第19話 きっかけ
「なあ、コウ」
寝そべった姿勢のまま、真澄が声をかけてくる。
「なに?」
さすがに恥ずかしかったので、既にお互い服は着ている。
「ウチのこと、いつ好きになったん?」
なんだか優しげに聞こえるのは気のせいだろうか。
「う。そういわれても……」
さすがに、ちょっと恥ずかしいんだけど。
「ええやん。へるもんやなし」
無邪気にそんなことを言ってくる。
減るんだけどな。精神的な意味で。
「わかった。わかったよ」
羞恥心で死にそうだけど。
「今思うと、恥ずかしいばかりなんだけど……」
――
それは、小学校6年の春。
「中学受験?」
母さんに、案内のパンフレットを渡される。
「ええ。もちろん、無理にとはいわないけどね」
そう母さんは付け加える。せっかく近くに進学校があるのだから、通わせられればと思っていたのだろう。
当時の僕は、既に歴史が大好きだった。それも、歴史小説や解説書に飽き足らず、 歴史研究家の書いた本に至るまで読み込む程の。
そんな僕の将来の夢は、歴史学者になることだった。
ただ、あくまで、夢は夢で。
特に、そのためにどうしよう、なんて考えは持っていなかった。
だから、そのパンフレットにもなんとなく目を通していただけだったのだけど。
「あ!」
「どうしたの?」
そこに載っていたのは、当時の僕が読みふけっていた書籍を書いた先生だった。
「ねえ、母さん」
「何かしら?」
「ここに入学できたら、この先生に会えるのかな?」
期待を持って聞いてみる。
「うーん。どうかしらね。中学教諭って書いてあるから、会えると思うけど」
「じゃあ、僕、受けるよ!」
今思えば、当時の僕はなんて単純だったのだろう。
仲の良かった真澄と離れるのは少し寂しかったけど、距離も遠くないし、
いつだって会える。
そんな気持ちで、受験を決めてしまったのだった。
そして、合格発表の日。
真澄と一緒に見に行った合格発表の看板には、僕の番号が書かれていたのだった。
「よかったやん、コウ」
僕を心の底から祝っているような、そんな顔をして真澄は言ったのだった。
「でも、別の中学になるんやね……」
少し寂しそうに言う真澄の横顔を見て、僕ははっとなった。
「う、うん。そうだよね……」
中学受験をする以上、受かったら別の中学に行く。
そんなのはわかっていたはずなのに。
ああ、そっか。
僕は離れたくないって思ってるんだ。
今更、真澄のことを好きな気持ちに気づいてしまって、ひどく動揺する。
「あ。でも、なんかあったらいつでもウチに相談してな?」
別の中学に行くことを不安がっていると思ったのだろうか。
真澄はそんなことを行ったのだった。
「まあ、できるだけ頼らないようにするけど」
今更行きたくないなんていうのは、ただのワガママだ。
だから、僕は、そう強がったのだった。
――
「そんなことやったんや……」
僕の話を聞いて、当時を思い返したのだろうか。
少し懐かしむような声でそう言う。
「恥ずかしい話だよ、ほんと」
なにせ、自分から別の道を進むと決めてから、真澄のことを
好きな気持ちに気づいたのだから。
しかも、憧れの先生は、僕が入った翌年に定年退職というオマケつき。
休日になっては遊びに誘うことができたし、
こういう関係になれたから、そう悪いものでもないんだろうけど。
「でも、あのときはもう好きで居てくれたんやね」
なんだか嬉しそうだ。
「?」
「うちも、あの頃はもうコウのこと好きやったから。離れるのは寂しかったんよ」
ああ、そっか。
「なんか、ごめん」
僕は、仲の良い真澄が、新しい門出を祝福してくれたのだと思っていたけど。真澄は、既に――。
「ええんよ。今、こうしてられるんやしね」
僕の頬を指で押しながら、そうつぶやく真澄。
心底幸せそうなその声になんとも言えなくなる。
なんていうか、反則だ。
「僕の方が恥ずかしくなってくるんだけど」
真澄は信じられないくらい、ストレートに気持ちを表現してくる。
「あんなことした後やん。今更恥ずかしがらんでも」
そんな軽口を叩いてくる。最中はそんな余裕はなかったはずなのに。
「まあ、いいか」
幸せな気分に浸りながら、そう独り言ちたのだった。
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