第8話 二人が近づいた夏

あれから三日経つ。

何も過ちはなく、平和な日々が続いていた。

お互い呼び合うたびに言いにくいと思ったので、名前で呼び合うことを許可した。年下女子のことを名前で呼ぶことに慣れていないことで朋恵から散々からかわれた。

そしてこの三日間で朋恵の家事スキルが異様に高いことに気づいた。本人は何も言っていなかったが、これも母親が朋恵を放置したことによるものなのかと思うと胸が痛む。きっと俺には計り知れないほど苦しんできた彼女には同情なんか安っぽい助けだろう、と敢えて彼女の居場所をつくるために家事をしてもらった。


8月2日、夏の暑さとは打って変わってひんやりとした一日だった。せっかくの日曜日だが出かける気にもならず二人で家にいた。


「朝陽さんってほんと真面目だよね。」

「どうしてだ?」

「普通のこのぐらいの男の人なら三日もあれば理性がコントロール効かなくなって襲いそうなのに。この辺がほんと童貞だよね〜」

「世の中の同年代の男全員に謝れ。そんなクズ男は三日経たずに初めから襲ってるよ。まあ俺は朋恵なんかじゃ発情しないけどな。」

大嘘。めっちゃタイプです。

「‥真正面から魅力がないって言われると傷つく。」

「えっ?なんか言ったか?」

「いいえ!別に!」

何やら小さい声で呟いた後、顔を真っ赤にしてむすっと拗ねてしまった。そんな表情すら可愛く見えるあたり、この頃の俺はどうかしていたのだろう。


「…ところで朝陽さんは将来どうするの?まさかこんな小さいアパートで一生を終えるわけじゃないでしょ?」

「将来のことは考えてはいるが教えるつもりはないぞ。」

「え〜なんで?もしかして私が朝陽さんの将来にお世話になろうしてるように見えた?だとしたらそれはないから安心してよ。ただの興味だから!」

「あのなぁ…」


そこでふと将来の計画について、もし俺が朋恵と添い遂げたときのことを考えた。だいぶ想像とは違うものの、俺からしたらパートナーとしては朋恵は理想だと思う。もちろん都内の童貞(25)が夢見るダメダメな世界の中でですけど。


「朋恵は田舎暮らしってどう思う?」

考えてる間に口走っていた。

「どうしたの?急に。」

「朋恵が聞いてきたんだろ?将来のこと。おれの将来の理想は都会の喧騒から逃れて静かに田舎で暮らしたいんだよ。」

「華の女子高生にする話じゃないよ、それ。

定年退職したおじさんみたい。私だったらやっぱり都会に憧れるけど、社会人ってみんなそうなの?」


なんとなく計画を否定された気分になったので今日は、いつも寝かしてやってるベッドじゃなく朋恵にはソファーで寝させた。その際、

「ソファー硬すぎ、これじゃ寝れないじゃん!」

と言われたがお構いなし。久しぶりのベッドはとても寝心地が良く、仄かに優しいかおりがした。



8月6日、朋恵の元に一本のメールが届いた。

どうやら母親から家に呼ばれたらしい。全ての荷物を持って朋恵はこの家を去った。

その時「今までお世話になりました。」と言った彼女の表情はとても暗く、悲しいものだった。


翌日、俺は気分を晴らすため開発部の連中と合コンに行った。行ったというか連れてかれた、と言うのが正しい表現な気がするが。

圭先輩も誘ったが、

「俺、結婚したんだよね。」

と唐突に既婚者であることを告げられた。結婚式ぐらい呼んで欲しかった悔しさから立ち直るのにちょっと時間がかかったのは内緒だ。



合コンでは男性6人陣は全員開発部。一方女性陣は開発部の知り合いの人事部の方一人以外、一般の方だった。その人事部の人がインターネットのコミュニティで集めたメンバーらしい。確かに全員同じ会社は気まずいか、と各々納得した様子で合コンは始まった。


俺がこういうのに乗り気でないことを知っているメンバーが多いからか、俺に積極的に女性陣と話す機会をつくってきた。こうした機会があまり好きではなかったが、昔より楽しく話せるようになった。お酒も入り、そこそこに楽しんで話ができてきて、開発部の悪ノリもたまには乗ってみるもんだな、と思えた。みんなで楽しく飲んでいる中、早々にお酒でダウンしかけている女性が一人。みんなあまり気づいていない様子だったので、俺が話しかけてあげた。

「あの、大丈夫ですか?何かしてあげられることありますか?」

「…ふぇっ?朝陽さん?」

「えっお前、ここで何してんだよ!」

「ん〜?どうした真田、知り合いか?」


そこには顔を真っ赤にした朋恵がいた。いろいろ聞きたいことが頭に浮かんだが、それより先に行動していた。


「すみません皆さん、この人俺の知り合いなんですけど気分悪くなっちゃったみたいで。俺彼女送っていくんで、失礼させてもらいます。皆さんはこの後も楽しんでください。」

と言って財布から1万円札を抜き出しテーブルに置いて店を出る。


朋恵はかなり酔っているようで電車だと人目に付くし、体調を悪化させそうなのでタクシーを呼んで俺の家まで連れて行った。タクシーの中でボーッとする朋恵を見て、俺もこいつ相手に何してるんだろう、と朋恵に対しての好意のようなものを感じていた。


家に着くと、朋恵はすやすやとそのまま眠ってしまった。特別気持ち悪そうな感じでもなかったので、俺も安心してそのまま朋恵の横で眠ってしまった。



翌朝目覚めるとまだ朝の六時だった。土曜日にしては早い目覚めだが、着替えだの洗濯だのを先に済まそうと思って起きることにした。30分くらいして朋恵が起きた。

「ふわぁ、え、あ、なんでここに!?」

「おはよう朋恵、頭痛いとかないか?」

「ちょっと頭ズキンズキンする…」

「未成年が酒なんか飲むからだ、ほら水。」

「ありがとう…でもなんで私ここにいるの?」

「後で話すから頭痛引くまでしばらく寝てろ。」

「…襲ってないよね?」

「馬鹿なこと言ってねぇで大人しくしとけ!」


お昼頃になって朋恵は元気を取り戻したので昨日の経緯を説明した。


「またまたお世話になりました…」

「それで?お前はなんであの合コンに来たんだよ?」

そういうと朋恵は表情を暗くして、持ってきたリュックからあるものを取り出して、話し始めた。


「こう言うことなんですけど…」


朋恵が取り出したのは通帳だった。




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