第24話 お泊りデート(その2)
ガタンゴトン。東京駅行きの電車が発車する。僕たちの住む街の駅から、鎌倉までは、いったん東京駅まで行ってから、別の路線に乗り継ぐ必要がある。
「なんか新鮮やなあ。特急なんていつぶりやろ」
窓際から外を眺めながら、つぶやく真澄。
僕たちは、窓際の席に向かい合って座っている。
「修学旅行のとき以来じゃないかな?」
「あ、そやそや。修学旅行」
小学校6年のときに行った修学旅行。
「確か、銚子だったよね」
銚子は、千葉県にある海沿いの街だ。夕食で出た魚がとてもおいしかった記憶がある。
「そういえば、釣りとかしたよね」
「そやそや。釣りはほんま楽しかったわ。ちっちゃいのがいっぱい釣れて……」
確か、サビキ釣り、っていうのだったっけ。イメージしていた「釣り」とちょっと違って、小さい魚がいっぱい引っかかるのが楽しかった記憶がある。
そんな昔話に花を咲かせる僕たち。
二人でお泊りのデートなのに、昔話に話を咲かせるというのも変な話だけど、それが妙に楽しい。
「今度、釣りとか行くのどう?」
なんとなく思い付きで行ってみる。釣りの経験なんて、その時の一回きりだけど。
「ええなー。行こ行こ!」
いつになるかはわからないけど、なんとなく釣りデートに行くことが決まったのだった。
「あ、そや。思い出したんやけど……」
ごそごそとスポーツバッグを漁りだす真澄。
「はい。どーぞ」
そう言って、ポテチの袋を渡された。
「ん。ありがとう」
袋をあけて、ぽりぽり食べる。
「鎌倉についたらどうしようか……」
結局、ホテルにその日の内に付けばいいだろう、ということで、特に予定を決めないまま来たのだった。
「まずは、やっぱり鎌倉半月やろ」
そう言って、スマホを見せてくる。鎌倉半月を売っている地元の店のページらしい。
「いや、それはお土産でしょ」
そうツッコむ。
「まあそやけどな。鎌倉って聞いたらそれが真っ先に浮かんでしもうてな」
少し気恥ずかしそうにそう言う。昔、二人で見た半月を思い出す。
何か特別な出来事があったわけじゃないのに、二人してそのことを覚えているのが
妙に不思議だ。
「実は僕も、ちょっと思い出してたけど」
「人の事言えんやないか!」
何かで頭をぺちんとはたかれる。
真澄の手元を見ると、何故かハリセンを手にしていた。
「そんなもの、いつの間に」
「せっかくやから、部屋にあったのを引っ張り出して来たんや」
「そんなものが、どうして……」
と、真澄の出身が大阪であることを思い出す。
「うちも小さいころやから、よう覚えとらんのやけど。なんか、とーさんが、お笑いか何かを見に行ったときに買ってきてくれてな」
「そんなエピソードが」
昔から一緒に過ごした僕たちだけど、まだまだお互いに知らないことがあるなあ。
そんなことを思ったのだった。
そんな昔の話や、鎌倉で何をしようかとか、そんなことを話していると、あっという間に東京駅に着いた。
「うわ。おっきいなあ」
「人が凄いや」
地元では考えられないくらいの人の多さだ。スマホの乗り換え案内だけだとよくわからないけど、なんとか乗り換えて、一路鎌倉へ。せっかくなので、駅弁を買って二人で食べることにした。
車内にて。僕たちは、駅弁を食べながら、相変わらずおしゃべりに興じていた。
「なんか、デートっていうより、修学旅行みたいな気分だね」
二人でお泊りデートという、色気のあるムードがすっかり霧消していることに気づいて、苦笑いする。
「うちもそう思ってたわ」
どうやら、同じようなことを考えてたらしい。
「僕が同じ学校に行ってたら、同じ班で修学旅行に行ってたかもね」
「たぶんそうやわ。篠原とトモも一緒やったんやないかな」
「だったら、他にも~」
そんな、「もしも」を話しあう僕たち。
今の道を進んでいたことを後悔してはいないけど、そんな日もあったのかもしれない。そんなことを思ったのだった。
そして、電車に揺られること約1時間。僕らはついに、目的地の鎌倉駅に到着したのだった。
白い壁面に、△の屋根が特徴的な建物だ。
「到着。鎌倉ってこんなとこなんやねー」
感嘆の声を上げる真澄。
「まずは、鎌倉大仏だよね」
電車の中で調べたアクセスマップを表示する。ここから鎌倉大仏までは、ローカル線に乗り換えて、さらに40分以上するらしい。
ローカル線に揺られて、何度か乗り換えて1時間以上経って、やっと、鎌倉大仏のあるお寺に到着したのだった。
気が付けば、もう午後3時だ。日帰りだったら、とてもゆっくりする時間はなかっただろうな。
真澄はなんとなく、名所ということでワクワクしているようだけど、歴史好きの僕にとっては、また違うロマンがある場所だ。
拝観料を払って、中に入る。そして――。
「ほんとおっきいなあ」
見たまんまの感想を真澄が漏らした。
「鎌倉大仏はさ。凄く長い歴史があるんだよ。そもそも……」
つい、語りだしてしまう。あ、ひょっとして引かれたかも。
「そういえば、コウはいつもそんなこと語っとったな。歴史の授業も……」
