1-9 実食即堕ちお嬢様



魚の身から油が滴り、炎の中でジュッと小気味好い音を立てて蒸発する。

炎の揺らめきが食材をじっくりと焼き上げていくその様子を、俺とフィーナは見守っていた。


魚は頭から尻尾までを適当な枝で貫いて、それを火の上で炙っていた。焚き火の両端には台座がわりの石を置いて、炎の上で炙れるよう高さを調整している。

魚体からは汗を掻くように油と旨味が滲み出しており、いよいよ焼き上がりが近いことを予感させる。

フィーナは部屋に充満しているであろう匂いに包まれて、時折ヨダレを垂らしていた。

まさに垂涎というやつだ。

省略して焼くこともできたけど、手間をかけて良かった。

まぁ、次からは省略コマンドで魚を焼くとは思うけど。

現代人は忙しいからね。


「ぼぅ・・・」


フィーナは何かを話そうとして口ごもった。

最初の一言は口に溜まったヨダレでうまく発音できなかったみたいだ。

口元を拭って、ヨダレを飲み込んでからもう一回。


「もう、食べられるのではないでしょうか・・・!」

「あぁ、いいんじゃないかな」


俺は物干し竿から魚を下ろすと、皿代わりの木片に魚を乗せる。

音を立てて存在感を主張する幻の魚ホウマリン。

伝説の美味が今目の前にある。

俺とフィーナは何もいうでもなく魚を挟んで視線を交わす。


「では・・」

「はい・・・」

『いただきます!!』


手頃なサイズの枝をナイフとフォークがわりにして、ザクザクと身をほぐして一口頬張る。


「ンンンンー!!」


フィーナはビクンビクンと身を捩って感極まる。


「こ・・・これは・・・」

「これは?」

「皮が香ばしさと脂の旨味をたっぷり含んで!」

パクパク!

「身はホロホロと口の中で解けて旨味が広がって・・・!」

パクパク!

「お、美味しい・・・!」

パクパクパク!

「手が・・・止まりません!」

パクパクパク!

「・・・・幸せでふぅ・・・」

パクパクパクパク!

「幸せでふぅぅ・・・!」


親御さんが見たら泣いてしまいそうなあられもない表情で一心不乱に魚を食するお嬢さん。

ククク。美味しかったなら・・・良かったよ。


俺は味がわからないから。


フィーナの世界のことを、俺はグラフィックと音声でしか共有できない。

狼男の俺も目の前で一緒に魚を食べている。

けれど、それは満腹ゲージを回復させているだけの行為に過ぎない。

フィーナが美味しいと喜んでくれているその姿が嬉しかったけど、その感覚を共有できないことが、少し、悔しかった。


まぁ、いつものことさ。

だから俺はこう言う。


「本当に美味しいな!」

「はいぃぃ・・・!」

パクパクパク。


「ほら、お代わりもあるぞ!!」


俺はそういうと二匹目の魚を台座にセットして焼き始める。


「ひゃいぃぃ・・・!」

パクパクパク。

「お願ぃぃ。お代わりお願ぃしますぅ・・・!!」

パクパクパク。


クク。可愛いもんだ。

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