1-10 どうしてお家を作るのですか?


「ごちそうさまでした」


魚の皮もアラ付近の肉も全て綺麗に平らげて、小さな骨も焼いて齧って食べ尽くし、小さなゲップを「けふー」と吐いて、ようやくフィーナは落ち着いた。


「お粗末様」

「いえ、そんな!今まで食べたものの中で一番美味しかったです!」


枝を挿した魚を焼いただけの雑な朝食だったけど、当のフィーナは満足してくれたようだ。

素材の良さが勝利の鍵だったかと思う。


「・・・で、フィーナ、お前はこれからどうするんだ?」

「え・・・あ、そうですよね。その、ここはゲンキさんの家ですものね」

「まだ全然未完成だけどね」


フィーナはそれを聞くと少し俯いてしまう。

何も追い出したと気持ちがあるわけじゃ無いんだけど、そう受け取られてしまったかもしれない。


「行くあてがないなら、ここで暮らしてくれて良いんだよ?」

「ほ、本当ですか!?」

「当然」

「で、では、その、お言葉に甘えて、少しの間だけ置いて頂けないでしょうか・・・!」

「オッケー。それじゃ、これからは居候として色々と手伝ってもらうぞ。覚悟しとけ?」

「はい!ありがとうございます!」


俺はフィーナの素性を訪ねることを避けた。

フィーナは人攫いにあったと言っていが、それは建前で、本当は親に口減らしで追い出されたのかもしれない。

奴隷のような扱いを受けていた場所から新天地を求めて逃げたのかもしれない。

モンスターの襲撃や疫病の蔓延で帰る場所がなくなっているのかもしれない。

あるいは、なんの設定も用意されていないただのNPCお助けキャラなのかもしれない。


でもそれは俺の憶測で、本当のところはわからない。


全ての可能性が入り混じって不確定なままだけど、俺がいちいち聞いて何をしてやれるわけでもないのだから、聞くべきではないと思っていた。

フィーナがやがて言おうと思った時に教えてくれればそれで良い。

誰だって、言いたくないことの一つや二つはある。

それは人間も、AIも同じことだろうから。



その日からしばらくの間、俺とフィーナの共同生活が始まった。


素材調達は一緒に行ったが、やはり狼男であることもあって、俺の方が採集スピードはかなり早かった。

それでも、木を切ったり、石を切り出したりしている時に話し相手がいることで、俺の時間は満たされていた。


家に帰れば素材の加工を俺が行い、出来上がったパーツをフィーナに設置してもらうようにした。

この役割分担が効率に寄与したと思う。


フィーナは壁や家具の配置も良い具合に配置してくれており、整理整頓や美的センスは俺よりもずっと上だったのだ。

俺は作った素材を渡すだけで望み以上の仕上がりで家が作り上げられていく。

フィーナも俺が任せきりだから、自分の思い通りに家具の配置を決められるのを楽しいといっていた。


まず屋根ができた。

明かりを周囲に配置した。

壁を補強した。

家の中に家具を配置した。

フィーナの分のベッド、食器、テーブル、イス、マットを作成した。

タオルを作成した時はフィーナが感動していた。


フィーナたっての希望で調理器具も多少作成した。

といっても、素材が限られているから石を切り出した包丁と鍋とフライパンもどきの粗雑なものだ。

それでもフィーナは喜んでくれて、ホワマリンを煮込んでスープにしてよく食べていた。


そうだ、炊事関係の改善に合わせて家の中に水を引き込みもした。

その水を利用して、家の周囲に簡単な堀を作ってモンスターの襲撃にも気を配った。


ガラスを作成して窓から採光できるようにした。

ろうそくも作成してランタンを置いた。

ガラスコップを作成したらフィーナは喜んでいた。

二つ作って、できの良い大ぶりのコップをフィーナに渡したら、珍しく遠慮していた。

魚と一緒に水もガブガブ飲むのだから、よく使う人が持った方が良いよといったら何故か怒られた。

親切心しかなかったのに、ちょっとショックだった。


魚の釣り方を教えたら、フィーナはあっという間にコツを掴んですぐにホワマリンを釣りあげるようになっていた。

秒でゲンキ流釣術の免許皆伝者になったのだ。

むしろ針が一本しかないのに、何故か2匹の魚を連なって釣り上げたりしたので、流派始まって以来の天才になってしまった。

師であり開祖である俺を超えたのだ。

そこに至るまでの所要時間はほぼ数分だった。


ある日フィーナに小屋を作って欲しいと言われたから作成すると、フィーナはその小屋で煙を燻して、釣り上げた魚を燻製にし始めた。

保存が効くからたくさん作るのだと鼻息荒くしていた。

翌日、本腰を入れて釣りをしたフィーナは、文字どおり山となりそうな量の魚を釣り上げて嬉しそうに帰ってきた。

湖から貴重な水産資源が無くなってしまうのではと少し心配したが、同時にフィーナの食に関する執念深さに舌を巻いてもいた。

何か食べ物で辛い過去があったのだろうか。


俺は少女の生い立ちを想像して、口いっぱいに魚を詰め込んで頬張るフィーナを見て少し哀れんだ。


そんな風に日々が過ぎ去って、俺の理想のログハウスは完成度が高まってきた。

あとに残る大きな課題は滝の裏側へと続く『秘密の抜け道』作成だが、これはフィーナにバレてしまってはつまらないので、俺一人でひっそりと深夜に進めていこうと思っていた。


こうして狼男と赤ずきんの奇妙な共同生活はゲーム内時間で一ヶ月以上、現実時間でも一週間程度の時間をかけて過ぎていった。

ログインをすればフィーナが笑顔で待っていて、賑やかに二人で家を作り食事をする。

俺はこの時間が楽しくて、とても充実した日々を送っていた。


ある日の夕食、魚のスープを啜りながら、次に何をしようかなと思っている時だった。


「ゲンキさんは・・・どうしてお家を作るのですか?」


そう控え目に、ポツリと俺に訪ねてきた。

いつもと違って元気のない声音に違和感を覚え、俺はペロリと舌なめずりをしてフィーナを見返す。

迷いがあって、何かを決め兼ねている。

そんな瞳だった。


フィーナがこのあと何を話そうとしているのかは見当もつかない。

魚のスープの入った石椀をテーブルに置き、フィーナと向き合う。


「そんなの決まってるじゃん。やりたいと思ったからだよ」


ランタンの中で、ろうそくの炎が揺らめいた。

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