1-17 ギュードトン


俺は空を見上げていた。

清々しい青空に、もこもこの白い雲がふんわり浮かんでいる。

俺は、草原にごろっと寝転がりながら空を見上げて、心穏やかでいた。


綺麗だなぁ。


俺のキャラのアイテムボックスには目標としていた大量の革、そしてそれを手に入れる過程で手に入った獣の肉があった。

牛なのか豚なのかよくわからない動物だったのだが、ドロップアイテムとして赤身の肉が出てきたから食料として使えるものなのだろう。

ちなみに肉の名称は『ギュードトンの肉』。ついでに『ギュードトンの革』。

俺でも思いつきそうな適当な名前に、ゲームデザイナーのやる気の度合いが窺える。

もっと気持ち入れて仕事しろ。


雲の遥か高くで輝く太陽はちょうど頭上に達している。

時刻としては正午を少し過ぎたくらいだろうか。

朝早くに出たから日の入りまではまだまだ時間がある。

まだ時間があるからこうしてゆっくりと空を眺めて考えているのだ。


「・・・・ここ、どこなんだろ・・・・」


道に迷った。

どうやって帰ろう。



事の発端はギュードトンを見つけたところからだ。

早朝から狩猟に出たが、やはり周囲の森の中で動物を見つけることができなかった。

だから俺は森の奥へ進み、山を一つ超えた先に平原を見つけたのだ。

そして平原で雑草を食むギュードトンの群れを見つけたのだ。

山上からそれを見つけた俺は喜び勇んで群れへと近づいていった。


草むらをかき分けて進む俺。

立ち並ぶ草の隙間からはギュードトンの姿が見える。

体つきと頭は牛だったが、革の色は肌色と黒の二色だった。

おそらくここに豚要素が混じっている。

そして更によく見ると、背中には申し訳程度の羽が二つちょこんと引っ付いている。

生えているっていうか、本当ちょっとくっついている程度。

豚にしてもそうだが、これで鳥要素もカバーしているつもりなのだろうか。

それならもういっそ普通の牛で出せばいいじゃんっ。


そう思いつつも俺は石の棍棒を装備して、ギュードトンの近くまで足音を立てないように移動する。

何も知らないギュードトンは群れから更に離れて俺の方へと歩いてくる。

棍棒を握る手に力が入る気がする。


・・・よし!


そしてタイミングを見計らって俺は草むらから飛び出した。

まず最初に腕を振って棍棒の一撃をお見舞いする。


「ポッポー!」


攻撃されたギュードトンは堪らず、可愛らしいハトみたいな鳴き声を上げる。

そこ鳥要素いる!?


ギュードトンは赤く点滅しながらノックバックをすると、慌てて逃げ出そうとし始める。


「うおおお!!」


俺はそれを逃すまいとコントローラーのボタンを連打して、手にした棍棒を振す。

二発。

三発。

その度ギュードトンは点滅しながらノックバックして、俺はそれを追って空いた距離を詰めて棍棒を振るう。

四発目でギュードトンは倒れてポンっと煙になった。


後に残されたのは革と肉。

よしよし。ようやく目当ての素材と巡り合えた。

ここには群れがあるから今日一日だけで素材が確保できる!

山を登って範囲を広げて正解だったと思いながら、俺は再度草むらの中に入ってチャンスを狙う。

同様に逸れて気味なギュードトンを二匹倒して素材を手に入れる。


ふむ。

これは楽勝だ。

二枚ドロップしてくれる時もあったので、これで革は合計で四枚。

必要な数は五枚だったはずなので、革が確定ドロップなら後一匹倒せば良い計算になる。

これならもう隠れる必要もないか?

今のところ確実にドロップしているし、逃げようとして群れが散らけてもあと何匹かなら容易く倒せるだろう。


やはりちょろい!

簡単に衣服に必要な素材と肉が手に入って生活できる『クラフターズ』はちょろくて優しい素敵な世界!!


