第11話 二人の最終到着点
二人が目を合わせて一体どれだけ経っただろうか。部屋の端にある時計を確認しても2、3分しか経っていないが、場の空気の重さゆえそれ以上の時間を感じていた。
「……ごめん優人くん、席外してもらえる?」
「…わかった。終わったら連絡して。子供達と公園行ってる。」
優人と呼ばれた男性は小学生くらいの子供たち3人を連れて外へ向かった。玄関の閉まる音を確認して俺と朋恵は席に着く。
軽く俺が自己紹介すると佳奈さんは少し楽な姿勢になって話し始めた。
「…久しぶりね、こうしてちゃんと話すの。今日は何しにきたの?」
「…お母さんと話したいことがあるの。」
朋恵はまた黙ってしまった。
「あ、お母さんわかった!この人と結婚するから報告に来たんでしょ。まあでも朋恵は趣味悪いわねえ〜。こんな男のどこが…」
「お母さん‼︎」
朋恵の母親に苛立って俺も怒ろうかと思った瞬間。それは俺が聞いたこともないくらいの声で朋恵が叫んだ。
「ちょ、ちょっとどうしたの朋恵、大声出して。」
「どうしてもっと私を見てくれないの?私のこと本当に娘だと思ってた?今日お母さん私に、元気だった?すら言ってないんだよ?」
過呼吸になりそうな朋恵な背中をさすって朋恵を落ち着かせながら俺が続ける。
「今日初対面の人に言うことではないのかもしれませんが、朋恵さんの言うことを聞いている限り私は佳奈さんが朋恵さんの親を名乗る資格はないと思います。なので…」
鞄から書類を取り出し食卓の上へ。
「朋恵さんと親子関係を解消していただけませんか?」
流石にどれだけ適当に扱ってきた親でも初対面の人間からこの話を切り出されれば、それなりにうろたえると思っていた。
しかし、佳奈さんは違った。
「…わかりました。そういうことなら構いません。親子関係は今日で終わりでいいので早くこの家から出て行ってください。」
「お母さん?」
「どうしたのよ朋恵、私はもうあなたのお母さんじゃないわよ。」
「…おい、その言い方はねえだろ。あんたは朋恵に愛情ひとつないのか!?」
「……そんなものあの人が出て行ってからずっと無かったわよ!!!」
場に沈黙が訪れた。
「私は本当にあの人を愛していたの。それなのに、朋恵がお腹にいると知った途端あの人は態度を変えてしまった。でもそれでも私はあの人を愛し続けたわ。あの人がどんなひどいことをしても、朋恵が生まれればまた優しいあの人が帰ってくると信じてたのに…。あの人はもう帰ってこなかった。私はあの人に振り回されてたのよ。ずっとずっと。」
あの人が誰なのかはっきりとはわからなかったが、おそらく朋恵の実の父のことなのだろう。
佳奈さんは泣きながら続きを話した。
「朋恵が生まれて一時の幸せを得たと思った。けどあの人を失って私の心は荒んでいった。その穴を埋めてくれたのは朋恵じゃなかった。あの人が他に家庭を作ったように私も他に男の人を頼った。せっかく生まれてきてくれた我が子を愛したかったのに、私は最低な母親だった。あの人が出て行った理由を勝手に朋恵に押しつけて満足してた。朋恵に愛情がなかったのは事実だけど悔やまなかったわけじゃない。朋恵に酷くしたのは躊躇いなく、私の元から離れてもらうためなの。本当に謝りたかった。朋恵、今まで本当にごめんね。こんなダメな親で…」
朋恵は涙ながらに佳奈さんを見つめていた。
「でもこの新しい家族は私がやっと見つけた本当の幸せなの。それだけはわかってほしい。私はここで今まで得られなかった幸せを感じていきたいの。」
「…朋恵さんは佳奈さんと別れるのは嫌だと言っていました。あなたは確かに最低な母親だったのかもしれませんが、朋恵さんには親があなたしかいなかったんですよ。だから朋恵さんはあなたを最後まで嫌うことができませんでした。それでもまだあなたは朋恵さんに全く愛情がなかった、と言えますか?」
「お母さん…」
朋恵は佳奈さんに抱きついて泣き出した。佳奈さんも次第に朋恵を受け入れ抱き返していた。
