第7話 不確定要素は無視できないもの

7月30日、25歳となりここまでの人生が割と充実していたのではと、自殺志願者の頃からの成長を実感していた。正直あと数年で退職ももったいないと思い始めているのも事実だった。そんな浮かれている時だった。



「ねぇ、おじさん?」


若さか幼さか、そんな雰囲気を微かに残す凛とした女性の声が聞こえた。

当然25歳はまだ若いと思っている俺に向けられている声とは思いもしなかった。


「ねえ、おじさんってば!」

「…え?俺のこと?」

「そうだよ!全然気づいてもらえないんだから!」


これの主は見るからに高校生という容姿で、服装こそありふれた制服だが顔つきは美少女系で、肩くらいまで伸びた薄茶まじりの黒髪がその魅力を際立たせていた。身長が比較的小さい俺と変わらないくらい背も高く、足も長い。スレンダーでtheモデルと言った佇まいで、要するに可愛かった。


「いや、俺に向けられているものだとは思わず…」

「周りに人が多い時間じゃないし、おじさんって呼ばれるのおじさんくらいだよ?」

「俺はまだ25だしそんなにおじさんおじさん連呼するな!」


確かにもう夜も遅い。少し残業したつもりがいつのまにか10時半を過ぎていて、自宅のあるここ最寄駅に着いた頃はすでに11時をとっくに過ぎていた。


「それで?こんなとこで何してるんだ?高校生ならもう帰って寝ろ。」

「そう!おじさんにひとつお願いがあるんだけど…」

「とりあえずおじさんじゃなくてお兄さんって呼んでくれ、呼ばれるたびになんか傷つく…」

「あー、じゃあお兄さん?、申し訳ないんだけど今晩泊めてくれない?」

「は?」


急展開すぎて全く動かない頭。


「なんで?普通に家帰れよ。」

「ちょっと帰れなくて…とりあえず今日だけでいいから、お願い!」


家出か何かだろうと思った俺は当然、面倒には巻き込まれたくないので拒否。冷淡だと言われても仕方ないが、今のこの国の法律じゃこの状況に陥った人を守ることはできない。やましいことがなくても、たとえ被害者とされる未成年者本人が証言しても、こういう場合誘拐犯とみなされるのがこの国なのだ。


「家出か?つまんねえことやってねえで、さっさと…」

「違うもん!もっと大変なの!」

「ん?どういうことだ?」

「その…家庭の事情。」

「はっきりしてねえじゃねえか!」

「話すと長くなるから泊めてくれるなら話す」


ここで夏休みなのに制服を着る彼女の違和感を覚える、と同時に何か、自分の中で彼女に同情のような何かが生まれた。


「…わかったよ。とりあえず話を聞いてやる。大したことない事情なら追い返すぞ。」

「やったー!おじさんありがと!」

「お兄さんだ!」


なんやかんやで一人暮らしを始めて、最初に家に入れたのがこの女だったことに気づく。

本当にあの頃から変わったなあ、とさっきまでちょっと喜んでいたのがすぐに残念な気持ちに変わる。


「汚いけど許してくれ。俺はとりあえずシャワー浴びるけどどうする?」

「…一応そういうことは無しと思ってたんですけど、やっぱり泊めさせていただく以上は仕方ないですかね…?」

「ん、あ、え、えっとそういうつもりじゃなくて!女子高生なら気にするかと思っていっただけだ!セクハラだったならすまん!」

「ふふ、慌てすぎでしょお兄さん!」

「…」

「わかりました、ありがたくシャワーいただきます。‥覗かないでくださいね?」

「わかってるよ!」


彼女いない歴=年齢の童貞はこういうとこに気を遣えないのか、と実感した。

着替えを持っていなかった彼女に適当に俺の服を着せて、話を聞いた。


事情は、平和な家庭に生まれた俺にとってとても衝撃的なもので残酷だった。


彼女の名前は藤原朋恵。近所に住む17歳高校3年生。

彼女の父親は彼女が生まれる前に他に家庭を作って離婚し、行方は分からず終い。

母親も男を作っては別れ、を繰り返す人だったようで学校のお金こそ出してもらったもののそれ以外家事も近所付き合いも全て彼女が担ってきたそうだ。祖父祖母はあったことがなくそもそもいるのかどうかすら聞かされず育ったため頼れないらしい。

そんな時だった。彼女の母親が再婚を決意し、再婚相手に3人子供がいるらしく新しい家庭に彼女が邪魔なようでこの間家から追い出されたそうだ。女なんだからどこかの男の家に泊めてもらえばいい、という親とは思えない言葉とともに。


友達の家を転々とするも何日もお世話になるわけにはいかず、また本当の事情を打ち明けられないでいた。途方に暮れていた時に出会ったのが俺だったらしい。


「いや、いくら毎日近所で見る顔だとしても危険じゃないか?いきなり知らない男の家に泊めてくれ、なんて。」

「お兄さんは昔から近所で知ってたし、なんとなくいい人そうだったし。仮に襲われたとしても泊めてくれるならいいかなって思うくらい追い詰められてたの。」

「俺はお前の親じゃないけど、そういうのはやめとけ。自分の体も大切に出来ないやつが自分の命なんて守れねえよ。境遇は確かにかわいそうだけど、そんなことで失っていいもんじゃねえんだから。」

「…ごめんなさい、今度からは気をつける」

「で、これからどうすんだ?」

「…え?」

「とりあえず今日はうちで泊まってくとして、明日からどこかあてがあるのか?」

「それは…」

「もし良ければうちで泊まって行け。俺しかいないけど一度助けたからには、その、ある程度の責任がありそうだし。誘拐犯として逮捕される恐れもなさそうだし。」

「本当に?」

「ああとりあえず数日はいいぞ、でも俺は仕事で昼間はいないから近所の人に怪しまれない程度に過ごしてくれ。」

「ありがとー!じゃなくて、ありがとうございます!これからよろしくなります。」



彼女の事情を聞いた時、ふと自殺を思い立ったあの頃を思い出した。俺と彼女の事情はかけ離れすぎていたが、思春期特有の不安に溺れていたのは俺も一緒だった。俺は頼れる人がいなかったのではなく、頼る勇気がなかったのだ。だからこそ勇気を出して声をかけた彼女になんらかの同情と助けなきゃいけない使命感を持ったのだろう。自分から行動し、自らの境遇を変えるために動いた彼女に。





こうして、俺と朋恵の同居が始まった。

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