俺は草むらから飛び出して、手近な群れの端にいるギュードトンを倒す。

煙の中からは革と肉がドロップしたため、これで鎧を作るための必要数を満たしたことになる。


あとは逃げ惑うギュードトン達を尻目に、元来た道を戻るだけ。

そう思って顔を見上げると、他のギュードトンたちは静かに俺に注目していた。


「んん・・!?」


羊の群れが逃げ惑うようなリアクションを想定していたのに、俺の想像とは異なりギュードトンたちは殺気走った視線を俺に向けている。

ただならぬ気配に少し身構える俺。


「ポッポー」「ポッポー」「ポッポー」


ギュードトン達が一斉に鳴き始め、俺を囲うように群れを展開していく。


「ポッポー・・・ヴォー・・・・」「ヴォォー・・・」「ヴォー・・・」


ギュードトンの可愛らしい鳩の鳴き声に濁点が入り、低い唸り声のような鳴き声へと変質していく。

何かがやばい。

とにかくやばい・・・!

俺は完全に包囲される前に後方へと走り出そうとするが、それよりもギュードトン達のアクションが早く起きてしまう。


「ヴォ・・・ヴォォォォォォォ!!」


まず最初に、メキメキと音を立てて、ギュードトンのツノが巨大化した。

先端は鋭く、根元にいくにつれて太く捻れて凶々しい。

更に申し訳程度だった羽も巨大化して、大きな猛禽類への羽へと進化する。

蹄も大きく成長し、俺の頭なんて簡単に踏みられそうなサイズへと大きくなる。

極め付けには体がボコボコと変異して、筋肉の隆起した肉体へと変異して二律歩行になる。


端的にいうと禍々しい角と羽を持った大きな蹄のボディビルダーの化け物が現れた。

それが群れで俺の前へと立ちはだかる。

狼男一匹なんて簡単にミンチにされてしまうのではないか。


そんな恐怖が俺の頭の中に去来する。

俺もこいつらの仲間を殺しているのだから当然の報いなのだが・・・これはちょっと想定外にすぎる・・・!


「ヴォォォォォォ!!!ヴォォォォォォ!!!」

「お前達の気持ちはわかるよ・・・!俺が悪いのも認めるよ・・・!」

「ヴォォ!」「ヴォォォ!」「ヴォォォ!」「ヴォォォ!」


殺意の大合唱で地鳴りがする錯覚に見舞われる。

俺自体は別に死んでもいいのだが、ここで死んだら俺のアイテムがどうなるかわからない。

俺のやってきたゲームの経験上、死に戻りができるゲームのデスペナルティはいくつかある。


①お金が半分になる

②経験値が多少減る

③アイテムもお金も全てなくなる


もしここで死んで、アイテムは全てなくなった場合、フィーナの鎧の素材をまた一から集める羽目になる。

もしかしたらまたギュードトンの仲間を殺さなきゃいけなくなるかもしれない。

この殺意をぶつけられて心底思う。

そんなのはごめんだった。


「お前らが怒るのはわかるよ。でも悪いんだけどさ、俺ぁまだ死ねないんだ!」


俺は後ろを向いて一直線に駆け出す。


「ヴォォォォオ!!!」


逃げ出す獲物を前にして、怒りが一斉に噴き上がって爆ぜたのを感じる。

それでも悪いけど、俺はまだ死ねない。

うちの可愛いフィーナに鎧をプレゼントしてやらなきゃいけないんだ!!


「ヴォォ!!」

「!?くそ、嘘だろ!」


俺の目の前に一匹のギュードトンが回り込んでいた。

どうやら元々俺の後方に位置していたやつがいたようだ。


「ヴォォゥ!!」


俺に向けて牛とも豚ともわからない蹄を振り下ろしてくるが、ギリギリのところで懐に飛び込んでその一撃を避ける。

地面へとめり込んだそいつの蹄は地面を大きくえぐっていた。

あんなものに当たったら一撃でお陀仏だ・・・!


