第3話 作戦会議
ロザリーがゴブリン軍団を退けた翌日のこと。最前線のここはまだ緊張に包まれていた。
一度は撃退したゴブリンだが、また態勢を立て直してやってくるであろうことが予想された。見張りの騎士達がゴブリン達の居住区の方向を双眼鏡でじっと見つめている。
軍師のジャンと団長のロザリーが作戦会議をしている。衛生兵代表として僕も同席しているが、僕には軍事のことはさっぱりだ。ほとんど情報を聞き流しているけど、分かったこととしては、こちらの兵力と相手の兵力ではこちらの方に分があるという。
最初は同じくらいの兵力で拮抗状態であったが、ロザリーの昨日の活躍により相手の兵力を大幅に減らすことに成功したからだ。このままロザリーという戦力を維持しつつ戦い続けていれば相手はじり貧になっていきやがて敗北する。こちらの勝ちがほぼ決まっている戦いだ。
問題はロザリーをどれだけ維持出来るかということだ。ロザリーは一騎当千の実力を持っているとは人間だ。戦い続けていればいずれ体力の限界が来る。否、体力お化けで精神が脆い彼女の場合、心の方が先に参ってしまうだろう。
心の乱れは体に不調になって現れる。決して軽視してはいけないことだ。
「ロザリー。貴女は少し後方に下がって休んだ方がいい」
ジャンがズレてきたメガネをくいっと直しながらそう言った。その言葉にロザリーはショックを受けている様子だ。
「な、何を言うかジャン! 私は戦えるぞ!」
「ええ。確かに貴女は強くて継戦能力に優れている優秀な騎士だ。この戦いを最初から最後まで戦い抜ける力はある。しかし、今後のことを考えたらそれだけではダメなのだ。騎士団全体の強さを底上げするためにはロザリーに頼り切りの現状はよろしくない」
「うぐぐ……しかし……」
本来戦いが好きではないロザリーだが、それ以上に自身の力で皆を守りたいという欲の方が強い。その自身の力を振るえなくなる状態は彼女にとってよろしくないのだろう。
「これは貴女一人の戦いではない。我々全員の戦いだ。もっと皆を信頼してくれてもいいんだ」
ジャンは自身のツンツンした銀髪を手櫛で整えながらロザリーに説得を試みようとしている。
「わかった……そこまで言うなら私は後方支援に徹する。でも、前線部隊がやられそうになったら私は迷うことなく前に出るからな!」
「ええ。それは構いません。ただ、もう一つ前に出ていい条件を付けくわえておきましょう」
ジャンは右手の人差し指を立てる。ロザリーはその仕草を興味深そうに覗き込んでいる。
「条件……?」
「相手の総大将、ボスゴブリンが最前線に出てきた時。その時はロザリー。貴女がボスゴブリンを仕留めるのだ。ボスゴブリンはかなり強い個体だ。この大役が務まるのは貴女くらいしかいない」
大役と聞いてロザリーの顔が引き締まる。騎士団の団長を務める者としての素養がある表情だ。
「わかった。ボスゴブリンは私が必ず倒す」
ロザリーは自身のレイピアを持ち、剣に誓いを立てる。
「ああ。それと後方に移動するからと言ってあまりラインとイチャつかないようにな」
「な!」
ロザリーの顔が真っ赤になる。僕もジャンに気づかれていたことを知り、血の気が引いた。
「ライン。きちんと匂いを落としたつもりでも私の鼻は誤魔化せないのだ」
ロザリーが付けていた香水が僕からしたことでバレたらしい。きちんと落としたつもりだったのに。
ジャンは去り際に僕の肩をポンと叩いた。すれ違い様に見えたジャンのニヤついた顔が僕の脳にこびりついて離れない。
「大丈夫。私は口が堅いからな」
今の僕達にはジャンのその言葉を信頼する他なかった。もし、ロザリーとの関係がバレてしまえば騎士団は大騒ぎだ。彼女目当てで騎士団に入団した騎士達に僕が殺されてしまう。
「バレてた……バレてた……まさか私の甘えん坊性癖のこともバレてないよね……」
ロザリーはがくがくと震えていた。僕はただ「大丈夫。そこまではバレてはいないさ」と励ますくらいしか出来なかった。
「ゴブリンの軍勢が来たぞー!」
見張りの大声と警鐘を鳴らす音が聞こえる。どうやら戦いが始まったようだ。
「ライン! ボサっとするな! 所定の配置につけ!」
「はい! 団長!」
ロザリーはテキパキと行動し、騎士達に次々と指示を出して隊列を完成させていく。その鮮やかな手腕は流石という他ない。
やがて隊列が完成し、指示も全員に行きわたった頃にゴブリンの軍勢が目視できる位置へとやってきた。
「皆! 必ず勝つぞー!」
ロザリーの号令と共に前線部隊は前進を始めた。
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