第7話 決してデートではない
ボスゴブリンを討伐した翌日のことだった。ゴブリンの残党は傭兵部隊が狩ってくれているらしい。騎士団の任務はあくまでも統率しているボスゴブリンを倒すことだけだった。
今後、僕達がゴブリン討伐に関わることはないだろう。
僕は街に出て古本屋巡りをすることにした。これが僕の趣味の一つだ。本はいい。先人達の知恵の結晶がそこには詰まっている。先人達が長い間それこそ人生をかけて研究してきた成果を僕達は本を読むことで得ることが出来る。特に古本なんかは面白い。先人達の埋もれそうになった知識を発掘して自分の糧に出来るのは宝探しをしているようでとても楽しい。
まずは一件目の古本屋に入る。そこの店はとても陰気な雰囲気の店主がいて、とても気に入っている。何でもかんでも陽気なのがいいというわけではない。本屋みたいにじっくりと静かに物を選びたい場所はこういう店主の方が向いていると思う。
本棚を探していると興味深い一冊を見つけた。赤い表紙の魔導書だ。今や魔術なんてものは御伽噺の世界の話だが、昔は本当に魔術が使えるものだと信じられて研究されてきた。魔術の基礎的な考えが医学や化学の発展に繋がったというケースもあるから決してバカに出来ないものだった。
僕は当時の人が魔術とどう向き合っていたのか気になった。人々が魔術に何を夢見て、どうして諦めていったのか、その魔術の歴史を研究してみるのも面白いだろう。
僕は魔導書を手にしようと手を伸ばす。その時、別の方向から白くて美しい手が出てきて僕の手とぶつかる。
「あ」
お互いが思わず声を出してしまう。同じ本を取ろうとした二人が出会う。なんともベタベタな展開だろう。ただ、相手が僕の上司でなければの話だが。
「ライン! どうしてキミがここにいるんだ!?」
ロザリーは素っ頓狂な声を上げて僕を見渡す。
「それはこっちのセリフだ。ロザリーも本を読むんだね」
「バ、バカにしているのか! 私をただの脳筋女だと思うなよ!」
実際、脳みそまで筋肉で出来ていると思うほど彼女の力は凄まじい。
「それにしてもラインも魔術を使いたがっていたとは意外だな」
「は?」
「隠さなくても良いって。じゃなかったら、この魔導書を手に取ろうなんて思わないからな」
やっぱりロザリーはバカだった。この魔導書を読めば魔術を扱えるようになると思い込んでいたのだ。
「あのさロザリー。大変申し訳にくいことなんだけど、この世に魔術なんてものはないのさ」
「ははは。またまた御冗談を。ラインは冗談がうまいなー本当に」
ロザリーは夢見る少女のような輝いた瞳で魔導書を見つめた。仕方ない。この魔導書は彼女に譲ろう。そして現実というものをわからせてあげないと。
「ふふふ。私が魔術を扱えるようになればそれこそ百人力どころか千人力だ!」
僕はいい歳した夢見る少女のことは置いといて、店を後にしようとした。
「待って、ライン! 今日この後予定ある?」
「ん? 別にないけど」
「だったらさ、この後どこかでランチでも食べないか? 私がご馳走するからさ」
ロザリーからの突然に提案に僕は戸惑った。これはもしかしてデートとかいうやつではないだろうか。
「あ、言っておくけどデートじゃないからな! 団員を労う団長からの心遣いってやつだ!」
釘を刺されてしまった。僕とロザリーは恋人でも何でもない。ただのメンタルが弱い団長とそれを支える団員の関係でしかない。
これ以上の関係は踏み込まない方がいい。お互いのためにも。同じ団に恋人がいたら戦いというのはやり辛くなることはわかっている。戦場での職場恋愛ほど難しいものはないのだ。
「デートじゃないならいいよ。一緒に行こう」
「そうこなくっちゃ」
魔導書を買ったロザリーと共に僕は古本屋を後にした。そしてそのままの足でお洒落なカフェに出向いたのだ。
カフェはお昼時ということもあってかそれなりに混んでいた。周りにはお洒落な女性達やカップル連れの客が多くて、何だか僕達は場違いのような雰囲気だ。
「こんなお洒落なカフェに来るなら僕ももう少し気取った服を着て来れば良かったかな」
僕の服装は完全に古本屋に行くような陰の者のような服装だ。それに対してロザリーもお洒落とは程遠い。かなりラフな格好をしている。
「ははは。そんなこと気にしなくてもいいんだライン。どうせデートではないのだからな」
ロザリーは美人なのだが、如何せんファッションに興味がないのだろうか。最低限香水はつけるエチケットを持ち合わせているがそれだけだ。まあ、尤も戦場にいることが多いロザリーには流行とか追っている暇がないのだろう。それは僕にも同じことが言えるが。
「すみません。コーヒーとハムサンド下さい」
「私はミルクティーとグラタンを頼む」
僕達はそれぞれカフェの店員に注文をし、しばらくの間談話することにした。
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