俺はそのまま右手側に回り込んでギュードトンを躱して進もうとする。

しかしその奥にも複数匹のギュードトン。

俺が元来た道はすっかり潰されていた。


だがまだ活路はある。

俺が来た道からは逸れることになるが、ギュードトン達がいないルートがまだあった。

一度この包囲から抜け出して、ここをやり過ごして再度元来た道を辿りなおせばいい。


俺はギュードトン達の包囲の穴をついて抜け出した。

その先には崖があった。

だが崖を挟んで対面にも陸地があった。

俺は走る勢いに加速をつけてさらに進む。

ここにいてもギュードトン達に囲まれて死ぬ。

なら・・・!


「う、おぉぉぉぉ!!!」


俺はトップスピードのまま崖へと向けて駆けていき、そのまま右足を踏み込みジャンプした。

青い空。白い雲。ものすごく下に流れる激流の河。

最高のシチュエーションで風を堪能した俺は、そのままどうにか対岸へと着陸する。

勢いをうまく殺すことはできず、そのまま何回転も転がってしまうが、命があったことに比べれば全くどうでも良いことだ。


これで流石に撒いただろ・・・!?


身体へのダメージなども気にせず、俺はさっきまでいた対岸を見ようとした時、バサ、バサッという羽ばたきの音が耳に入る。

普段耳にしない大きさの音に、俺は不吉を感じてそろっと音のした上空を見上げた。

そこには「ヴォォォォー!!」と鳴き叫びながら、天使のような猛禽の羽を羽ばたかせるギュードトン達が空を舞っていた。

その数は10を下らない。


「ま・・・じかよ・・・!」

「ヴォォォォ・・・!!」

「ヴォォ!!!」

「ヴォォ・・・」


角がグルグルに捻れたやつ。

上腕二頭筋が他のやつよりも目立って太いやつ。

片目が潰れてるけど顔つきが他のやつより二回りは精悍なやつ。

それらが皆、こちら岸に降り立って再び俺を見つめてくる。

いろんなギュードトン。いっぱいあって皆良い。


俺は冷や汗を垂らしながら死を覚悟する。

また革を探す手立てを考えないといけないな。

ギュードトンの正しい倒し方も知ったから、次はバレないように五匹倒さないとな。

などと考える。


「まぁでも・・・・」

「ヴォォ!!」


一匹が自慢の角を突き出して俺に向けて突進してくる。


「もうちょっと頑張ってみるけれどね!!!」


俺はその突進を躱してギュードトンの群れへと突っ込んでいく。

ギュードトン達は想定外だったのか反応が少し遅れる。

これが生死を分ける一瞬になってくれると嬉しいな!


俺はそのままギュードトンの群れを突き抜けて、再び崖へと飛び込んだ。

今度は対岸ではない。

その下の激流の河へと目掛けて。


「おぉぉぉらぁぁぁぁ!!!」


そこから先の記憶は無い。



「で、気がついたらここにいたってわけ・・・」


俺は空を見ながら誰に対してでもなく呟く。

フィーナのための革素材は手に入ったが、それをフィーナに届けられないのでは意味がない。

死んで戻ったらアイテムがなくなる・・・かといって、激流に揉まれたせいでどの方向に行ったら自宅に帰れるのかもわからなくなってしまっている。

ここは一か八かで闇雲に道を進んでみるしかないか。

放っておけば夜になってフィーナにいらぬ心配をかけてしまうし、それは避けたいところだった。


「はぁ・・・まじでどうしよ」

「旦那さん、お困りでんがなー?」


諦めの混じったため息を吐いていると、俺じゃない誰かが話しかけてきた。

驚いて振り返ると、黄色い妖精みたいな謎の物体Xがそこには浮いていた。


「お困りでんがなー?」


なんだこいつ。出っ歯がムカつく。

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