第11話 新人騎士アルノー

 休暇を終えた僕はいつものように軍の詰め所へと向かっていた。紅獅子騎士団の皆と会うのも随分久しぶりな気がする。ここの所ずっとゴブリン討伐の任で昼も夜も一緒の生活をしていたせいだろうか。逆に一人の方が違和感を覚えるくらいだった。


「おはようございます。ライン」


「おはよう。ジャン」


 詰め所に着いたら早速ジャンとすれ違った。ジャンは相変わらずボサボサの銀髪で休暇明けでもそれは変わることはなかった。


「ライン。聞きましたか? 今日は紅獅子騎士団に新しい仲間が来るそうですよ」


「へー。このタイミングで来るんだ。どんな人なんだろう」


 まあ、大方ロザリー目当ての入団だろうと僕は思っていた。


 そして、詰め所でしばらく待機していると始業の時間になった。団長のロザリーと共にロザリーより背が小さい清潔な茶髪で目がくりっとした可愛らしい容姿の少年が現れた。その手の少年趣味があるお姉様方が見たら間違いなく食いつくであろう容姿の少年はテキパキと姿勢正しく歩いていく。


「皆。今日からこの紅獅子騎士団に新たに配属された仲間を紹介する。さあ、アルノー。前に出るんだ」


 アルノーと呼ばれた少年は「はい」とよく通る声で返事をして一歩前に出た。緊張とかそういうのを全く感じられない大物感がそこにはあった。


「俺の名前はアルノーといいます。この団にいるある方に憧れて入団しました」


 やっぱりロザリー目的か……と心の中で呟いた。しかし、次の瞬間僕は信じられない言葉を耳にすることになった。


「衛生兵のラインさん。俺は貴方に憧れてここまで来たんです。どうかよろしくお願いします」


「へ?」


 完全に予想外の不意打ちだった。え? 僕ただの衛生兵だよ? 憧れる要素ある?


「おいおい、ラインいい後輩が出来たじゃねえかよ」


「ちゃんと面倒みてやれよ先輩!」


 周りの騎士達が僕を囃し立てる。まあ、憧れるのは悪い気はしないけど、本当に何で僕に憧れているのかが謎だ。


「あの……ラインさん。ラインさんのことを兄さんと呼んでもいいですか?」


「えっと……まあ、いいよ。好きにしてくれ」


「やったー。これからよろしくお願いしますね。兄さん」


 僕はこの時はまだ気づいてなかった。ロザリーが僕達に不穏な視線を向けていることに……



 騎士達の訓練の時間が始まった。模造の剣を使って二人一組になって突きあいをするのが基本的な流れだ。僕は衛生兵代表として訓練中の怪我に備えて待機をしている。


「アルノー。キミはまだ他の皆と慣れてないからペアを作るのも難しからう。私が一緒に訓練してやろう」


 ロザリーがアルノーに声をかける。


「俺はライン兄さんと一緒に組みたいです!」


「あのなあ。ラインは衛生兵だから今回の訓練には参加しないだ。私で我慢してくれ」


「はい。わかりました。ロザリーさんで我慢します!」


 その発言に数人のロザリーに憧れている騎士達の青筋が立った。ロザリーと組める機会なんて滅多にないのに、アルノーはロザリーで我慢する発言をした。そのあまりの贅沢な物言いにカチンと来たのだろう。


「では、いくぞ。アルノー……せい!」


 ロザリーは素早い動きでアルノーの左胸を突き刺した。模造とはいえ剣は剣だ。その衝撃がアルノーの左胸に衝撃を与えて。彼はその場で蹲った。


「アルノー!」


 僕は急いでアルノーの元へと駆け寄った。流石にロザリーは手加減してくれてると思うが、ロザリーの一撃はとても強烈だ。もしかしたら今ので重症を負ったかもしれない。


「大丈夫か? アルノー。今かなり深く入ったと思ったけど……」


「へ、平気です。ライン兄さん……それより続きをお願いしますロザリーさん」


 僕はロザリーを睨みつけた。まだ騎士団に入って経験も全然浅い新人騎士に対する仕打ちがこれかと。僕に睨まれたことでロザリーは怒られた子犬のようにしゅんとして俯いてしまった。どうやら彼女もやりすぎたと反省をしているらしい。


「そ、その……すまなかった。アルノー。もう少し手加減してやれば良かったな」


「ロザリー。どうしたんだ。キミらしくない。何をそんなに感情的になることがあった」


「ライン兄さん。俺は平気ですから。ロザリーさん。訓練の相手お願いします」


「ああ。今度はちゃんとやる」


 その後、ロザリーはアルノーの実力に合わせた剣捌きをして、上手いこと彼の実力を引き出してあげていた。アルノーの剣の筋はとても良くてロザリー程ではないにしても、将来的にはこの騎士団にとってなくてはならない存在へと成長していくだろうと予測できた。


 訓練を終えた紅騎士団の皆は訓練所を後にしていく。訓練所には僕とロザリーの二人だけになった。


「ロザリー……キミはもしかしてアルノーのことが嫌いなのか?」


「い、否……そういうわけじゃないんだ……ただ」


 ロザリーはもじもじとし始めた。この感じは恐らくアレだろう。スイッチが入ってしまったという奴だ。


 ロザリーがしばらく何かと葛藤しながら深呼吸をしたりして、気持ちを落ち着かせた後、意を決した彼女の口から言葉が零れる。


「ロザリーもラインのことをお兄ちゃんって呼んでいい?」

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