第54話 優等生?
7月1日水曜日の1限目。
現在は、古文の授業中だ。今回の範囲は、鎌倉時代に活躍した、吉田兼好の手による随筆「徒然草」についてだ。
「「いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ。」この冒頭の一文についてだが、現代語訳できる者はいるか?」
先生の声が教室に響く。ふむふむ。
「はい」
手を挙げる。
「松島か。では、読み上げてみなさい」
「「はてさて、この世に生まれたからには、人としてこうありたいと思うことが多いようだ」といったところでしょうか」
「だいたい、そのようなところだな。それぞれの品詞がどのような意味かわかるか?」
「はい、「はてさて」は感動詞、--」
まあ、こんなものか。そう思って着席すると、周りが何か凄いものでも見たような目で僕の方を注目している。はて、何かおかしいことでも言っただろうか。
真澄だけは、何やら苦笑いを浮かべている。
そんなこんなで、次は2限目、化学だ。黒板に、
・Al
・Ar
・Mg
という記号が書かれる。アルミニウム、アルゴン、マグネシウムか。
「これらの原子の最外殻電子の数はいくつか、わかる者はいるか?」
頭の中で、原子のモデル図を思い浮かべる。なるほど。
「はい」
手を挙げる。
「松島か。では、答えを前に書いてみなさい」
前の黒板に、アルミニウム、アルゴン、マグネシウムの原子のモデル図と答えを書きあげる。
「正解だ。原子のモデル図が教科書に載っていないくらい詳細だが、予習でもしていたのか?」
「いえ。特には。中学のときに読んだ化学の本でちょっとかじった程度で」
「そうか。勉強熱心なのはいいことだ」
着席すると、またしも周りから注目を浴びる。真澄はやっぱり苦笑いだ。普通に答えを書いただけのつもりなんだけど。
そんなやり取りが数回繰り返された後の昼休み。真澄たちと一緒にご飯を食べようと思ったところ。僕の机に凄い数の人が押し寄せて来た。
「なあなあ、松島、おまえ、そういうのどこで勉強したの?」
「うちのできる奴でも、そこまではいかないぞ」
「東西だとこのくらい楽勝ってことか?」
「コウ君、今度勉強教えてくれない?」
「コウはこういう奴だからなあ」
「コウは変わっとらんなあ」
最後の3人は、朋美、正樹、真澄だ。
「特に勉強っていうほどの事は。好きな本を読んでただけだよ」
混じりっけなしの本音だったのだが。
「いやいや、本読んでただけで、それだけできるとかありえねーって」
男子生徒の一人からツッコミが入る。他にも、似たような質問が出るものの、同じように返していたところ。
「ああ。こういうのが天才っていうのか」
「格の違いを思い知らされた気がするよ」
ぞろぞろと席に戻っていく。天才……ねえ。
「ちょっと納得行かないんだけど」
食堂で、四人で食事をつつきながら、切り出す。ちなみに、今日は真澄が作ってきてくれたお弁当だ。この期間だからなのか、いつもより力が入っていて、水筒から注がれるお味噌汁もいつもよりしっかり出汁を取っているような気がする。
「何がだ?」
と正樹。
「いや、天才呼ばわりというか。東西だと、そんなことなかったよね?」
「そりゃ、おまえみたいな変人がクラスに何人もいたからな」
とため息をつく。そうなのか。
「コウは、もうちょい自分が頭良いっての自覚した方がええで」
「そうそう」
真澄と朋美にもそうたしなめられる。わからなくもないけど。
「でも、自分くらい勉強ができる人っていくらでもいると思うんだけどなあ」
「そりゃ、コウが見とる世界がちゃうんやな。大学の先生とかそういうのと比べてるんとちゃう?」
「そうだけど」
何かおかしかっただろうか?
「普通、比べる相手は同級生だからな」
正樹にそうツッコまれる。言われればそうかもしれないけど。
「コウは、小学校の頃からそんなんやったから、今更変わらんでええと思うけどな」
と真澄。確かに、
昔は人よりちょっと勉強ができるのかな?くらいは思っていたけど。
「勉強というか、好きな本を読んだりしてただけなんだけど」
「そういうとこや。勉強してる自覚がないっちゅうか。コウにしてみれば、ゲームを楽しむのと同じ感覚なんやろうけど」
「さすがによくわかってるね」
「ずっと一緒に居れば、それくらいはな」
とにかく、と。
「気にせんでええと思うよ。そういう、我が道を行くちょっと変なところも含めて、ウチはコウのところが好きやから」
「あ、ありがとう。照れるけど」
「ど、どういたしまして」
不意に出る「好き」にちょっとドキっとしてしまう。真澄もなんとなく言っただけのようで、少し赤くなっている。
「そういえば。味噌汁、いつもよりおいしいよ。出汁がしっかりしているっていうか。ありがとう」
「ちょっと早起きして、しっかり出汁とってみたんやけど。良かったわ」
そんな会話を交わしていると。
「お熱いことで」
「もう、本当に結婚しちゃえばいいんじゃないかな?」
そう冷やかされる。正樹と朋美、二人の生暖かい目線が少し痛かった。
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