第2話 本当は戦いたくない
ロザリーの髪から彼女が付けている香水の匂いがする。ほのかにバニラの香りがする甘ったるい感じの香水が僕の鼻孔をくすぐる。甘えん坊の彼女のことだから、乳臭い香りが好きなのだろうか。
彼女の頭を撫でているとその香りが僕の手にもついてしまいそう気がする。僕とロザリーの関係は皆には秘密にしているのだから、出来るだけ彼女の匂いがついてしまうのは避けたい。そう思って僕がロザリーから体を離そうとすると、彼女が物凄い腕力で僕を捕らえて離さなかった。
「だーめ。逃がさないよ。もっとこうしていたいな」
甘えてくる仕草はとても可愛いのだが、そのパワーは全然可愛くない。内に秘めた性格は甘えん坊の子犬のような彼女だが、力に関しては正に女獅子の如き。クマと素手で殴り合っても勝てるほど彼女は強いのだ。
これでもロザリーは手加減をしてくれている。彼女が本気で僕を抱きしめたら、それこそ背骨がバキバキに折られてしまうであろう。
僕は諦めて彼女の匂いに包まれることにした。この匂いを落とす方法は後で考えるとして、とりあえず彼女を満足させないことには僕は解放されないだろう。
「ロザリーはいつも頑張ってるよね。今回の戦いもロザリーがいてくれたからゴブリンを撃退出来たようなものだね」
「えへへー。そうでしょー。ロザリーえらいでしょー」
とにかくロザリーを褒めちぎらなければならない。それが団員のメンタルケアを任されている僕の仕事だ。彼女はとにかく甘えたい。褒められたい。認められたい。と言った感情に支配されている。それを満たしてあげなければいつか彼女の心は壊れてしまうだろう。
「そうだよね。ロザリーは本当は怖がりな女の子なんだもんね。それを皆には隠して……本当に立派だよ」
「うん……本当は怖かったんだよー。えっぐ……ゴブリンは変な緑色の肌しているし、ひっぐ……顔は怖いし、私は本当は戦いたくないんだよー」
彼女は嗚咽を漏らして僕の胸に涙や鼻水など色んな液体を擦り付ける。傍から見たら見っともないと思う人もいるだろう。普段の雄々しい彼女の姿に憧れを抱いている者は幻滅してしまうだろう。
しかし、僕は違う。彼女を立派だと思っているのは本当のことだ。本当は臆病な自分を必死で押し殺して国のため、民のために自分が出来る役割を演じている。決して周囲には弱さを見せないで頑張っている彼女を誰が貶められようか。
「うん。えらいえらい。そんな頑張っているロザリーのこと好きだよ」
「ありがとー。ロザリーもラインきゅんのことちゅきー」
笑ったり、泣いたり、また笑ったり、ロザリーは本当に子供のように感情の起伏が激しかった。
しばらく撫でてあげると落ち着いたのか、ロザリーの顔が急に紅潮しだす。
「あ、ありがとうライン。お陰で随分と楽になった」
彼女は僕の胸の中からそっと離れた。精神的に落ち着いた証左であろう。彼女の支えになれて僕は嬉しく思った。
「もういいのかい?」
「ああ。あんまり甘えすぎると甘え癖が付きすぎてしまうし、キミにも迷惑はかかるだろう?」
「僕はそんなこと気にしないよ。ロザリーのことを迷惑だなんて思ったことは一度もない」
僕のその言葉にロザリーは僕と視線を合わせないように顔を伏せてしまった。何か気に障るようなことでも言ったのだろうか。
「と、とにかく! 私はもう大丈夫だ。キミのお陰で明日からもまた戦える」
ロザリーは軽く腕を伸ばす体操をした後にキャンプ地の方へと戻っていく。
「ロザリー」
僕に呼び止められて彼女の足がぴたりと止まる。
「夜は一人で寝れるかい? 寝る前にはちゃんと歯を磨いてトイレにも行くんだよ?」
「むー。今の私はそこまで子供じゃないぞ! もう
「ははは。やめとく。僕はもう人に甘えているような年じゃないからね」
「ライン……私の方が年上なのわかってて言っているな! この嫌味ったらしめ」
ロザリーの調子のいい様子を見て僕は安心した。彼女はまた明日戦ってくれるだろう。
二人で一緒にキャンプ地に戻るのは他の皆に僕達の関係を勘繰られてまずいということで、僕は少し夜空を見て時間を潰すことにした。
「綺麗な星空だな……」
僕の呟きは静寂な夜の中に消え去っていった。
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