおまかに塗りつぶしてもらうのがわかりやすいだろう。


 一方の真澄はといえば、さすがにいきなり狙撃をかますような真似はせず、狙撃武器で地道に塗りつぶしている。


 ある程度奈月ちゃんが塗りつぶしたところで、真澄の操るキャラが動き出し、高所から狙いを定め始めた。


「あー!やられちゃいました」

「高所に陣取られると不利だから、いったん射程の外に出るのもいいよ」

「なるほど」


 そのアドバイスを受けた奈月ちゃんは、真澄の射程範囲に入らないように慎重に動きながら、塗りつぶしていく。


「ナツも意外とやるなあ」

「……」


 いつの間にかものすごく集中しているようで、真澄からの言葉にも無反応だ。ゲームにこんなに集中するとは意外だ。


 さすがに今日始めた初心者の奈月ちゃんと真澄の実力差は歴然としている。


 結局、大差で負けてしまった。


「あー、負けちゃいました!」


 意外と本気で悔しそうだ。


「最初やしな、しゃあないよ」

「そうそう。慣れていけばいいんだし」


 そう宥めてみたものの。


「もう一度、お願いできますか?」

「う、うん?ええけど」


 目の奥に何か本気を感じる。それに気おされたのか、真澄も少し戸惑い気味だ。


 日が暮れるまで結局、合計30戦してしまったのだった。

 

「そろそろ、お開きにしよか」


 日が暮れ始めて来たのに気づいた真澄がそう言う。


「確かに。もうこんな時間ですね」


 本気で時間を忘れてのめり込んでいたらしい奈月ちゃん。


「奈月ちゃん、物凄いのめり込んでたよね」


 初プレイらしいのに、大したものだと思う。


「つい、夢中になってしまいまして。すいません」


 我を忘れていたらしい奈月ちゃんからの謝罪。


「いやいや、謝ることはないよ。それで、話の糸口にはなりそう?」


 元々は、ゲーム話に加わるため、というのが目的だったことを思い出す。


「すっかり忘れてました。せっかく付き合ってもらったのに。すいません」


 今思い出した、という感じで少し落ち込む奈月ちゃん。


 そんな彼女の様子を見て、僕と真澄は目を見合わせて笑いあう。


「いやいや。それだけ夢中でプレイできたら十分だよ。その子だって、本気で楽しんでる子との話の方が良いだろうし」


 その彼がどれくらいゲームオタクなのかはわからないけど、本気で好きなら、同じく本気でゲームを好きになれる子が話に乗ってくれる方が嬉しい、と思う。


「ウチもそう思うよ」

「ありがとうございます。頑張ってみます!」

「その意気や」


 そして、奈月ちゃんが立ち上がる。


「今日は、ありがとうございました。ほんとに、ゲームってほとんどやったことなかったけど、楽しかったです!」


 礼儀正しく、頭を下げる。時折暴走することもあるけど、やっぱりいい子なんだよなあ。


「それは良かった。彼ともうまく行くといいね」

「それは……はい。頑張ってみます」

「じゃあ、ウチもそろそろ」


 立ち上がろうとする真澄だけど、それを制する奈月ちゃん。


「いえ。今日はせっかくのお二人の時間を邪魔してしちゃいましたし。後の時間は二人きりで楽しんでください」


 そう言い残して、帰ってしまう。


 ぽつんと残された僕たち二人。


「楽しんでください、と言われても……」

「もう、あの子は……」


 付き合ってだいぶ経つけど、そういう風にお膳立てされちゃうと、照れる。


「でも、せっかくだし」


 真澄の身体を引き寄せて、抱きしめる。真澄の体温と、それと何かいい香りが伝わってきくる。


「あれ。真澄、香水付けてる?」

「一応な。デートみたいなもんやし」


 そんな事を言いながら、真澄にぎゅっと抱きしめられる。


「ひょっとして、寂しかった?」


 そう聞いてみる。


 考えてみれば、今日は奈月ちゃんへのアドバイスやら何やらで、あまり真澄とは話していなかった気がする。


「少しだけな。もちろん、コウが浮気するとか思っとらんけど」

「ごめん」

「今が幸せやし、ええよ」

「そっか。ありがと」


 真澄の顔を持ち上げて、軽く口付けをする。

 唇を離すと、ほう、と息を吐く音が聞こえた。


 彼女の顔を見ると、少し上気していて色っぽい。


「その…いいかな?」


 背中を撫でながら聞いてみる。


「ええよ。ウチもそんな気分やったし」

 

 その後、夕食の時間まで思う存分イチャイチャしたのだった。




「奈月ちゃん、大丈夫かな」


 一応、ゲームは楽しめたみたいだけど。


「どうやろな。ナツも行動が極端やからな」


 ベッドでそんなことを語り合う。話に加わることはできたけど、ドン引きトークをしてしまう、ということも想像できてしまう。


「うまく行くといいよね」

「そやな」


 そんな風にして、休日の一日は過ぎて行ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る