第16話 宴会
無事に死者を一人も出すことなくオークとの戦いを終えた紅獅子騎士団はケルグ農業地区へと戻った。地区長にボスオークの首を差し出すと地区長は嬉しそうにしていた。農作物を荒らす憎きオークを退治することが出来て一安心と言ったところだろう。
「ありがとうございますロザリー様。紅獅子騎士団の皆様。お陰でわしらの生活も少しは安泰しますじゃ」
「そんなお礼なんていいですよ。私達は騎士として当然のことをしたまでです」
ロザリーは謙遜しているが、ボスオークはかなり強い個体だった。これを当然のように倒せる騎士は世界広しと言えどロザリーくらいなものだろう。
「そうだ。折角オークを討伐してくれたことじゃし、オーク料理をして皆様をもてなしたいのですじゃ」
「げ」
オークの肉は食材として重宝されているが、独特の臭みがあって人によって好き嫌いがかなり分かれる。僕は割と好きな方ではあるが、ロザリーは残念ながらあまり好きではないようだ。
騎士団からは歓喜の声が沸いた。どうやらこの騎士団ではオークの肉を食べたい派が多数を占めるようだ。農村の若者たちがオークの肉を運び出しては解体して準備を進めていく。
「オークの肉だけは嫌だ……オークの肉だけは嫌だ……オークの肉だけは嫌だ……」
ロザリーは隅っこの方で丸まって小声でぶつぶつと呟いていた。嫌いな食べ物が主役の宴会を開かれたら誰だってそうなるであろう。
村の皆が着々と宴会の準備をしてくれている。オークの肉を切り分けて串刺しにしてバーベキューにしたり、そのまま丸焼きにしたり、オークの出汁が効いていて美味しいオーク汁を作ったりもしてくれていた。しかし、それもロザリーにとってはとんでもない悪夢であろう。
オークの肉が焼けてきた頃に騎士団の皆による宴会が始まった。皆オークの肉をつまみに酒を飲んだりして戦闘での疲れを癒していく。
僕は……本当は食べたかったけど、僕だけが楽しんでたらロザリーに悪い気がして彼女に付きそうことにした。
「ロザリー大丈夫かい?」
「あ、ああ……においだけで吐きそうになってるけどなんとか平気。平静を保ってられる……」
「それを平気とは言わない……なあ、ロザリー。二人で抜け出しちゃおっか」
「賛成!」
僕の提案に食い気味に乗っかってきたロザリー。このまま二人で宴会を抜け出してどこかにふけてしまおうか。
僕はロザリーの手を取って、農業区域の外にある森へと彼女を連れだした。なんだか駆け落ちみたいでドキドキする。
「ライン兄さん一緒に食べませんかー? あれ? 兄さん どこ行ったんですかー?」
遥か遠くからアルノーの声が聞こえた気がした。彼には気の毒だが、僕にはロザリーの精神を安定させる使命があるのだ。
◇
「いやー参った。オークには楽勝で勝てたけど、肉に追いつめられるとは思わなかった。死んでからが恐ろしいなオークの奴は……生きてる時は全然怖くなかったもんねー」
「ロザリー。素直になっていいんだよ」
「うわーん。オーク怖かったよー。何なのー。あの豚みたいな顔ー。特に雄たけびがうるさすぎて耳が壊れるかと思っちゃったよー。怒り狂って襲い掛かられたのも怖かったし、ラインきゅん慰めてー」
オークには楽勝で勝てたとしても彼女の心には負担がかかったのだろう。本当は気の弱い彼女が大声で威圧されて平気なわけがない。怖い、逃げたいという感情を必死で押し殺して戦った彼女を僕は心底尊敬する。
「よしよしロザリー。キミはいい子だ」
「えへへー。ロザリーはいい子でしょ。もっと褒めてー」
ロザリーは完全に褒めて伸びるタイプだ。彼女を伸ばすためだったら、僕はいくらでも彼女を甘やかす。
「あのねあのねーロザリーね。今日はオークを九匹も倒したんだよ。凄いでしょ」
「凄いねー。ロザリーは。その中にもボスオークがいたんだよね。大金星だよ」
僕が褒めると彼女は無邪気な笑顔を僕に向ける。その笑顔がとても愛おしく守りたいと思える。
「へへへー。そうでしょー凄いでしょー。ラインきゅんだけだよー私をそうやって褒めてくれるの。最初は皆私を褒めてくれてたけど、いつからか出来て当たり前みたいな感じなっちゃって、誰も褒めてくれないんだもん」
「そっかー。辛いよね」
「うん。でもラインきゅんがついているから平気。ロザリー頑張れる」
僕はロザリーを抱き寄せて頭を優しく撫でまわす。皆ロザリーが肉体的にも精神的にもタフな女騎士だと思っているけど、それは違う。心はとっても繊細で折れやすい子なのだ。
皆好き勝手にロザリーに期待してプレッシャーを掛けているけど、それが彼女にとってどれだけ負担になるのか分かっていない。悪気のない心の暴力がずっと彼女を襲っているのだ。
「ロザリー……お酒飲もうか。二人だけの宴会をしよう」
僕は宴会場からくすねてきたお酒を取り出してロザリーにも分け与えた。
「うん。乾杯しよー」
「ああ。乾杯」
この時の僕はまだ知らなかった。この一杯のお酒が彼女をとんでもないモンスターへ変えてしまうことに……
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