「ありがとう、朋恵。朋恵がそんな風に思ってるなんて知らなかったわ。てっきり私を恨んでると思ってた。だから別れを切り出したの。この新しい家庭より朋恵にはもっと自由に、私のような人生じゃない素晴らしい人生を生きてほしい。でも伝わってなかったよね。ごめんなさい。お母さんなんか忘れて朋恵も新しい生活を…」
「家族って離れていても感じるものなんです。たとえその関係が嫌になっても簡単には忘れられません。別れくらいいいものにしてやってください…」
「私、お母さんの幸せは邪魔しない。せっかくお母さんが頑張って手に入れた幸せを私が奪いたくない。でもたまにまた会いにきてもいい?」
そう聞くと佳奈さんは朋恵を強く抱きしめて、「ええ、もちろんよ。」と微笑んだ。
こうして結局親子関係の解消は取りやめて、長きにわたる親子の仲違いは解決した。後日、日を改めて、俺と朋恵のこれからを佳奈さんと話して認めてもらった。
「最初は酷いことを言って申し訳なかったです。あなたのことは私も認めてます。こんな家族の話にあの子が頼りにして連れてくるんですもの。認めないわけにもいかないでしょう?」
と言われて確かに俺でしゃばりじゃね?と恥ずかくなったが、帰り際玄関で佳奈さんに「朋恵のこと、幸せにしてやってください」と言われた時は泣いてしまった。
それからうちの親のとこへ朋恵を連れて結婚についてと朋恵の事情を話すと、とても驚かれたが納得してくれた。そりゃそうだ、いきなり息子が理由あり女子高生に手出して結婚しますなんて、驚かない親がどこにいるんだ。
「あの時は誤認だったけど本当に逮捕だけはやめてね?」なんて母親から言われたときは冗談なのにちょっとばかし笑えなかった。
でも親は朋恵を受け入れてくれて、ありがたかった。やっと朋恵の居ていい居場所が見つかったと安心できた。
こうして少しずつこれからの生活が現実を帯びてきた。
俺は一月までに担当の仕事を全て消化し、そこから溜まっている有給を使って少しずつ退職できるように着々と秋から準備を進めていった。圭先輩に退職することを話すとあっさり受け入れてくれたが、
「この部も寂しくなるな…」と言われて咄嗟に反応できなかった。
予定より早い退職なので貯金は予定より全然少ないが田舎で農家を始める初期費用には充分だった。
朋恵も受験に向けて本気で準備し始めた。志望校は割と偏差値が高く、本当に受かるか心配だったが、朋恵はもともと勉強が得意なようでぐんぐん成績を伸ばしていった。朋恵が困ってる時に「わかんないとこあったら教えてあげるぞ」って言ったら「朝陽さんって頭いいの?」なんて生意気言いやがるから、東大卒の意地を見せて教えてやった。
そうしてそれぞれが新しい生活へ向けて動き出して、年を越した。
3月上旬、朋恵の合格発表の日。
引越しに向けて段ボールだらけの部屋で、俺のパソコンを使ってインターネットで番号を確認する朋恵と、朋恵以上に胃痛になってる俺。
「どうだ?受かった?」
「まだページ混み合ってるから!」
自分の受験の時ってこんなに緊張したっけ?
「ああもう耐えられん!ちょっとそこ走って…」
「あっ出た!」
「!」
たくさんの番号の中から朋恵の番号を探す二人。そしてついに、
「「あった!!」」
喜んで思わず声が重なる二人。
「やったよ!私4月から大学生だよ!」
「よくがんばったな。」
そう言って頭を撫でると、朋恵は嬉しそうに笑った。
「おめでとう、朋恵。」
「ありがとう、朝陽さん。」
その後朋恵は無事高校を卒業し、俺たちは新たな生活の拠点へ引っ越した。
「ここが新しい家か…!」
「これからもよろしくね、朝陽さん。」
「もちろんこちらこそよろしくな、朋恵。」
その日は二人だけの生活が始まるのにふさわしい、気持ちのいい日だった。
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