第5話 一騎当千の女騎士

 ロザリーは数人の手練れの騎士の騎士を連れてボスゴブリンと周りの重装兵に立ち向かった。数の上では五対五と互角だ。ここからは純粋に個人の力と知恵の戦いだ。


「ライン! 負傷者が出た! 応急処置は頼む!」


「ああ」


 僕は戦線離脱した兵の傷口を見て適切な処置を行おうとする。ロザリーの戦いは気になるが、今は目の前の自分の仕事に集中することにした。


「く……俺はまだやれる。こんなの痛くねえ」


 負傷した騎士は負傷した腕を押さえて立ち上がろうとする。僕は彼を何とかして引き留める。


「今は戦闘中でアドレナリンが出て、痛覚が麻痺しているだけだ。この腫れは骨が折れている可能性がある。しっかり固定しないと後の戦いに響くぞ」


 事実、骨折の痛みというのは後になって響いてくることもある。負傷した騎士の腕を見る限りでは、とても戦いに出せる状況ではなかった。


「ライン! また負傷者が出たぞ!」


「く……痛いよ……ライン助けて……」


 顔面にぐちゅぐちゅの擦り傷を負ってしまった女騎士がやってきた。かなり深手を負っていて今すぐ処置しなければ細菌が入り感染症を引き起こす危険があった。


「今すぐ彼女に消毒薬を! ゴブリンの奴め! 女の顔にこんな傷を負わせるなんて」


 僕は憤りを覚えたが、ゴブリンの立場から見れば人間の女の顔がどれだけ傷つこうと知ったことではないのだろう。これが種族間の戦い。お互いがわかりあうことなど不可能なのだろう。


 僕は前線に出ているロザリーの心配をした。ロザリーもこの負傷した女騎士のように顔面に酷い怪我を負うんじゃないかと気が気でならなかった。相手のボスゴブリンの実力は未知数。どうか無事であって欲しいと祈りを捧げることしか僕には出来なかった。



「私の名はロザリー! 紅獅子騎士団の団長だ! 祖国より賜りしこの剣に誓い、貴様らを必ず打ち倒す!」


 私は下衆なボスゴブリンに向かって自身の名を名乗った。別に名乗る必要は全くないのだが、敵の総大将と戦う時にこれをすると気分が盛り上がるから勝手にやっているだけだ。


「ロザリー。周りの重装兵は俺達が引き付ける。だからボスゴブリンを倒す大役は任せたぞ」


 信頼出来る部下達が総大将を守護している重装兵に向かっていく。重装兵達は巨大なサーブルを手にしている。その構えは隙がなく、棍棒を振り回すだけだった前衛のゴブリン達とは一線を画す存在であった。


 純粋なパワータイプの剣士。ならば、こちらもサーブルを装備した力自慢の騎士達で応戦するまでだ。ゴブリンの重装兵達と紅獅子騎士団のサーブル部隊が激突する。お互いがお互いの剣を切り結び、金属がぶつかる音が鳴り響く。


 私は彼らなら足止めしてくれると信じて、ボスゴブリンに向かって一直線に立ち向かった。自身の持つレイピアでボスゴブリンに向かって斬りかかる。


 ボスゴブリンは私のレイピアを避けた。まるで私の動きが完全に読まれているみたいな挙動だった。そのまま軽やかなステップで私の後方に回り、棍棒を大きく振りかぶろうとする。


 このままでは頭蓋骨をやられる。そう直観した私は咄嗟に身を引き、回避に専念する。間一髪私はボスゴブリンの棍棒を避けることが出来た。後一瞬反応が遅ければ、私の頭蓋骨は今頃陥没していたであろう。


「貴様ノ戦イハ……既ニ見テイタ……貴様ノ剣技ハ見切ッタノダ……」


 ボスゴブリンは私にそう告げた。確かに、私は昨日前線に立ち自身の剣技で並み居るゴブリン達を切り裂いてきた。奴はその時の私の動きを学習していたとでも言うのか。


 ゴブリンは頭が悪い種族と侮っていたが、このボスゴブリンは違うようだ。私の剣技を見切るために部下を捨て石にしたのだ。そして、剣技を見切ったと思ったタイミングで一旦引いて立て直した。というところだろうか。


 こちらの手の内は明かされた状態なのに、相手の手の内は全然わからない。ボスゴブリンが戦闘するのを初めて見る私はどう相手の攻撃を見切っていいのかわからない。


「諦メロ……投降スレバ命ダケハ、助ケテヤル……オマエラ……一生ドレイダガナ……」


「ゴブリンの奴隷になるなんて冗談じゃない」


 私は全身の力をバネにして思いきり跳躍してボスゴブリンの懐まで潜り込んだ。昨日の戦いでは見せなかった私のとっておきの技だ。


「ナ……速ッ……!」


 そのまま捨て身の勢いでレイピアをボスゴブリンの心臓目掛けて突き刺した。ボスゴブリンの青紫色の返り血が私の頬に付着する。とても気持ちの悪い感触だ。


「ガハ……」


「戦いにおいては切り札は隠しておくものだ。たった一度の戦いで相手のことを全て知った気になった時点で貴様は敗北していたのだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る