第6話 歯車は順調に狂っていく

無事就活を終え俺は晴れて春からX社で働くことになった。

X社は明治初期にその基盤を確立し、大正昭和に財閥との連携で大企業の仲間入りを果たした。2度の世界大戦、GHQの日本支配等を通して一時解体寸前であったが高度経済成長期には日本の様々な分野での発展を促進させ、今もなお人々の生活のあらゆる点でその力を発揮している大企業である。

このX社を勤め先として選んだ理由は2つ、年収が高い点と知り合いがいたからだ。


年収は同世代の約2倍程度で、たとえ昇格しなくとも生涯年収で約10億ほどの差を生むことになる。たった8年しか働く予定がないが後々資産は必要になる、と前向きに就職を視野に入れることができた。


また大学時代の直の先輩が勤めていることを知ったことも大きかった。経済学部時代の1つ上の圭先輩は男子校出身だったこともあり、性格はかなりガサツだったが優しい人であった。事あるごとに仲良く接してもらいとても助かった記憶がある、数少ない学生時代の友人だった。

また顔はかなりのイケメンで運動が苦手という欠点を持ちながらもモテモテだった。俺とは正反対の人間だったからこそお互いに理解し得ない悩みがあるのだろう、と慮ることができたからこそ仲良くなったのかもしれない。




なんやかんやで、X社に就職して2年が過ぎようとしていた。

この会社ではお客様のあらやるニーズに対応すべく常に新たな事業を模索するため、毎年一月に社員からの事業や新商品の公募を行う。内容重視で評価され、中身次第では新入社員の案が実際に採用されることもある。もし採用されれば昇給等の褒美があり、ただでさえいい職場環境がよりよいものになると社員一同が本気で取り組んでいた。

もちろん俺も例外ではない。大変にはなると言えども何も感じないまま退職するより、何か1つでもやりがいを感じて終わりたい欲望が体のどこかに隠れていたからだ。



二ヶ月後、結果が社内に通達された。

なんと今年は異例で、優秀な案が複数採用されていた。その中には俺の新商品案もあった。

春になり、俺は商品開発部の特別枠として同期より少し位の高い待遇で仕事ができるようになった。ここで入社当時教育係として再会した圭先輩とまた働くことになる。




25歳となった秋の頃、商品開発部を巻き込んで相手方の会社と少しトラブルになった。事の顛末は、相手方の発注ミスにある。そのミスは我々X社にあるのではないか、という指摘に対し、当時新商品のPRも兼ねてその際の手続きを担当した俺から不手際は明らかに相手方にあると対応し解決した。


この一件が無事解決したということで圭先輩含む開発部のメンバー数人で打ち上げに行った。普段飲み会ではあまり飲まず食わずの俺だが、

「今回は本当にお疲れ様‼︎今日は飲めよ〜!」

と先輩に言われいつもより肩の力を抜いていた。


飲み会の途中圭先輩と少し話した。

「朝陽〜人生ちゃんと楽しく過ごしてるか〜?」

「…そうですね。程々には」

「そっかー、でもあまり根気詰めすぎんなよ」

「えっ?」

「俺らまだまだ若いんだしさ、もっと気楽に色々やっていいと思うんだよ。人間ていうのはさ、思いもやらぬところでいきなり幸にも不幸にもなるものじゃん。だからさ自由にやろうぜ?まあその自由っていうのがある種の束縛なのかもだけど。」


圭先輩の何気ない言葉が暗かった心に沁みた気がした。






26歳になり、ある程度の仕事に慣れ計画上の就職人生の半分に達した頃だった。いろいろあり17歳の俺が立てた計画とは時々逸脱したりしなかったりだった。正直なところここまで計画通りに生きることは苦しさや辛さより、学生時代には得られなかった達成感や人とのつながりを感じる、とても性にあった生き方なのかもしれないと思い始めていた。

あの頃絶望していた自分の人生に意味が見出せて嬉しいと思っているあたり、俺はあの頃からかなり変わったのだろう。



だからだったのかもしれない。そのちょっとした計画の狂いが崩壊へとつながったのは。


「ねえ、お兄さん?」


まさに青天の霹靂であった。

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