第52話 部活と歓迎会
ぱん。ぱぱん。
クラッカーらしき音が鳴り響く。
上を見ると、垂れ幕には
【祝!ますみん♡コウ】
というなんとも恥ずかしい文字が躍る。
「ええと。これは一体?」
横にいる真澄に聞いてみるも、真っ赤になってぷるぷる震えているだけで返答がない。つまり、真澄にとっても予想外の状況だったようで。
「そりゃーもう。皆のますみんの彼氏たるコウ君というのがどんな人か、皆興味深々でねー。ちょっとノリで作ってみたのよ♪」
部員の女子生徒の一人がそう答える。
「で、誰が伝えたんや?ウチはまだ言ってないはずなんやけどなー」
真澄がじろりと誰かの方を睨みつける。
「え、ええと。実は私です。せっかくなので、皆で祝福できれば……と思ったんですが。すいませんすいません」
一体どこから知ったのかわからないけど、下校中の会話が聞かれていたか、前みたいに下校のときをつけられていたのか。
まさかここまでのノリになると思っていなかったのか、さすがの奈月ちゃんも縮こまっている。
「はあ。まあ、ええよ。ここまでされると、恥ずかしうて叶わんけど」
真澄がため息をつく。
「真澄は愛されてるんだね」
「ウチは普通にしとるだけなんやけど」
それだけで、ここまで皆が祝ってくれるわけはないし、真澄の人徳というやつなんだろう。
「で?ますみんとコウ君は幼馴染らしいけど、いつからお付き合いを?」
別の女子生徒がマイクを突き付けてくる。何なのだろう、このノリは。
しかも、コウ君とか。
「えーと、答えなきゃダメ?」
「そりゃーもう。しっかり、ばっちりと」
逃げるのは許されないらしい。
「今年の4月からかな。ちょっとした出来事があって。それがきっかけで、という感じ」
そうお茶を濁そうと試みる。
「そのきっかけが気になるなー。誰から言い寄られても丁重にお断りしてたますみんがなびくとはよっぽどのことがあったんだと思うけど?」
また別の女子生徒が追求してくる。
「どうする?」
隣の真澄に尋ねる。相変わらず、羞恥で顔を真っ赤にして震えていたけど。
「ウチはずっとコウのこと好きやったんや!小学校の頃から!」
開き直った方がいいと思ったのか、やけなのか。
「あ、うん。僕もね。ずっと好きだったから」
「コウは6年生になってからやろ。ウチはもっと前からやから!」
「それはそうだけど。今それを言ってどうするの……」
完全にやけになっているらしい。
「うわー。純愛だねー。ますみん、愛されてるね」
「お互いにずっと片想いしてたとか素敵だよね」
「ちょっとなよっとしてるなと思ったけど、一途なんだね」
ここまで言われると、僕も恥ずかしくなってくる。
「とにかく。そういうことで、昔から好きだったということで」
これ以上冷やかされる前に話を打ち切ろうと思ったけど、それが許されるはずもなく。
「せっかくだから、何かエピソードを!」
いや、そんな話を振られても困るんだけど。
仕方ない。
「小学校の頃なんだけど……」
詳細に触れない範囲で、昔の思い出話を少し語る。
「いじめられてたのを助けてあげたのが、きっかけとか。見どころあるねー」
「ちょっとタジタジになってるところも可愛い」
何をどう答えても、冷やかされたり、祝福されたりでもう恥ずかしいのなんのって。そして、真澄はといえば。完全に無言になってしまっていた。
冷やかされ過ぎて、羞恥心が限界を突破したんだろうか。そう思っていると。
「と・に・か・く。ウチは、コウと真面目なお付き合いしてるから。以上!終了!」
なんとか、話を打ち切ろうとするけど、それが許されるはずもなく。
「その、お付き合いの内容が気になるな―。キスは?エッチは?」
今度は、そっちか!
