1-30 乳白石のイヤーカフス
「それで、どうしても明日出るつもりでんがな〜?」
俺の目の前でふわふわと浮きながら、テンは確認をとってくる。
「うーん…できれば、とは思ってたんだけど、無理なら遅らせるよ」
俺もフィーナもなるべく早く出ようとして用意をしてきたけれど、テンからすれば突然すぎる話になる。
テンに協力してもらいたい俺としては、出発の日程を遅らせること自体はやぶさかではない。
フィーナにはああ言ってしまったけれど、じっくり用意をしたいと言えばもう数日の猶予をもらうことはできるだろう。
「急な話だったし、やっぱテンも困るよな?」
「まあ〜、はい〜。流石に急すぎてびっくりでんがな〜…」
「だよな。…そしたら何日くらいあれば用意できるかな?」
「そうでんなぁ〜……あー、でも…んー」
顎に手を当てて少し思案をすると、次にテンはあっけらかんとこう言った。
「…ゲンキはん、やっぱり、いけるかもしれないでんがな〜」
「は?」
「明日の早朝でも行けますがな〜」
「え?いいの?急すぎないの?」
「考えてみれば、必要なものは東の方にあるんでしたがな。そしたら旅の途中で手に入れればよろしいがな〜」
「あ、そう…?」
何とも気の抜ける話だが、テンが良いと言うのなら良いのだろう。
「アテとしては、出発前にこれを渡せればよかったんです〜」
そういうとテンがどこからか小さい石を取り出した。
今まで何も持っていなかったのに、都合よくアイテムが手の中に出てくるのはゲームならではというところか。
俺も家の建築をするときにはでかい建材を四次元ポケットのようにアイテムボックスに入れていたものだ。
「これは…?」
テンから渡された石を観察する。
手に持ってみるとサイズは一円玉ぐらいで、色合いは乳白色。中央部分にはヒビが入っていて何かの模様に見える。
その石を囲うように台座が敷かれており、台座の伸びる先は湾曲して何かに引っ掛けるような形状をしていた。
「これって、イヤーカフ?」
台座の裏側にも何か読めない文字で細工が施されており、こんな文化的なアイテムはクラフターズ内では初めてお目に掛かる。
金具の色合いや傷の入り具合から、相当な年代を経た代物であることが分かる。
間違いなく貴重品だろう。
「がな〜!ゲンキはん、よくご存じで」
「ご存知っていうか、まぁ、見ればわかるっていうか…こんなもの、受け取れないって」
「まぁそう言わずに受け取ってくださいな!これも旅に必要なものでんがな〜」
テンは俺の手から石を受け取ると、俺の頭に乗っかってくる。
「ここにこう、つけるんですわ〜」
「わわっ。いいってば…!」
「いいですから、そのままでんがな〜」
俺の言葉も聞かずに、ピンと立った右の耳を掴んでイヤーカフを嵌め込むテン。
VRヘッドセットのスピーカー越しに聞こえる、ゴソゴソという装着音が耳にこそばゆい。
「ほら、これでおっけーでんがな〜!」
俺の視界からは分からないが、イヤーカフを付けてもらっていのだろう。
ステータスの装備欄を開いて確認すると、『乳白石のイヤーカフ』という身も蓋もない名称のアイテムが頭に装備されていた。
見る限りプラス効果もマイナス効果も何もない。
「こんな大事そうなもの…本当にもらっちゃっていいのか…?」
「いいんでんがな〜!アテ、女の子のために旅立つっちゅうゲンキはんの男気に感動してますねん!」
そういうとテンは俺の頭からジャンプして、再び視界に戻ってくる。
「これはその男気に対してアテからの激励品、ちゅうとこでんがな!」
そしてビシッと俺を指差してくる。
テンがそんな風に思ってくれていたことが俺には少し意外で、言葉に詰まる。
「…ありがとう」
どうにか感謝を伝えると、テンはニッコリと笑った。
テンは相変わらず笑顔になると出っ歯が目立つ、憎めない良い奴だ。
「…そしたら、これって何の役に立つんだ?」
装着された耳の辺りを手で確かめながら尋ねる。
「んー、まぁ、色々と使えるんですわ!」
「色々…?」
「色々がな!」
「例えば?」
「うーん…なんかぁ…色々でんがな!」
「色々をもう少し噛み砕いて教えて欲しいなっ」
「まぁまぁそう慌てませんと、追々と説明していきまんがな〜!」
テンは左手の甲で俺にまたペシっとツッコミを入れる。
ここはツッコミどころなのだろうか。
「じゃあ明日の早朝でんな?日の出くらいに家に行ったらよろしいですか?」
睡眠をスキップして起きる時間はいつも日の出だから、丁度良い。
「うん、そうな。俺の家ってわかるよな?」
「もちろんでんがな〜!それじゃあ明日は早いからアテは一旦退散しますがな〜」
そういうとテンは早々に切り上げていってしまう。
あっさりすぎる気もするが、明日の早朝出発だからテンにも色々と用意があるのだろう。
とりあえずは予定通りに話が進むことに感謝するべきだ。
テンと会うという目的を果たした俺も、少々早い家路につく。
帰り道、俺はテンが付けてくれたアクセサリに触れる。
感触はわからない。けれど、よく磨かれた石の表面はきっと滑らかなんだろう。
テンは人ではなく、ゲームのNPCキャラにすぎない。
でも、俺を評価してくれた上で、貴重なものをテンはくれた。
「フフ…!ハハッ…!」
石に触れていると自然と笑いが出てしまう。
褒められて、好意を形にして貰えたことが、俺にはとても嬉しかったから。
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