第4話 仲間を信頼して

 今まで前衛で戦ってきたロザリーだが、今度は後方から前衛にいる騎士達に指示を出すことにした。自身が先導しない戦いは初めてのことだが、彼女ならどんな大役でも果たしてくれるはずだ。


 僕の知っているロザリーは甘えん坊だけどとても強い子なのだから……


 ロザリーは横一列に並んだ前衛部隊に指示を出す。所謂横陣の形をしている。


「前衛は守備を固めるんだ! とにかく敵の総大将のボスゴブリンを引きずりだすまで継戦するぞ!」


 ロザリーの指揮に隊全体の士気が高まる。いつもは前方で聞いている声だが、今回は僕と近い場所から発せられる声を聞いてゾクゾクとする。やはり彼女の声は魅力的だ。近くで聞くとより一層そう思う。


「いいか? 決して無理はしないでくれ! 負傷したら後方に下がり、衛生兵に応急処置をしてもらえ!」


 団員の命を優先する彼女らしい戦略である。ロザリーは決して命を粗末に扱ったりしない。特に仲間の命に関してはそうだ。仲間を助けるためなら進んで己の命を差し出せるような気高い騎士だ。


 紅獅子騎士団の横陣の陣形に対して、ゴブリンはボスゴブリンを中心にした鶴翼の陣を張り、両翼に動きが軽快な軽装部隊を配置し、羽の付け根の部分に重装部隊を配置しボスゴブリンを守護している。


 ゴブリン軍団の両翼の軽装兵が僕達の部隊と接触する。ついに本格的な戦闘が始まったのだ。


 ゴブリンは巨大な棍棒を振り回す。ゴブリンの持っている棍棒はとても重量があり、紅騎士団が使っているレイピアではまともに切り結ぶことができない。力に押されてレイピアを折られるのがオチだ。


 だから、前衛の騎士達は相手の動きを読んで攻撃を回避し、その隙をついてカウンターで相手に剣を突き刺す作戦に出たのだ。


 しかし、ゴブリンの軍勢も昨日の戦いでそれは学習済みであった。昨日まで大振りだったゴブリンの棍棒は隙が小さい小振りの動作に変わっている。


 団長命令で攻撃よりも守備に徹することになった団員達は攻め手がない状態でひたすらゴブリンの棍棒を避け続けるしかなかった。


「まずいな……」


 ロザリーがそう呟いたのを僕は聞き逃さなかった。確かに彼女の言う通り、このままでは僕達は押し切られてしまうであろう。


 純粋な体力勝負では人間とゴブリンではゴブリンの方に分がある。現状は五分五分の状態でもこの膠着状態が長く続けば、人間の方が先に体力が切れてゴブリンに押し切られてしまうのだ。


「どうする……作戦を変えるか……」


 ロザリーが悩む。普段はどんな窮地に追いやられてもロザリーはこの身一つで何とかしてきたのだ。それが現状では自分が前線に立てないせいか、対処ができないもどかしさを覚えている。


 戦闘開始から五分程度が経過しただろうか。左翼側の人間側の動きに変化が見られた。ゴブリンの棍棒による攻撃を躱して前方に出始めたのだ。


 そして、一瞬の隙をつき、ゴブリンの腹部にレイピアを突き刺して倒した。


「ンナ!?」


 ゴブリンは困惑している。今まで自分達が優位だと思っていた状況でまさかのカウンターを食らったのだ。


 これを皮切りに右翼の方でも同様にゴブリンの攻撃を掻い潜ってレイピアでの攻撃が成功させていく。これは一体どういうことだろうか。


「ロザリー! 俺達だけでもやれるってところ見せてやるぜ!」


「おうよ! こいつらの攻撃も目が慣れれば大したことねえな!」


 なるほど。ゴブリンと対峙した数分間に目を慣らして攻撃の機会を伺っていたのか。人間は経験と共に成長する生き物だ。ゴブリンの単調な攻撃など見切るのは容易いということか。


 ジャンの言っていた皆を信頼しろとはこのことだったのだろう。紅獅子騎士団はロザリーだけではない。皆の力も凄いんだ。



 戦闘開始から一時間弱が経った。優位に戦えているこちらが守備的な戦い方をしているせいで、かなり戦闘が長引いている。


 ゴブリンの狙いは総大将を狙ってこちらが突っ込んできた時に周囲の重装兵でそれらを返り討ちにすることだったのだろう。しかし、こちらはロザリーの指示に従って動いているのでその作戦は使えない。


 ゴブリンの軍勢が一匹、二匹、三匹と続々と失われていく現状にボスゴブリンは痺れを切らしたのか。鶴翼の陣を崩して、重装兵と共に突撃し始めた。


「来たな……ボスゴブリン」


 ロザリーは剣を構えて鋭い眼光でボスゴブリンを睨みつける。


「皆! 待たせたな! ここから先は私が先陣を切る!」


 そう言うとロザリーは駆け足で戦場を駆けていく。勇ましいその姿に団員達の士気が上がる。我らの団長の活躍の時が来たと。

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