「ノーコメントで」
「……」
さすがに、そっち方面は勘弁して欲しい。
「え・え・か・げ・ん・に・せ・え・よ」
今まで聞いたことがないくらい、ドスの聞いた声を出す。
「あ、ご、ごめん。そっちは触れられたくないよね」
「ちょっと行き過ぎたわ」
「ごめんね」
悪ノリが過ぎたのに気が付いたのか、口々に謝ってくる。
「もう、しゃあないんやから。祝ってくれるのは悪い気はせんけどな。とりあえず、着席」
悪ノリしていた女子たちが皆ぞろぞろと席に戻っていく。
「皆、既に知っとると思うけどな。こっちが、今日から期間限定で料理部に所属になった、松島宏貴や。今日から三週間、短い間やけど、仲良くしような」
「既に知っていると思うけど。僕は、真澄の彼氏の松島宏貴。真澄にはコウって呼ばれてるけど、好きな風に呼んでほしい。普通の部員として扱ってくれると助かるよ」
そんな感じで、今更の自己紹介をしたのだった。
その後は、当初予定していた、オムライスの試作。料理部は全員で12人で、3班に分かれて、同じ料理を作るらしい。
料理の経験がほとんどない僕は、手つきがたどたどしかったけど。周囲の部員の助けもあって、無事にオムライスを完成させることができたのだった。
そして、皆を眺めていると、盛り付けた後に、ケチャップで文字や絵を描いている。山を書いてたり、例によって「ますみん♡コウ」と書いていたりと(勘弁して欲しいけど)、様々だ。
「それって、普通書くものなの?」
同じ班の女子に聞いてみる。
「別に決まってないけどね。こういうのはノリだよ。コウ君も何か書いてみれば?」
「ノリかー。どうしようかな」
どんな文字がいいかな。と考えていて、ふと脳裏に閃くものがあった。
ゆっくりケチャップを押し出して、一つずつ文字を描いていく。
「よし、出来た」
「なになに?」
覗き込んできた女子が、それを見て、ちょっとびっくりしたように。
「コウ君も意外とやるねー」
「ま。たまにはね」
出来たオムライスを持って、真澄の班へ足を運ぶ。
「ん?どうしたんや」
「はい。どうぞ。ますみちゃん」
ケチャップで「ますみちゃん♡」と書かれたオムライスを見せる。
「どう?初めてにしては上出来だと思うんだけど」
さて、どんな反応が返ってくるかな。きっと恥ずかしがるに違いない。そう思っていたのだけど。
「同じこと考えとったんやな」
意外にも、落ち着いた声でそう返すと、
「はい。こうくん」
真澄の作ったオムライスを見せられた。そこには、ケチャップで「こうくんへ、あいをこめて」と書かれていた。
「あー。完敗だね」
「ウチが恥ずかしがってばかりと思ったら、大間違いや」
恥ずかしがらせるつもりが、一本取られたな。ちょっとそんな気持ちになったのだった。
そして、それを見た周りの部員たちが囃し立てる。
そんな風にして、部活初日は幕を閉じたのだった。
――
「ほんと、予想外やったわ」
「だね。でも、真澄がそれだけ愛されてるってことだよ」
「そうやね。ここまでされたら否定もでけへんわ」
夕暮れの中を、二人で手をつないで帰る。
「にしても、ケチャップの文字は驚いたよ」
「それはコウもやろ」
二人で顔を見合わせて笑いあう。
「料理部にして良かったよ」
「毎回からかわれるのは勘弁して欲しいんやけどな」
そんなことを話しながら、帰り道を歩く。
そういえば、付き合う前、もっと昔もこんなことをしていたっけ。
そんなことを思っていると、気が付いたら家の前。
ちょっと離れるのが名残惜しいな。
そう思うと、自然と真澄の身体を抱き寄せていた。
「好きだよ、真澄」
「ウチも」
そして、ゆっくりと唇を合わせたのだった。
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