1-8 ホワマリン


俺は作業台で釣竿を作成すると外に出た。

プレイを開始してから、『クラフターズ』のゲーム内時間で三日目になるが、食料調達のことをすっかり忘れていた。

何しろ自分のキャラである狼男が空腹であっても、ゲームをプレイしている俺自身はなんともないのだからやむを得まい。


ステータス画面で満腹度のゲージを確認すると7割くらい減っていた。

どうやら狼男の体は丸2日くらいなら飲まず食わずでやっていけるようだ。

中々に頑強で、羨ましい限りだ。

現実の俺の体もこんな風になればいいのに。

しかしフィーナの様子を見ると、俺ほど空腹には強くないようだった。

これはプレイヤー補正のせいなのか、人間と狼男の種族差なのかはわからない。

けれど、少なくともフィーナがお腹を空かしてしまうことのないように注意しないといけないだろう。

この世界での食料の入手難度がどのくらいのものなのかは未知数だが、育ち盛りの女の子の腹を空かせないくらいの甲斐性は持っていたい。


水辺に着くと、俺は早速釣竿に餌もつけずに湖に落とす。

餌をつけるコマンドとか要求されなかったけどいいのかな・・・。

少し待つとウキが沈んだので、タイミングを合わせて竿を引くと魚が一匹、針に食い付いていた。


え?

ちょろい。


ビチビチと跳ねるイキの良い魚。

魚種はなんだかよくわかんないけど、俺の知識の中だとシーラカンスが一番近い形をしていると思う。

サイズもよく育ったシャケくらいはあって、十二分にデカイ。

え、こんな魚が簡単に釣れるの?

魚は手元に引き寄せると、自動的にアイテムメニューに追加された。

試しにもう一度竿を振ると、1分と経たないうちに同じ魚がもう一匹釣れた。

うーん!チョロいっ!

家と食料が簡単に確保できて生活できる『クラフターズ』は優しい世界!

夜はモンスターがうろついてて殺される可能性あるけれど、別にすぐ復活できるから安心の真心設計だよね!


釣った魚をメニューで確認すると【ホワマリン】と記載がある。

この名前はなんだろう。

こういう小物の名前で世界観押されるのって、プレイしてる側としては馴染みがないから置いてかれちゃうんだよねぇ。

もっとよく聞くアジとかシャケとかだったら親しみやすいんだけど、それはそれでファンタジー要素壊れるからダメなのかな。

とは言え、俺とフィーナの二人が満腹になる量は十分に確保できただろう。

まだまだ余裕で釣れそうだけど、お腹を空かせて待つフィーナのためにまずは二匹持って戻ることにした。



「え、こ、これって・・・ホワマリンじゃないですかァァァ!?」

「え?何それ?」


あれ、俺、なんかやっちゃいましたぁ?

戻っても不機嫌そうにしていたフィーナに、作業台の上に魚を置いて見せるとめっちゃ驚いてくれた。


「し、知らないんですか!?幻の魚ですよ!私の国でも10年に一度網に掛かれば奇跡と言われる魚!王族でも一生のうちに一度食べられるかどうかと言われる、お魚における究極の美味!」

「へえぇ」

「こんな魚を一体どこで手に入れたんですか!?」

「どこってそこの湖で釣ったけど」

「えぇ!?」

【クゥゥゥ!】

「険しい海流の荒波に揉まれて味が上がると言われる幻の魚が!淡水で!?」

【クゥゥゥ!?】

「何人もの漁師さんがデスサタントライアングル海域で命を落としてまで狙い続ける幻の魚を!湖で!?」


フィーナさん、さっきの塩対応から打って変わって凄い食いついてくる。

食いつき良過ぎでちょっと怖いまである。


「ゲンキさんが出かけてから10分も経っていないのにぃ!?」

【クゥゥゥ!?】


でも、フィーナと一緒にお腹の虫もはしゃいでくれていて、嬉しい気持ちも確かだった。

秒で釣れた魚一匹でこのリアクションは予想外だ。

俺はアイテムウインドを開いて、もう一匹のホワマリンも取り出す。


「ほら!同じ魚もう一匹あるから好きなだけ食べてよ!!」


作業台の上に追いホウマリンを追加でドン!


「ハエェェェ!?」

【クゥゥゥゥ!?】


だめ押しで置かれた二匹目のホワマリンの威光に耐え切れず、ヘタリと地面に座り込むフィーナ。

虚空を見つめてダメ、スゴイ、幸せ、みたいなことを呟いてる。

ククク。小娘が、ついに俺に屈したな!

まあ正確には俺じゃなくて、この、なんかよく分からない魚の魅力にな!


「木の枝に刺して焼くしかできないけどさ。ご飯の用意するね」

「は、ハイィ・・・でも、あの、待ってくださいゲンキさん・・・」


魚を回収しているとフィーナが俺の方を上目遣いにして見つめてくる。


「私、余りのことにビックリし過ぎて立てなくて・・・・」

「ククク。足腰が立たなくなる位に良かったか?」

「き、急になんですか?」

「あ、いえ、間違えましたスミマセン」

「はぁ。・・・では、手を貸していただけませんか?」

「勿論」


フィーナの手を引いて立ち上げる際に、さり気なくフィーナが座っていた床の具合を確認する。

そこには乾いた木の床があった。

ヨシ!


「・・・なんなんですか・・・?」


俺のその仕草をジト目で見てくるフィーナ。

うーん。さり気なく見たつもりだけど、しっかり気付かれている。しまったなぁ。


「いえ、特に何でもないっす」

「そんなはずないですよね?今何か疑いましたよね?」


そういえばこの子は名探偵金髪ロリ女神だったのを忘れていた。


「ゲンキさんは本当にデリカシーがなさすぎです!」


この後、すっごい怒られた。

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