1-1_1-2 『クラフターズ』


ーーー今夜もまた、ログインをする。


俺は青空の下に一つ置かれたベットの上で目を覚ます。

頭上には木々の葉っぱが生い茂り、足元には土が剥き出しの地面と、雑草のカーペットが俺を迎えてくれている。

朝露に濡れて実に泥臭く青臭そうである。


俺はベットから降りようとすると、毛むくじゃらの腕が見える。

また、視界の中には腕と同様に毛むくじゃらに長い鼻と口。

そして口から飛び出した牙。


俺は毛むくじゃらの腕でその牙に触れてみる。

硬い。

鋭い。

まぁ見た目通りの牙だった。


第三者視点で見てみればわかるのだが、俺は今回のプレイキャラクターの種族を狼男に設定していた。

全身毛むくじゃらの可愛くて心優しい孤高の狼男。

それが俺。

このゲームをプレイするにあたり、身体能力に強化ボーナスが便利そうだから選択したアバターだった。

ちなみに服はちゃんと着ている。


俺はdreamsというゲームプラットフォーム上に登録されている、『クラフターズ』というゲームを昨日からプレイし始めている。


『クラフターズ』はサンドボックス系のゲームで、まぁ、木を切って家を建てたり、山を掘ってトンネルを掘ったりできるゲームだ。

ただ、ありがちな魔王を倒すような明確なストーリーや目的はない。

プレイヤーが好きな目的を持って楽しめる。


かくいう俺も理想のログハウスを建ててみたくてゲームを始めた。

壮大な自然に囲まれた森の中。

滝の注ぐ湖を望める理想の場所を拠点と定めて初期アイテムのベッドを投げ置いた。


それがここ。

この剥き出しの自然の中、一脚だけ屹立とするベット。

ここが世界の中心として機能するわけだ。


実際プレイキャラである俺の狼男が死んだ場合、最後に休憩を取ったところから再開するため、世界の中心という言い方もあながち大げさではない。


「じゃあやるかー!」


俺は理想のマイハウスを制作する為の資材集めを始める。

アイテムウィンドウから斧を取り出して、手近な木に近づいて幹に斧を一振りする。


ゴッ!


一回ぐらいでは何も起きないが、俺は続けて斧を振るう。


ゴッ!ゴッ!ゴッ!


ものの10秒もしないうちに木の幹が抉れる。

すると抉れた部分がブロック状に変化して、近づけば自動的に回収された。

これで木材が手に入ったことになる。

残った幹にも同様に斧を叩きつけて木材を得る。

やがて胴体を失った木は地面に倒れてその身を晒す。

こうなったらこっちのもので、俺は更に斧を振り下ろして大量の木材を獲得していく。


ただの繰り返しだ。

だが、倒す木によって木材の種類が細かく設定されていたり、たまに果物や種が落っこちてきたりと意外な要素も相まってこれが中々楽しい。


ある程度木材を集めたところで俺はベッドへと戻っていく。

そして作業台をベッドの近くに設置すると、集めた木材を加工して建材作成を始める。


俺の心は夢いっぱい希望いっぱい。

丸太の重なる男の城だぜログハウス。

湖畔を見下ろすウッドデッキ。

床格納かと思いきや、滝の裏側に繋がる隠し通路。


あんなこといいな、できたらいいな。

この世界では何をしても良いし、しなくても良い。

素晴らしく自由だ。

鼻歌混じりに俺は作業台のクラフトメニューを立ち上げる。


「あ、あのう……」

「んー?」


背中越しに、誰かから話しかけられたから。

クラフトメニューを閉じて俺は振り返った。


「はいはい、なんですかー?」


狼男ご自慢の長い鼻が空を切り、鼻歌混じりに振り返る。

それは実にノリノリに、イヌ科特有のペロっと舌を舐める仕草をしながらノリノリに、誰かの声に振り返る。


「ぁ…ひッぃ!」


そこには俺の仕草を見て息を飲む少女がいた。

真っ赤なずきんを被った幼い少女。

牙を剥いて舌を舐めずる狼男に恐怖して、幼女が後ずさった。


「……ん?」


え、これ何?

