女騎士ロザリーは甘えたい

下垣

第1話 勇猛果敢な女騎士の本性は甘えん坊でした

 夕焼けを思わせるくらい暗い紅い色をした長髪が剣捌きと共に揺れる。平均的な男性の身長より少し低めの体。それから繰り出される剣術で、並み居るゴブリン達をバッタバッタとなぎ倒していく。


 キリっとした切れ長のエメラルド色の目をした凛々しい彼女。レイピアを片手に勇猛果敢に敵陣に攻め込んでいく。


「みんな! 私の後に続け!」


 後方の部隊にも聞こえるほどよく通る美しい声は歌姫を思わせるほどだ。その美声は多くの戦闘中の騎士達の魂を揺さぶっただろう。後方で負傷者の応急手当をしているだけの僕でさえ彼女の声を聞くだけで耳が震えた。


 騎士達が雄たけびをあげて彼女の後に続く。ゴブリンの軍勢はその様子に気圧されたのか続々と逃げおおせる。今日もまた魔物の軍勢に対して大勝をあげたのだ。


「深追いはするな! 今回はやつらを退けただけで十分だ!」


 女騎士ロザリー。この騎士団の団長にして、最強の騎士である。皆から慕われ、尊敬され、愛されている存在である。


 性格は並の男性以上に情熱的で勇ましく、また平和と自然を愛する慈愛に満ちた心の持ち主でもある。


 戦勝した雰囲気の中で、一番の功労者であるロザリーの元にみんなが駆け寄り彼女を揉みくちゃにする。ロザリーは豪快に笑いながら、皆と一緒に喜びを分かち合った。


 皆から解放された後ロザリーは後方で支援をしていた僕の元へとやってきた。顔を赤らめて何やらもじもじとして言いたいことがあるようだ。


「ロザリー? どうした? 僕に何か用かい?」


 僕は意地悪な笑みを浮かべる。それに対してロザリーは頬を膨らませる。


「もう……わかってる癖に……その、今日いっぱい活躍したからご褒美が欲しいなって……」


「ふふ、いいよ。こっちの仕事が片付いたら人気の少ない所にいこうか……そうだな。丘の上にしようか」


 僕はすれ違い様にロザリーの頭にポンと手をやった。その時、彼女の体がびくっと震えた。


「あわわ……」


 ロザリーの可愛らしい声が漏れだす。とても他の人には聞かせられない。僕だけが知っている不意を突かれた時の彼女の可愛らしい声。



 僕の名前はライン。ロザリー率いる紅獅子こうじし騎士団に所属している衛生兵だ。戦いで負傷した騎士の治療や応急処置をしたり、ストレスを感じている者に対するカウンセリングなどの心のケアも担当している。


 今日も戦闘で負傷した騎士達の怪我の経過を診て適切な処置を施す。


「なあ、ライン……俺は次の戦闘に参加出来るか?」


 現在治療中の男騎士が僕に話かけてくる。彼の怪我はそんなに酷いものではない。数日もすれば完全に治癒するだろう。わざわざ野外キャンプ地から離れて後方の軍医のところに送るまでもないが……


「日常生活には問題はないが、しばらく安静にする必要がある。最前線で戦うのは無理だろうな。衛生兵の僕の立場からはゆっくり休んでくれとしか言いようがないよ」


「そうか……次の戦闘には間に合いそうにないか。クソ、ゴブリン軍団め!」


 彼は悔しそうに唇を噛んだ。彼らは国を故郷を守るために自ら志願した勇敢な者達だ。戦えなくなるのはさぞ悔しいことであろう。


「大丈夫。他の皆が負傷したキミの分までしっかり戦ってくれる。なんてったって仲間だからね。次の戦いは無理でも次の次の戦いならチャンスはあるさ」


「はあ……マジかよ。折角ロザリーの力になれると思って志願したのに……ロザリーの負担を少しでも軽くしてやりたかったなー」


 男騎士はぼやき始めた。この騎士団に志願する者の七割くらいがロザリー目当てであると言えるだろう。それほど彼女の人気は騎士団内外の老若男女に幅広い人気を博していた。



 負傷した騎士達のケアも終わった所で、野外キャンプ地から少し離れた所にある丘に向かった。そこは夜空がとても綺麗に輝いている。もしこんな所で恋人と二人きりになれたらとても素敵なことだろうと思う。


 だけど、今夜僕が相手するには自身が所属する騎士団の団長である。立場上あまり異性として見るわけにはいかない相手だ。


 既にそこに待っていた彼女は月明りに照らされていてとても幻想的で綺麗だ。昼間の勇ましい彼女とは違って、艶めかしい女性の姿だった。


「ライン。遅いぞ。団長を待たせるなんていいご身分だな」


 まだ彼女は気が張っているのか普段の騎士団長としての顔を見せる。しかし、僕が近づいて彼女を抱き寄せて頭を撫でてやると……


「うぅ……待ちくたびれちゃったよお。こんなところで一人で待ってて寂しかったんだよぉ……」


 ロザリーが僕の胸板に顔をうずめて、子犬のようにすりすりとし始めた。どうやらスイッチが入ったようだ。


「よしよし。今日もお疲れ様。皆の指揮を取れて偉かったぞ」


「うん。もっと褒めて褒めて」


 僕に満面の笑みを向ける彼女。ロザリーは昼間はとても凛々しくて皆から慕われる騎士団長ではあるが、一たび夜になり僕と二人きりになるととんでもない甘えん坊になるのだ。

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