私と彼は波長があう
ななくさつゆり
前編
秋風が、部屋の網戸を抜けて私の髪を力なく撫でる。それは昼下がりの薄黄色がかった日差しを浴び、外の土や木の実の匂いを乗せてやってきた、静かな風。
本が床や棚の上に散らばって幾つかの小さな山を成していた自室で、椅子に腰かけ両手に収まるスマートフォンを目の前にして、足を投げ出していた。その画面は、私の灰色がかっているらしい瞳に、動画サイトを映している。ただひたすらにカフェミュージックを再生するための静的な動画。端末が放る光の青みの幾ばくかを、眼前に構えたフレームレスの眼鏡が弾いていた。端末の向こうに在るのは外の景色。緑葉の衣が日に日に剥がされていく山々の稜線が見える。網戸越しに吹き寄せる、金木犀の匂いをたっぷりと含んだ風の匂いが鼻についた。
焦点を定めずにただ前をぼんやりと眺めていたら、目の前の端末から無機質な機械音が吐き出される。お湯を沸かすポットの唸りすら、私の耳に響くような静けさの中で、モニターを一瞥した。どうやらメールが届いているらしい。あの気ぜわしいSNS——私の過ごす休日の穏やかさを察することもなく、堅苦しい仕事然とした文言で答えを急かし、休息の秩序に雪崩れを起こすあれ——などからではなかった。差出人には彼の名前が記されている。届いていたメールの文面は、とてもシンプルで、淡々としていた。
それはこう言っている。
『明日、昼に食事でもいかがかな。』
なに、そのアプローチ。
そして微妙な他人行儀。
ただ、送り手の照れながらはにかむ表情が透けて見えるようで、ちょっと気に入った。机に右ひじをつき、天井を向いた手のひらにあごを沈めながら、私はそのメッセージをもう一度、さらりと読み返す。
素直に「行こう」と言え。
ちなみに、これが私のパートナーらしい。
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