何かのイベント発生してる?

落ち着いて状況を整理しよう。


【幼女が不審者を見る目で俺を見て怯えている】


児童保護の観点が厳しく問われる昨今の世にあって、これは事案待ったなしの状態ですぞ。

凍りかけた思考をなんとか働かせる。

大丈夫だ。慌てることはない。

紳士たる俺は、紳士として幼女に接すれば問題はない。

そう判断した俺は事態を早急に収束させるべく行動に移る。


「や、やあ!」


すかさず一歩前に踏み出して、俺は目一杯ににっこりと笑う。

現実の俺が被るVRメット内部の表情認識ポインタ全てに『笑顔』と認証される自信を持ってお届けする、満面の笑顔!

まずこれで赤ずきんちゃんの警戒心を解く!


『クラフターズ』内部の俺(狼男)は満面の笑みを浮かべて幼女に語りかける。


「赤ずきんちゃん。こんにちわー!」


そして笑顔に合わせて再び舌が飛び出した。

どうやら笑顔が行き過ぎると嬉しくて舌がベロってしまうらしい。

結果、またしても幼女を前に長い舌で舌舐めずり。


「ひぃ、、ひぃぃ……」


怯える幼女を前に笑顔全開で立ち塞がる俺。

赤ずきんちゃんは恐怖に駆られて、ゆっくりと後ずさりを始めた。


「んー…えーっと……」


笑顔のままでそれを見ることしかできない俺。

俺の作戦は完全に逆効果だった。

よもや『クラフターズ』がここまで狼男の表情モーションにこだわっていようとはね…。


「あ!…あうっ!」


じりじりと後退した赤ずきんちゃんは、地面に埋まって出っ張っている石に踵を引っ掛けて尻餅を付いてしまった。

まぁ、狼男に至近距離でペロペロされたらそりゃ怖いよな。

俺も怖いし尻餅もつく。何だったらオシッコも漏らすかもしれない。


「あぁ!大丈夫かい?…ほら、手、貸そうか…?」


未だ怯える赤ずきんちゃんを前に、俺は不用意に近づいても良いものかと葛藤した。

怖がらせることは本意ではない。

でも、倒れてしまった幼女を前に何もしないでいることも、俺のポリシーに反している。

結局ほんのちょっとだけ近づいて、中途半端に腕を上げて、手を貸す素振りをするだけのどちら付かずの対応を取ってしまう。


「ひぃぃ!う…うぅぅ……!」


しかし半端な仕草だけでも怖がられて、尻餅を付いた姿勢のままで地を張って後退りする。

後退する先には一本の木が生えており、背中が当たって進路を塞がれてしまった。


「あ……あぁ…」


振り返って聳え立つ木に絶望し、助けを求めるような視線で周囲を見渡し、最後に俺を見て何かを観念したのか段々と涙ぐんできた。

あぁ泣かないで赤ずきんちゃん。

俺はこんなにも優しい紳士の狼男なのに。

どうしてそんなに悲しい顔をしてしまうんだい。


「た…助け……食べない……で…」


食べませんて。


「あー…赤ずきんちゃん、そのね…初対面だけどさ、俺たち何か誤解があるよね?」

「ひぅぅ…!ぅぅ…!」


俺の言葉に聞く耳を持ってもらえずに、ただ泣いてしまっている赤ずきん。

困った狼どうしよう。

大きな涙をポロポロこぼし、泣き叫びたい心を押さえて嗚咽する、哀れで小さな赤ずきん。

狼の腕と牙は君より遥かに力強いはずなのに、君には何もしてやれない。


「……あれ?」


硬直した事態の中で、俺は一つのことに気づく。

赤ずきんちゃんのスカート下に何か水溜りができている。


「……」

「う、ぐす、、うぅ・・・!」


俺の視線に気づくと、赤ずきんちゃんは恥ずかしげにスカートを手で押さえるが、留めることは敵わず水溜まりは水位を増していく。

ははーん。つまりこれは一つのあれだな。


お し っ こ を 漏 ら し て い ま す ね !?


