第10話 二人を導く新たなレール

朝陽Side


あの日から数日経った、ある夏の日。

俺はあの時の己の愚直さに反省を抱えていた。いくら残忍な親とはいえ、ここまで育ててくれた唯一の親と縁を切れなんて女子高生がいきなり突きつけられる問題ではない。

ましてや、それを最近たまたま知り合った男につげられるなんて。


あの時の俺を振り返ると冷静さを欠いて、今では自らの腹の底を沸沸と煮えたぎる怒りに呑まれていた。

誰に向けての怒りでもなく、自分自身に。

周りはおろか、目の前の女子高生一人すら気遣えない大人である自分に。

これだけ残酷な親のもとでも今日を精一杯生きようとする人間がいる中で、恵まれた環境と親のもと、大した理由もなく命を投げ捨てようとした過去の自分に。

そして何より、精一杯生きようとするそんな人に、自らの偽善とも取れる庇護に甘え、その場しのぎで根本的解決にならない助けを与えていた自分に。


俺は情けない人間だ。


俺は朋恵が自身の将来についてどう考えてるかすら知らなかったのだ。自分の身勝手な計画に彼女を巻き込もうとしているにもかかわらず。


俺は朋恵の優しさが俺のためだとも気づかない大馬鹿ものだ。

俺は朋恵の好意に甘えていたのだ。

彼女のためと自分に言い聞かせているだけの自己中だ。

そんな駄目な人間に、人を救うことも資格もないと思った。



でもだからこそ、朋恵と向き合わなくてはならないと思った。自分が助けた責任を最後まで果たし、彼女の幸せを見つけてやるのが筋だろう。あと先考えず言ってしまったことだが、朋恵との関係をこのまま終わらせたくない。朋恵との将来を真剣に考えたい。当初の俺の計画なんざどうでもいい。

この瞬間から俺の人生は、俺と朋恵のものとなる。結末は俺次第。


さあ、ここからが正念場だ。

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朋恵Side


あの日から数日経った。

朝陽さんの前で、初めて強がりをやめて弱い自分を見せたあの日。これでこの生活も終わりかな、なんて思っていた私を彼は全て受け止めてくれた。私は彼が大好きだった。


だからこそ彼からお母さんと縁を切らことを告げられて苦しかった。


私のお母さん、藤原佳奈。世間一般ではいい人には見られない。私から見たら…よくわかんない。生まれた時からずっと一緒。私にとって唯一の家族で母親なのはお母さんだけ。

ひどい仕打ちばかりだったけど、嫌いにはなれなかった。


私は家族と言う関係の残酷さを知っている。

どんなに苦しくても、憎くても、切り離せない関係。愛情という不安定で見えない鎖で繋がれたその関係はときに人を惑わす。


周りにどれだけお母さんとの別れを切り出されても、私はお母さんから離れられなかった。いや、離れたくなかった。私にとって一番大切な人はお母さんだった。


でもある日、お母さんから別れを告げられた。

お母さんは私を捨てたんだ。そう思ってから自暴自棄になって、でも死にたくなくて、この体を売ってでも生きていこうとした。


そんな時私は彼に出会った。近所で見覚えのあるその顔の彼とは初めて話した。でも真面目で不器用な彼はとても眩しかった。私にないものをたくさん持ってる人。自分じゃなく周りを思いやる優しさを持っている人だった。自分のことで精一杯だった私には誰かを思いやる余裕なんてなかった。だから私はそんな彼にいつしか好意を持っていた。


彼からお母さんとの別れを提案されたとき、私の目から涙が溢れ出した。この時その好意が私の中でより鮮明になった。

そっか、私にとって一番大切な人はお母さんじゃなくて朝陽さんだったんだ。


これで思いは決まった。優しい彼と、これからについて向き合おうと思った。私も彼にばかり甘えてられない。私の人生は私と彼の人生だもの。




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8月15日、土曜日。

「朋恵、ちょっといいか?」

「うん、いいよ。」

お互いに改めて覚悟したその夜、二人は少しずつ二人だけのこれからへと向かおうとしていた。

「まず、すまなかった。いきなりあんな話をぶつけて。俺は朋恵に甘えてたんだ。許してほしい。」

「そ、そんなに謝らなくても。私だって、いきなり重い話して泣きついたし…」

「そこでだが、改めて俺たちのこれからについて真剣に決めていこうと思うんだ。今みたいなその場凌ぎでない生活のために。」

「…うん、私も考えなきゃって丁度思ってたから。」

「まず、朋恵は将来何したいんだ?」

「え?私の話?そりゃ、朝陽さんのお嫁さん…」

「真面目な回答で頼む…」

すると朋恵は恥ずかしそうに呟いた。

「……看護師」

確かに朋恵に似合いそうな職業だと思った。

「そっか、答えてくれてありがとう。」

「こ、これからの話と関係ないじゃん!」

「いや関係あるさ。」

俺は朋恵の目を見てゆっくりと告げる。


「お前の大学のことだよ。」


そういうと朋恵はまた泣きそうになる。

「私、大学行くつもりなくて…お金ないし。」

「お金なら俺が出すよ。」

「それは朝陽さんが出すお金じゃないよ!」

「いいか、俺の溜めたお金は俺のものじゃない。二人のものだ。だから俺が出す。」

「そんな…」

「心配すんな、俺こう見えても結構な高給取だから。それより行きたい大学とか決まってないのか?入るのに勉強とかしなきゃなんねぇだろうし。」

まあ、最悪俺が教えるでもいいけど。なんて考えているとついに朋恵は泣き出した。


「朝陽さんは優しすぎるの…。」

何か朋恵がつぶやいたが、今度は聞き取れなかった。 




あれから2時間ぐらい話し合って俺たちの新しい計画が決まった。朋恵は地方の大学の看護学科へ進学することを決め、俺もその周辺で田舎暮らしをすることを決めた。

そして俺たちはその計画を実行すべく、ある場所へ向かっていた。



チャイムを鳴らすと男性が出てきて、朋恵の顔を見ると家の中へ上げてくれた。

廊下を渡り、リビングへ案内されるとそこにはある女性が座っていた。



「……朋恵?」

「…お母さん。」




そこは朋恵の母が再婚した旦那の家だった。

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