第8話 アツアツなのはグラタンだけにしておけ

「ロザリー。キミはいつも休日は何をしているんだい?」


「私か? 私はいつも街を適当に散策しているな。この辺は観光客も多いし、それを狙った引ったくりもいる。そんな不届き者が現れないように目を光らせているんだ」


 マジメなロザリーらしい回答だ。騎士団の任がない時でも常に民のことを考えて行動している騎士の鏡だ。


「そういうラインは何をしているんだ?」


「僕が普段しているのは古本屋巡りかな。たまに劇場に行ってオペラを見ることはあるかも」


「オペラかー。私はあんまり見たことないな……今度見てみたいなー」


「うん。面白いから今度行きな」


 ロザリーがこちらをじーっと見つめている。僕が何かしたのだろうか。


「…………」


 無言の圧力が僕に伸し掛かる。え? この状況どういうこと。


「普通さ、そこは一緒に行く? とか誘うものだろ。全くそういう所がまだまだ詰めが甘いんだ」


 ロザリーは頬を膨らませてそっぽを向いた。誘って欲しいなら口に出して言えばいいのに……とは口が裂けても言えないな。不機嫌なロザリーの火に油を注ぐだけだ。


「お待たせしました。こちらコーヒーとハムサンド。ミルクティーとグラタンでございます。お熱くなっておりますのでお気をつけください」


 店員が注文した料理を持ってきた。僕は苦み走った香のするコーヒーに口をつけ、その後ハムサンドを一口齧った。


 一方でロザリーはアツアツのグラタンを見つめている。何かを待っているのだろうか。


「どうした? ロザリー。食べないのかい?」


「あー。うん。冷めるのを待っているんだ。私猫舌だから」


「猫舌なのにグラタン頼んだのかい」


「あ、味自体は好きなんだよ!」


 ロザリーは上目遣いでこちらを見てくる。こうなった時のロザリーは甘えん坊スイッチが入った時のロザリーだ。


「ねえ、ライン……その。私にグラタン食べさせてくれない?」


 こんな真昼間からロザリーの甘えん坊スイッチが入るとは思わなかった。偶然僕と遭遇したことによる気持ちの高揚なのだろうか。訳の分からないテンションのまま甘えん坊モードに突入してしまった。


「いいよ」


 僕は快く引き受けて、スプーンでグラタンを掬う。


「その……ふーふーしてくれると嬉しいな」


 僕はグラタンを口に近づけて息をふーと吹きかける。そろそろ熱が冷めた頃だろうか。ロザリーの口元にグラタンを持っていく。


「はい。あーん」


「あーん」


 僕に促されるままロザリーはグラタンを食べた。ゆっくり咀嚼してよく味わって食べているようだ。


「美味しい……美味しいよラインきゅん」


 ロザリーが満面の笑みを浮かべてる。その笑顔はとても反則級で可愛らしい。こうしてみると本当に騎士団の最前線で命を張って戦っているロザリーと同一人物とは到底思えない。


「もう一口欲しいな」


 ロザリーが口を開けて待っている。僕は再度グラタンをスプーンで掬い、息を吹きかけて冷ましてから彼女の口の中へグラタンを入れた。


「はふはふ。幸せー」


 ロザリーとの楽しいひと時はしばらく続いた。グラタンを完食した彼女は甘えすぎたことを自省したのか少し顔を赤に染めて恥ずかしがっていた。


「あー顔が熱い」


 ロザリーは自身の手で顔を仰いだ。かなり照れているのがその動作から見受けられる。


「それじゃお会計してくる。少し待っててくれ」


「ちょっと待ってロザリー。僕も出すよ」


 僕は財布に手を伸ばしてお金を取り出そうとするが、ロザリーの剛腕に押さえつけられてそれが出来なかった。


「いいんだ。ラインは出さなくて。たまには団長である私の顔を立ててくれてもいいだろ?」


 ロザリーは笑っているが、かなり本気で僕を押さえつけている。有無を言わさず自分が奢る気なのだろう。


「ラインにはいつも甘えてばかりだからな。こういう時くらいは恩返しさせろ」


 こうなってしまっては、彼女は絶対に折れないだろう。しかし、僕にも男としての意地がある。女の子に奢ってもらうなんてそんな恥ずかしい真似が出来るか。


「ねえ、ライン……私に奢らせて?」


 ロザリーは上目遣いで僕にそう懇願した。その目に僕は弱い。彼女の甘えるような視線を見たら引かざるを得ない。


「はあ……わかったよロザリー。でも、次は僕にも支払わせてくれよ」


「ふふふ。それはデートの誘いか?」


「ち、違う! そういう意味で言ったわけじゃ……」


「ははは。わかってるわかってる。冗談だ。私達の関係はそういうのじゃないからな」


 僕はロザリーに一生勝てないんだろうなと思いながら、今日の所は大人しく彼女に奢らせることにした。

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