第6話 勝利の後は……

 前方の方で友軍の歓喜している声が聞こえる。ゴブリンの軍勢が大慌てで後退し始める。これが意味するのは一つしかない。


「勝った! 勝った勝った! ロザリーが敵の総大将を討ち取ったぞ!」


 伝令兵がそう告げて回る。やはり、ロザリーなら勝ってくれると信じていた。彼女が戻ってきたらとびきりのご褒美をあげないとな。


 しばらくすると、顔に青紫色の血を付着させたロザリーが戻ってきた。この血はゴブリンのものだ。返り血でも浴びたのだろう。


「ロザリー! 早く血を拭かないと」


 僕は濡れたタオルをロザリーに手渡した。彼女はそれに対して礼を言い、受け取ると顔を丁寧に拭き始めた。


「ふう。さっぱりした。ライン……その……今日は討伐報告とか色々あるから遅くなっちゃうかもしれないけど……」


「ああ。わかってる。ちゃんと時間を空けておくよ」


「うん」


 ロザリーは気恥ずかしそうにもじもじしている。一度スイッチが入ったら恥も外聞もなく僕に甘えてくる彼女だが、スイッチが入る前は恥じらいというものがあるのだろう。



 ロザリー率いる紅獅子騎士団はボスゴブリンの討伐報告をしに王都リンドルへと戻った。リンドルの街並みはとても綺麗でそこら中に水路があって別名水の都とも呼ばれている。


 お洒落な街として国内外から多数の観光客が訪れることでも有名だ。その分治安が悪くなりがちなので自警団が見張りに立っている。紅騎士団も暇な時は自警団の手伝いをしているのだ。


 僕達は詰め所に戻った後に戦闘の疲労を癒すために休息をとることにした。尤も僕は騎士達の健康管理の業務があり、彼らの怪我の具合をチェックしているので休まる暇はなかったが。


 そうこうしている内に師団長に事の顛末を報告しに行っていた団長のロザリーと軍司のジャンが戻ってきた。


「皆! ゴブリン討伐ご苦労であった。これにて任務は完了とする。陛下から今回の恩賞でしばらくの間お暇を頂くこととなった。各自英気を養い次の任務に向けて体調を整えてくれ。以上だ! 解散」


 ロザリーの言葉に騎士達は歓喜し、各々詰め所を後にして自宅へと帰っていく。詰め所に残っているのがロザリーとジャンと僕だけになった頃、ジャンは僕達二人を交互に見た。


「任務完了お疲れさん。息抜きは大切だが、二人共あんまりハメを外しすぎるなよ」


 そう言い残してジャンは詰め所を後にした。この空間にはロザリーと僕しかいない。


「ライン……二人きりになれたね……」


「ああ。今この場には僕達しかいない」


「ライン!」


 ロザリーは僕の名前を叫びながら思いきり抱き着いてきた。彼女の柔らかい肉の感触が僕の体に伝わってくる。


「ラインきゅん、ロザリーね。今日とってもがんばったんだよ。褒めて褒めて」


「よしよし。ロザリーはがんばったね。えらかったよ」


「えへへー」


 白くて歯並びのいい歯を見せる笑顔をするロザリー。その屈託のない笑顔を見ているとどことなく庇護欲が沸いてくる。彼女の方が圧倒的に強いはずなのに不思議なものだ。


「ボスゴブリンには勝てたけどね。私とっても怖かったんだよー」


「うん。そうだね。あの顔はとても怖いよね」


「ねー。ラインきゅんもそう思うよねー」


 実際、僕は遠目でしかボスゴブリンの顔を見てないので何とも言えないが、ロザリーは肯定して欲しそうな雰囲気を出していたので僕は彼女の意見に同意をした。


「今日のロザリーはとってもよくがんばったから僕からご褒美をあげようかな」


「ご褒美? 何々?」


「ロザリーがお願いを何でも一つ叶えてあげるよ」


 何でもする。それは欲深い相手に対しては禁句だが、僕はロザリーを信頼している。彼女ならあんまり無茶なお願いはしてこないだろう。


「えっとねー。その、ほっぺをくっつけてすりすりして欲しいかなって」


 ロザリーは右の頬を僕に向かって突き出す。ここはボスゴブリンの返り血で汚れた箇所だ。


「そのボスゴブリンの血は拭いたけど気色悪い感触はまだ残ってるんだ……だからラインきゅんのほっぺの感触で上書きして欲しいなって」


 ロザリーは別に潔癖症というわけではない。それでも、戦いにおいて付着する返り血はあまり好きではないのだろう。


「いいよ。ほっぺすりすりしようか」


「わーい」


 僕はロザリーに顔を寄せて頬をこすり合わせた。ゆっくりこすり合わせて彼女の肌が傷つかないように気を遣う。ロザリーのぷにぷにとした頬の感触が心地いい。


 しばらく無心で頬をこすり合わせてきたら、頬に少し柔らかくて湿っぽくて弾力性のある何かが当たった。この感触はまさか……


「えへへー。ラインきゅんのほっぺにキスしちゃった」


 ロザリーは舌をぺろりと出して悪戯な表情をする。全く悪びれる様子がない無邪気な笑顔だ。


「ロ、ロザリー」


 心なしか顔が熱くなる。鏡を見なくてもわかる。今僕の顔は赤くなっているだろう。


「あ、いや。本当にただの悪戯だ。他意はない! そういうのじゃないから!」


 甘えん坊スイッチが切れた、女騎士ロザリーが慌てふためきだした。流石に僕の様子を見てまずいと思ったのだろう。二人の関係は恋愛とかそういうのではない。甘えたい女騎士とそれを支える僕という関係。ただそれだけの話だ。


 これ以上踏み込んではいけない領域だとお互いが判断したのだろう。今日はこれでおしまい。お互い少し頭を冷やす時間が必要だろう。でなければこのまま戻れない関係に向かってしまうかもしれない。

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