カラカラと笑う真澄。歴史の授業で、先生の解説が間違っていたときについ手を挙げてツッコんでしまった時を思い出す。ちょっと恥ずかしいなあ。
「ウチはコウのそういうとこも好きやよ。普段も遠慮せんでええのに」
なんだか直球で褒められてしまい、少し照れる。
「と、とりあえず、次行こう、次」
その後も、複数の名所旧跡を周って、気が付けば午後6時。時間はあっという間だ。外を見ると、太陽が沈もうとしていて、空もオレンジ色になってきている。
「もうこんな時間だね……」
空を見上げながら、つぶやく。
「あっという間やったなあ」
感慨深げに真澄も言う。なんだか、恋人同士、というより、昔から仲が良かった友達同士みたいに感じて、少し不思議に思う。それも、間違いじゃないんだけど。
でも、今日は泊まりなわけで、これから行くのは二人で泊まるホテル。少し意識し始めてしまう。
「そろそろ、ホテル行こうか」
「せ、せやな」
なんとなく手をつないで、予約したホテルに向かうのだった。
午後7時。予約したホテルにチェックイン。5階の、海が見えるツインルームに入ったのだけど。
二人分のベッドが横にならんでいて、今日は二人で泊まるんだ、ということを意識してしまう。
「……とりあえず、荷物、置こうか」
「……そやね」
なんとなく、荷物を置いてから夕食へ。海沿いの街ということで、せっかくなので、美味しい魚を食べられる店を選んで、入店。
「はー。ほんと、美味しいわあ。なんでこんな美味いんやろ」
「やっぱり海が近いからなのかな?」
お刺身に舌鼓を打ったのだった。たっぷり2時間くらい店で料理とおしゃべりに花を咲かせて、ホテルに戻った僕たち。
「お風呂、行こうか」
「あ、そ、そやね。露天風呂やったっけ」
「屋上に大浴場があったはずだよ」
当然、混浴ということはなくて、普通の男女別のお風呂だけど。
大浴場で、汗をながして、お風呂に入る。
「いいお湯……」
昼間は凄くはしゃいだけど、やっぱり少し疲れたのか、温泉が心地良い。
お湯につかりながら、なんとなく、今日、この後のことを考える。
お泊りでデートなわけで、真澄だってそういうことはある程度考えているだろう。
でも、僕たちは、そういうことをするのはまだ2回目だ。
一度すれば慣れるのかな、と思っていたけど、そういう雰囲気になると照れくさくて、なかなか踏み出せないのだった。
「なるようにしかならないか」
そんなことをつぶやいて、お風呂から出るのだった。
大浴場の休憩室で、身体を冷ましながら、真澄を待つこと約20分。浴衣を着た真澄が出てきた。浴衣と火照った身体がとても色っぽい。
「お待たせ」
「う、うん。その、なんていうか、似合ってる」
「あ、あんがとさん」
なんとなく言葉少なに、僕たちは大浴場を後にするのだった。
そして、ホテルの部屋にて。
「……」
「……」
僕たちは、無言で、それぞれのベッドに座っていた。部屋は少し薄暗い照明。
「あ、あのさ」
「な、なんや?」
真澄も意識しているのが凄く伝わってくる。
「あ、いや。そろそろ、寝ない?」
何を言ってるんだ、僕は、いきなり過ぎるだろう!
「え、もう寝るん?」
目を真ん丸にして、驚いた様子。まあ、そんないきなり言われたら驚くよね。
と思ったら、うつむいて、なんだかがっかりしたような顔をしている。
あれ?
「あ、ご、ごめん。いきなり過ぎたよね。そういう意味じゃなくて……」
しどろもどろになりながら弁解する。
「な、なんや。びっくりしたわ。ほんとに、何もせずに寝るんかと、てっきり……」
あ、逆方向に誤解させてしまったのか。いけない。
もう、うまいこと言おうとしても仕方ない。素直に気持ちを告げよう。
「あのさ、真澄。今日、楽しかったよね」
「……そやね。なんだか、昔に戻ったような気分やったわ」
同じように思っていてくれたのを知って、少し嬉しくなる。
「でも、僕らはもう昔と同じじゃないんだよね」
「昔と同じやったら、二人で来てないやろな」
だろうね。
「えーと、だから。エッチな……じゃなくて、そう。イチャイチャ。いちゃいちゃ、したいなって」
「……」
あ。滑った?と思ったら、横で真澄が笑い転げている。
何かウケるようなことを言っただろうか?
「もう。コウは。無理やりうまいこと言おうとしなくてもええのに」
笑いからは立ち直ったみたいだけど、なんだか視線が妙に温かいというか。
「ウチはな」
「うん?」
「ウチは、コウのこと大好きやから。だから、好きなだけ抱いて欲しいんや」
そう言って、ベッドを移って、抱きしめられる。
そして、そのままキスをされる。
あれ、なんだか思っていたのと逆の流れに……
しかも、舌まで。んぐ。
ということで、結局。
思っていたことはできたものの、終始主導権を握られっぱなし、という、何とも不本意な事態になってしまったのだった。とほほ。
僕がヘタレなのが悪いんだけどね。
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