俺の事案センサーが警戒音を盛んに打ち鳴らす。


【Danger!! Youjo!!  Danger!! Youjo!!】


警報発令!警報発令!

当該の幼女に尿失禁を確認。

事案の危険性大。

繰り返す。

事案の危険性大。


赤ずきんちゃんの水溜まりのカサが増すに連れて俺の危機感は増していく。

嗚咽が段々押さえきれなくなってきている幼女赤ずきん。

相変わらず棒立ちの俺。

いけない。事案が加速している。

待て待て、どうすればいい?俺は一体どうすればいい!?


「うぅぅ…!うぅぅぅ…!!」

「ちょー!と!待って!」

「ひぅ!!」


何はともあれ、俺は赤ずきんちゃんが泣きださないよう大きな声で話しかける。

それと同時に俺もしゃがみ込んで、うつむきがちな赤ずきんちゃんに目線を近づける。

間近で出された俺の声に驚いて体を痙攣させたけど、何もしないで放置しているよりかは良いと思った。


「ね?ちょーっと待ってて!!」


そう言って、しゃがんだ姿勢から今度は全身を大の字に伸ばして飛び上がる。

そして着地。


「…ちょっと!」


着地から身を起こすと同時に、人差し指と親指で小さな隙間を作って片目を瞑って『ちょっと』をアピール。


「ホントちょっとだけだから!待ってて!!」


自分以上に慌てている他人がいると落ち着けるって何かの本で読んだ気がした俺は、なるべく大きな声で身振り手振りを大袈裟にして話を続ける。


「………」


泣くことを忘れて俺の奇行に呆気に取られる赤ずきんちゃん。

よし!まんまと幼女を俺の術中にはめてやったわ。


「ホントちょっとだけだからね!待ってて!」


最後に一度想念を押すと、俺はさっき切り倒した樹木へと走っていって葉っぱを刈り取る。

そして葉っぱを抱えて戻り、「ごめんね赤ずきんちゃん!」と言って赤ずきんちゃんにバサっとぶっかける。


「えぇ……?」


振り掛けられた葉っぱをキョトンと見つめる赤ずきん。

……だがまだだ!


「もうちょーっと!」


俺はもう一度大の字ジャンプで赤ずきんちゃんの気を引いた。

着地。


「待ってて!赤ずきんちゃん!!」


今度は体を起こすと同時に再び葉っぱを撮りに走り出す。

事態は収束するかに見えたが、俺は見逃していない。

まだ葉っぱの量が足りていないのだ。

煌びやかに輝く水面が見えていた!

この未曾有の洪水を隠し通すために、俺はもう一度葉っぱを取って戻ってくる。


改めて振り掛けようとすると、先ほどの水面は地面に吸収されて姿を消していた。

危機はさっていた…。

大地の理が水害を解決したのだ。

自然の力は偉大だな。


両手いっぱいに葉っぱを抱えた俺と、葉っぱまみれになった赤ずきん。


「ふふ!…うふふ…!」


赤ずきんちゃんからくすくすと笑いが漏れる。


「オオカミさん、変なの…!」

「はは、そう……かな?」


鼻の上の葉っぱが視界を遮って邪魔で前方がよく見えない。

俺はブルッと顔を一振りすると、クリアな視界の中で、赤ずきんちゃんがニコリと笑ってくれていた。


「…もう大丈夫かい?赤ずきんちゃん?」

「はい…ありがとうございます、狼さん…!」


それが、俺と赤ずきんちゃんの最初の出会いだった。

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