第9話 計画という鎖を壊して
近所の小学生の騒がしい声が聞こえる土曜日のお昼。さっきまでとは様子を変えて、朋恵は表情を暗くしながらリュックから銀行の通帳を取り出した。
「こ、これは?」
朋恵は俺に銀行の通帳を渡すと、抱きついて泣き出した。
年頃の女子に抱きつかれたことなどないが、ここは宥めるのが賢明だろうと思い、朋恵の背中をさすってあげた。数分泣き続けた朋恵は疲れたのか、だんだんと落ち着きを取り戻して事情を話し始めた。
「あの日、家に帰ったらお母さんからこの通帳を渡されました。追い出してから一週間も帰ってこないから誰かいい人に泊めてもらったと思ったみたいで…。だからお母さん私のこともう放って再婚したらしくて…。一応高校までは行かせてあげると、卒業までの学費と必要最低限の費用が入ったこれを…。でももう私帰る家なくて、どうしたらいいか分からなくて、とりあえず一晩なら泊めてもらえると思ってあの合コンにネットのコミュニティで参加しました…。」
「年齢偽ってまでそんな無茶なことすんなよ。俺前言ったけどお前はもっと自分のことも体も大事にしろよ!」
「本当にごめんなさい。でもわたしには何も残ってないの…。」
そう言った彼女はまた目に涙を浮かべて俺の部屋の本棚の方を見た。
「もう一つ謝らしてほしいんだけど、あの本棚にあった、計画ノート?ってやつ勝手に見ちゃってごめんなさい。」
「えっ、あの、あれ見たのか…?」
「掃除してたら落としちゃって、たまたま見えたからそのまま読んじゃった。」
「....」
なんとも言えない恥ずかしさが俺を襲う。どうしよう。穴どころじゃなくどこでもいいから入ってしまいたい…。
しかし、朋恵はいつものようにからかうのではなく少し笑っていた。
「朝陽さんは自分で未来を選んで決めて、それを実現する力があるけど私にはない。いつか手に入るのかもしれないけど私は今欲しい。だから今朝陽さんがすごく羨ましいよ。
叶えたい目標があって、少なからず実現するために努力できて、私とは大違いだよ。」
違うよ。俺も昔はそうだったよ。
そう言ってあげたかった。けど口からその言葉は出なかった。
「私多分朝陽さんが好き。」
驚く俺を置いて朋恵は話し続ける。
「この家に泊めてくれて、一緒に過ごすうちに人の優しさを感じたの。今まで感じたことがない優しさだった。もしかしたら朝陽さん以外にも、世の中にはこんな優しさを持った人がいるかもしれない。けど私にとって大事な人は朝陽さんだけなの。」
気づけば俺も泣いていた。なぜかはわからない。けど朋恵の言葉が深く心に響いて涙を溢れさせた。
「お母さんからこのお金を渡されて追い出されたとき、お母さんに泣きついて助けてもらおうもした。お母さんと離れたくない、そう思えたはずだった。でも私はあの人を選べなかった。…実の親なのに私はあの人を大切な人、離れたくない人とは思えなかったの。その時頭に浮かんだ大事な人は朝陽さんだったの。」
初めて人に認めてもらえた気がした。誰からも認めてもらえなかった"自分"という存在を好きになってくれる人がいる。その事実が俺を優しく包み込んだ。
朋恵は再び俺に抱きつき、俺もそれを許した。
「あまりにも単純だと思う。でもこれが人を好きになることなんだって、そう思った時から止まらなくなったの。あの計画をみて、私もこんな自由になりたい、そう思った。
…最後にこの想いを伝えられて本当に良かった。ありがとう、朝陽さん。さような…」
「い、一緒に暮らさないか?」
朋恵はとてもおどろいた表情で俺の方を向いた。
「そんなの…朝陽さんの迷惑になるにきまってる。私は朝陽さんにどこまでも自由にいてほしい。私の恋心なんかで縛られて計画をダメにして欲しくない。」
そう言われると、俺は考えなしに叫んだ。
「俺も、朋恵が大好きなんだよっ‼︎」
「!」
「俺もお前と暮らしてくうちに、可愛くて、真面目で、でもどこか危なげなお前が気になってた!俺にできることはなんでもしてあげたいと思った!…自己満足的な庇護欲かもしれない。俺自身が気づいていない偽善かもしれない。けどいつしか、お前を守ってあげたいって心から思えたんだ!」
続けようと力を込めた瞬間、
グ〜
ここで大戦犯。俺今世紀最大のムードブレーカーを発動してしまう。
「…あはは、もうお昼だしお腹すいたね。何か作ってあげるよ。」
「…お願いします。」
「はい、任されました!」
朋恵は恥ずかしそうにしながらもいつもの元気を取り戻したように、調理を始めた。
一方の俺はさっき自分で言ったことを頭で反芻して顔を真っ赤にしていた。
飯が終わってひと段落して俺は話の続きを始めた。
「お前が計画ノートで読んだ通り、将来俺は誰かと結婚して、田舎でのんびり暮らしたい。そこで将来だが俺と結婚して一緒に過ごしてくれないか?」
長い沈黙の末、朋恵は答えた。
「…こちらこそ過ごさせてください。結婚とか一生まではまだ考えられないけど、朝陽さんからこうして言ってもらえたことが何より嬉しかったです。だから今は大事な人と少しでも長く一緒にいたい。なのでこれからよろしくお願いします。」
このとき俺には既に決心していた。あの頃の俺が立てたあの計画通りにはいかない、と。
俺は朋恵のために計画を壊す覚悟をして話す。
「でも1つ条件がある。」
「何ですか?金銭的な問題とか、場所の問題ですか?…それともエッチなことですか?」
ここでふざけられる精神はさすが高校生といったところか。
「お前の親の話だ。」
「私の...ですか?」
俺は大きく息を吸って勇気を振り絞って伝えた。
「親御さんとはもう縁を切ろう。」
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