第49話 編入初日・午前
一限目の先生が入ってきたところで、ようやく僕らは質問攻めから解放された。
「皆、他人の恋愛にここまで興味があるんだね」
隣の真澄に向けて言う。
「こんなもんやで。コウの所が大人しすぎるんちゃう?」
「否定できない」
なにせ、中学からこっち、女子と接してない連中ばかりだ。
接する機会がないと、興味も湧かないものなのかもしれない。
一限目は数学らしい。幸い、僕の高校の方が若干進んでいるらしく、それほど苦労なくついて行けそうだ。真澄は、と思って横を見る。
目がとろんとしていて、時々うつらうつらとしている。寝不足だろうか?
『眠いの?』
授業中なので、机下に忍ばせたスマホでメッセージを送る。バイブレーションで気づいたのか、跳ね起きる真澄。
『おかげ様で目覚めたわ』
隣同士だから、お互いの顔を見ることもできる。そんな中で、ひっそりとスマホで会話をしているのは、ちょっとした遊びのようで面白い。
『授業は大丈夫?』
『せやな。今回の範囲は大体わかっとるから』
真澄は謙虚で、あまり自分のことを高く言わないけど、居眠りしかけても平気ということは、かなり成績がいいんじゃないだろうか。
『真澄、かなり成績いいんだね』
『そないな程でもないよ』
『また謙遜する』
『いや、謙遜やないって』
まあ、謙遜か謙遜でないかはどうでもいいか。
『でも、楽しいね。真澄とこうして同じ教室で授業を受けられるなんて思ってなかった』
『うちもや。さっきは、とんでもないことしてくれたもんやけど』
首を少し横にして様子を伺うと、ジト目で睨まれていた。
『いや、さっきは悪かったって』
『ほんと大変やったんやで』
『いや、ほんとごめん。でもさ、いくらなんでも激しすぎない?』
共学の奴らが、人の恋愛に興味深々なのはわかったけど、毎日のようにこんな光景が繰り広げられているのだろうか。
見ると、真澄が微妙な表情になっている。
『……ウチらはいわゆる幼馴染やろ?』
『うん。それが?』
『で、家は近くで、今は付きおうとる。しかも、今は同じクラスや』
『……ああ。確かに、そうそうないかも』
『ウチらみたいなカップルは珍しいから、色々知りたがるんよ』
『納得』
確かに、僕に仲のいい幼馴染がいなければ、どこの漫画かとツッコんでたような気がする。
『そういえばさ…』
と、なんとなく、授業中に机の下でやり取りを続ける。
「松島、中戸」
顔を上げると、数学の先生が僕らを睨んでいた。
「随分、仲が良いことだな」
「「は、はい」」
小さく縮こまる僕たち。周りから笑い声が聞こえる。うう。
「それは、没収する」
あっけなく、スマホを取り上げられてしまった。
「授業が終わったら、取りに来なさい」
ついやり取りに夢中になり過ぎて、授業のことを忘れてた。結局、その後は、授業に集中したのだった。
休み時間。さっき挨拶した、ユーコという女の子がやってきた。
「おはよ。真澄、コウ君」
「ちゅーか、なんでいきなり、コウの事をあだ名で呼んどんねん」
少し機嫌が悪そうだ。
「にっしっし。もしかして、嫉妬?」
「そないなことやない!」
ぷん、とそっぽを向く真澄。
いつもおおらかな彼女が、こんな態度を取るのは珍しい。
「ちょ、ちょっと。二人とも喧嘩しないで」
「喧嘩やない。ユーコが一方的にちょっかいかけよるんよ」
「もう強がっちゃって。そんなだから、まだキスもできないんだよ」
依然として勘違いしてらっしゃるユーコちゃん。
「ユーコちゃんは、彼氏いるの?」
なんだか自信がありそうだけど。
「そりゃもちろん。だから、真澄が初心なのが面白くて、つい、ね」
悪びれる様子もなく、あっけらかんとそう答える。いや、まあ、ね。最近まで初心といえば初心だったけど。
見ると、どんどん真澄の機嫌が悪くなっているのがわかる。
ひょっとして……。
(ユーコちゃん。耳貸して)
(ん?何?真澄に内緒の話?)
(こういうのを言うのは何なんだけど、僕たち、キスもエッチもしてるから)
(え?またまた、そんな強がっちゃって)
(いや、ほんとに)
(……え。ほんとに?)
(ほんとに。でさ、真澄は、ユーコちゃんが、自分が経験あるのに、真澄は経験がないみたいに言うから、イラっと来てるんじゃないかな)
(そういうの、わかるんだ)
(いや、勘だけどね。二人のときはこんな不機嫌になることはないから、そのあたりじゃないかなって)
(なるほどねー)
内緒話を終えた僕たち。で、
「真澄、ごめん、ごめん。経験してたんだったら、上から目線だったよね」
「べ、別にウチは」
「変な子って思ったけど、いい彼氏だね。ちょっと見直しちゃった。じゃ、お幸せに―」
そう言って、去って行くユーコちゃん。
「コウ、一体何言ったん?」
疑わしそうな目で尋ねる真澄。これは白状しないとまずい流れだ。
ユーコちゃんに言ったことを簡単に伝える。
「よりにもよってあの子に。そないなこと言ったら、今度はまた別の事でからかわれるに決まっとるよ」
頭が痛そうだ。僕と二人のときはわからなかったけど、よく、こんな風にしてからかわられているんだな。
「でもさ。ちょっと安心したよ」
「安心ってな。なんでや」
「いや。真澄は愛されてるんだなって」
「ただ、からかわれてるだけやよ」
うんざりしたような顔をする真澄。
不謹慎だけど、そんな、普段見られない彼女の表情を見られて、やっぱり編入してきて良かった。そう思ったのだった。
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