第20話 部活とリア充の定義

 ※4話でちらっと出た、歴史研究部と、リア充について主人公が考えるお話です。歴史蘊蓄ぽい話が、多少多めなので、ご注意を。




 4月も下旬になったある日の放課後。

 僕は、教室のある本棟と離れた部活棟にある部室に来ていた。

 今日は火曜日で、週に2日の歴史研究部の活動日なのだ。


「ちわーっす」


 なんとなく挨拶をしながら部室に入ると、部員の皆が黙って本や雑誌を読んでいた。


 部室の両端には巨大な本棚があって、歴史関係の雑誌や書籍が大量に並んでいる。


 真ん中には横長のテーブルが並べておいてあって、部員たちが席に座って、各々が興味のあるものを読みふけっている。部活と関係の無い漫画やゲームを持ち込んでいる人もいるけど、お咎めは特になし。

 僕も、一番奥の窓側にある机に座って、最近興味がある戦国時代関係の本を読んでいた。


「おお。松島よ。ちょっと良いか?」


 そんな声をかけてきたのは、近衛文和(このえふみかず)先輩だ。小柄で少し太り気味、真ん丸な顔の先輩は、この部の部長だ。豊富な知識と洞察力には部員の誰もが一目置いている。


「なんですか、近衛先輩?」


 先輩は大の議論好きなので、たびたび、部員に対して議論を持ち掛ける。


「今、ぬしが読んでおる本じゃが……」


 近衛先輩は、「ぬし」という妙に古風な表現で僕を呼んでくる。


「織田信長の本ですね。気鋭の歴史研究者が書いた本なんですが、面白いですよ」


 織田信長といえば、日本の誰もが知っているくらい有名な歴史上の人物だろう。革命児、異端児、身分にとらわれない採用、既得権益の破壊などなど。

 彼に関する世間的な評価は多くの場合、「時代の一歩先を行った人物」という形でまとめられることが多い。


 ただ、最近の研究によると、史料(しりょう)を検討した結果、そうとは言えず、

旧来の秩序を尊重、身分も考慮した採用、既得権益を擁護した統治、穏健で常識的なものの見方、といったむしろ正反対の人物像だったのではないかと言われている。


 僕たちが学校で使っている教科書ではまだ、時代の一歩先を行った人物といった形で描かれることが多いけど、研究者の世界ではそうではない、というのだからとても面白い。


「最近はもうすっかり、信長は割と常識人、というような見方が主流みたいですね」

「そうだのう。しかし、本当にそうかの?」


 近衛先輩が疑問を呈する。


「どうなんでしょう。色々な本を読むと、異端児というのは行き過ぎだったと思うんですが、正反対の常識人というのはどうなのかな、と」


 正直な感想を語る。なにせ、小国の領主から始まって、天下統一に王手をかけたのだ。ただの常識人にそれができるだろうか。それが率直な疑問だった。


「我もそれは疑問なのだよ。信長公記(しんちょうこうき)などに描かれている人物像を見ても、単なる常識人とも思えぬしな」


 信長公記は、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康に仕えたある人物が描いた史料だ。信長の近くにいた同時代人が書いたということで、特に信ぴょう性が高いものとして扱われている。


「そうなんですよね。で、また議論ですか?」

「話がわかるのう。で、どうかの?」

「受けて立ちますよ」


 ニヤリと先輩が笑う。


 こういう形で、部員同士が議論を戦わせるのもこの部の日常風景だ。

 男同士でむさくるしい、と思われそうだけど、こんな雰囲気が僕は嫌いじゃない。


 喧々諤々の議論を戦わせていると、ふと、机の上にメッセージの通知が来ているのに気づいた。SKY〇Eのアイコンなので、真澄からみたいだ。


『明日のお弁当やけど、何がええ?』


 もう毎日のように、お弁当を用意してくれるようになった真澄だけど、お弁当のリクエストを聞いてくるのは初めてだ。


『真澄の料理はどれでも美味しいから、いつも通りでいいよ』


 正直な感想を返す。実際、真澄は僕の好みをよく把握したお弁当を作ってくれるし、注文なんてつけたら罰が当たりそうだ。


『そうやなくてやな。コウにもあるやろ?明日はこれが食べたいとか、そういうの』


 甲斐甲斐しい、というか、そこまでしてくれるのは嬉しいのだけど、逆に悩んでしまう。明日食べたいもの、食べたいもの……。


『じゃあ、明太子が入ったものを何かお願い』


 細かい注文は思いつかないし、なんとなく僕の好きなものを言ってみた。


『明太子やね。わかったわ。楽しみにしといてな』


 明日の弁当が少し楽しみだ。


 ふと、近衛先輩が、ニヤニヤした目つきで、僕のスマホを横から見ているのに気づいた。


「以前言っていた、想い人かの?「リア充」という奴だのう」


 リア充なんて単語、ウチでは初めて聞く。ひょっとしたら、共学だと普通なのかもしれないけど。


「リア充って言えばそうかもしれませんけど、実感はないですよ」


 高校生で彼女持ち、手づくり弁当を作って来てもらえる、などなど。

 傍から見れば、リア充でしかないけど。


「ぬしは紛れもなくリア充だと思うがの……」


 納得いかない、という声でつぶやく近衛先輩。

 とはいえ、実感がないものは仕方がない。


 しかし、考えてみると、不思議なものだと思う。

 高校生の日常や恋愛物語は多いけど、普通は男女が同じ学校に通い、そこでトラブルやすれ違いがあって……というのがほとんどだ。

 共学だとそれが普通なんだろうけど。


 ちょっと、真澄に聞いてみたくなって、メッセージを送ってみた。

 こういうのを聞くのはちょっとはばかられるのだけど、共学の真澄ならまた違う感覚かもしれないし。


『ねえねえ。部活の先輩に聞かれたんだけど』

『なんや』

『僕らって、リア充、なのかな』


 自分で書いてて、僕は一体何を書いてるんだろう、と思ったのだった。頭が痛い。


『一体何をいっとるの、コウ?』

『いや、先輩に言われたんだけど、イマイチ実感が湧かないんだよね』


 いや、もちろん、真澄が居てくれる毎日は楽しいし幸せなのだけど。


『ウチもクラスの連中にはよー言われるよ。なんとなく流しとるけどな』


 あっちでは、普通に言われるのか。


『男子校と共学の違いなのかな』

『ウチもわからんけど、こっちでそないな事言うたらあかんで』

『そっちに行くこと、ほとんど無いし』

『ま、そやね』


 そんなやり取りをしていた。考えてみれば、真澄と付き合う前は、こうやって部活の時間に世間話のメッセージをする程ではなかったわけで。


「これがリア充ということなのかな」


 そんなことを思ったのだった。

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