1-29 関西弁たるもの


「テンー!いるかー!」


食事を終えてから、俺は昨日テンと歩いた花畑まで来ていた。

大きな声でテンに呼びかけるが、太陽に照らされた白い花たちが揺れるだけで返事は返ってこない。


「あー…しまったなぁ……」


俺は力なくうなだれて、近くの木の幹に寄りかかる。


昨日は流れの中でテンといい感じに別れたが、その後の連絡手段を取り決めていなかったことに家を出る時に気づいたのだ。

このままでは折角協力を申し出てくれたテンの気持ちを置き去りにしたまま旅に出てしまうことになる。


そもそもこの世界のことを何も知らない俺と、幼いフィーナとの二人旅では不確定要素が多すぎる。

1000年以上生きているという、賢者的ポジションのテンの協力は必要不可欠だった。


なんとしても再会を果たさねばならないのだが、肝心のテンと会う方法がわからない。

この世界にはスマホとかないんだものな…。

困った…。

本当に困った…。


「昨日の岸まで行くしかないかなぁ…」


テンと初めて出会った場所を思い出す。

あそこまで行ければなんとかなるかもしれない。

具体的にはギュードトンの生息地まで行って、崖から飛び降りて死に物狂いで河を泳ぎ切ればなんとかなる。

昨日は運よく泳ぎ切れたが、普通に死ぬ可能性が高いと思う。

下手したら、崖から飛び降りて着水する前に岩に激突してお陀仏だ。


「…まぁでも、それしかないよなぁ…」


俺は寄り掛かっていた木から一歩踏み出すと、ギュードトンの生息していた丘へと方向を変える。


死ぬのが怖くないのかって?

全く怖くないね。

昨日脳天を割られて、既に一度死を経験した俺にとって死ぬことがなんだというのか。


「そう、フィーナに一度殺された俺には、もう死ぬ恐怖などないさ!」


ババァーン!と徐々に奇妙なポーズを取りながら宣言する俺。


「ゲンキはん、なにへんちくりんなこと言ってんでんがな〜?」


俺の後方から胡散臭い関西弁のツッコミが飛んできた。

この世界で俺の名前を呼んでくれる奴は二人しかいない。

それはフィーナと。


「て…テーン!!」

「がな〜?」


振り返ると呑気な顔した黄色い妖精がパタパタと浮かんでいた。


「会いたかったぜテーン!」


テンを両手で掴んで振り回す俺。


「わ!わわわ!?ゲンキはんー?!」

「会えないかと思ってた!安心したぜテンー!」

「目が、目がまわ、目が、目ぇぇぅをぉぉ…!」


両手を掴まれてジャイアントスイングされる格好のテンは、風圧で顔の形が変形している。


「ハハハ!ハハハハ!」

「デデデデデんんん〜!」


俺は回転の手を緩めることなくスピードを維持。


「ををを…!ぬをををを、ぬを、ぬををを、ぬぅぅあぁー!」


ポン!


「あ、ちょい!?」


ハイスピードな回転の中でぐいぐいと足掻いて、どうにか両手を外すテン。

しかしそうするとどうなるか。

テンは力強い慣性の法則に抗えず、明後日の方向へと飛んでいってしまう。


「で〜ん〜が〜な〜〜!!」

「て、テーン!?」


俺はテンが飛んで行った花畑へとダッシュした。



「でんがなぁ……」


花畑に中に横たわりながらぐったりとするテン。

俺は吹っ飛んでいったテンにようやく追いつくと声をかける。


「だ、大丈夫…?」

「い、一日しか…経ってないのに…随分と熱烈でんがなゲンキはん〜…」

「そ、そんだけ会いたかったってことでして…」

「それは光栄でんがな〜…でも、次はもう少しお手柔らかに頼みまんがなぁ…」

「ご、ごめんね…?」

「がなぁ…」


テンはよろよろと半身を起こして頭を振る。


「アテはぷりてぃ〜で線も細いから、雑に扱わんといて欲しいでんがな〜…」

「気をつけます…」


テンは俺の顔をじっと見つめて、パタパタと空を飛び始める。


「わかってもらえればええでんがな〜!」


そして俺の目線くらいの高さにきたところで、肩をパンっと叩いてくれる。


「テン…」


その言葉にテンはニヤリと笑って応えてくれる。

この話はここでお終いとしてくれるのだろう。


「それで?今日はどうしたんでんがな??」

「いやそのー…昨日のギュードトンの素材で旅に出る用意ができたからさ…」

「がなぁ」

「今朝フィーナと話して旅に出るタイミングを決めたんだ」

「がなぁー」

「で、さ。ゴドゥとかいうモンスターのこともあるし、テンにもついてきてもらえないかなって思って」

「そうでっか〜。ゴドゥの対策に関してはアテもまだ模索ちゅうな感じではあるんですが、ちなみに出発はいつ頃の予定でんがな?」

「…明日の早朝」

「がなー!?」


テンのリアクションが大きくて、少し俺は狼狽てしまう。


「あー、ちょっと早い…かな?」

「ちょっとじゃなくてめっちゃ早いでんがな!?」


テンの顔がグイッと迫ってくる。


「えっと、ちょっと無理…かな?」

「ちょっとじゃなくてめっちゃ無理でんがな!?」


テンの顔がグイグイッと迫ってくる。


「い、急いだほうがいいかなって思って…?」

「昨日出会って今日の明日で旅立ちって、急ぎ過ぎにも程がありますわー!!」


ビシッと俺の胸にツッコミが入れられる。

初めてテンから関西っぽい雰囲気を感じて、俺はちょっと感動した。

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