チャプター 3-2

『──うぜ』

 …………。

『──い』

 …………。

『──なぁ、もう』

 …………。

『──ってか』



「おい、聞いてんのか?」

「ああ、聞いてるよ」

「ホントかよ」

「雀部がアレでソレでコレなんだろ。 分かる、それな」

「全然聞いてねぇじゃねぇか」

 何故か、大きくため息をつく青二。なんだよ、こっちは貴重な朝の時間を使って話を聞き流してやっていたのに。

「朝からずっと上の空だな」

「朝から? 何言ってんだ、今が朝だろ」

「オマエ、正気か。 今はもう昼だぞ」

「は? そんな訳……うわ、マジか」

 スマホで時間を確認すると、青二の言う通りだった。

「因みに、もう昼飯は食い終わったぞ」

「マジかよ……全然記憶にない……」

(嘘なのに気付かないなんて。 こいつはやべぇな、重症だ)

「はぁ……」

「おいおい、どうしたんだよ親友。 悩みがあるなら聞くぞ?」

「……なぁ、青二」

「なんだ?」

「僕は本当に昼を食べたのか?」

「はぁ、正直に言うと食ってねぇよ。 今から学食行こうぜって話してたところだからな」

「ふーん、そうか。 なら、行こうぜ」

「お……おう」

「ちょーっと待ったぁ!」

 食堂へ向かおうと、席を立った瞬間、佐渡さんことサバ女に呼び止められた。

「何か用?」

「食堂行くならジュース買ってきてよ。 モチのロンのモチ、クロくんのおごりで」

「はぁ? なんで僕がパシられた上にジュースを奢らないといけないんだよ」

「それはねー、め・い・わ・く・りょ・うだよ♡」

「いや、まるで意味が分からないんだけど」

 いくら朝から記憶が朧げだろうとも、サバ女に何かをする訳がない。そもそも僕は自分から彼女に話しかけたり、関わろうとはしない。だから、迷惑をかける以前の問題だ。

「あれを見たまえ!」

 サバ女が指差したのは──紫。彼女は、いつも通り自分の席に着き、弁当を広げていた。それがさも当たり前かのように。

 しかし、

「……紫のやつ、なんか元気ないな」

 いつもと違って、どこか切ない横顔をしていた。

「そう、そうなんだよ! 全然元気ないの!」

(いや、オレにはいつもと同じに見えんだけど)

「で、それがどう迷惑料に繋がるわけ?」

「そんなの、ああなったのはクロくんのせいだからに決まってるじゃんー」

(これは、アレか。 オレがツッコまないといけないやつか。 普段はボケキャラであるオレが)

「はぁ、また僕のせいか。 一応、聞くけど理由は?」

「ゆかりんが挨拶したのにクロくんが素っ気ない態度取ったからだよー」

(しかし、オレに──ツッコミ初心者にこの状況をツッコめるのか)

「それは……そうかもだけど」

「別に責めてる訳じゃないよ」

 さっきまでのおちゃらけた雰囲気が一瞬で消え、まるで犯人を問い詰める刑事かのようにシリアスな顔つきをする佐渡さん。彼女の真剣のように鋭い瞳が何を訴えているかは聞くまでもなく分かっている。

 しかし、僕は何も言う事が出来ない。

「あたしさ、クロくんのそういうとこ設定としては嫌いじゃないよ。 寧ろ、好き。 でも──人としては嫌いかな」

「……何それ」

「さてね。 あー、来週が楽しみだなー、青春、青春〜」

 強引だな、サバ女。いや、佐渡さん。

「なぁ、真一」

「なんだよ」

「石見のやつ元気がないな、ってどこがやねんー、いつもと変わらないやないかーい」

「…………」

「どうっ!?」

「いや、何がだよ……」


 ✳︎


 翌日の土曜日の朝。窓から入り込む陽は身を焦がすように熱く、目が焼け落ちてしまいそうな程眩しく感じた。それもそのはず、前日から青ニの家に泊まっていた僕は、

「なぁ、どういうコトなんだよ」

「僕も驚いたさ。 まさかおすしマンがこんなにサクサク見れる良作だなんて思わなかった」

 夜通しでアニメ鑑賞をしていたのだから。

「シンプルな一話完結、テンポもよくストーリー運びに無駄がねぇ。 キャラも個性的で、掛け合いもおもしれぇ。 序盤はそれで視聴者を世界観に引き込んでよー」

「後半は序盤に用意していた伏線を回収しつつ各キャラの思惑が交錯していく。 ベタだけど敵と知らずに仲良くなる展開はグッときたな」

「そして、涙の別れ……それまでの二人をあんなに幸せそうに描写してからやるんだもんな。 いい歳して泣きそうになったぜ」

「分かる。 それに戦いも味方サイドが毎回勝つって訳じゃなくて、足元を掬われるもんな。 それに目的を達成した敵は深追いせず、撤退するし賢いよな」

「あぁ。 敵といえば、幹部のナポリが『願いを叶えるに他者を不幸にするのは分かっている。 だが、それでも私は願いを叶えたい。 お前の正義とやらは同じ立場ならそう思わないのか? 正義の為、いや皆の為に己を殺すのか?』ってセリフがグッときたぜ」

「あれな、考えさせられるよな。 でも、それに対してまぐろんが『俺は願いを叶えて、みんなも──お前も幸せにする方法を探す。 絵空事だって言われても諦めない! 絶対にそうする!』って王道な返しをするけど、野望を阻まれたナポリが自害して、全ては救えないと痛感させられる。 もうどうにかなっちゃいそうだったよな。 それでも、まぐろんは仲間達と真っ直ぐ前を向いていく……やばいな」

「ほんとやべぇよ、みんな見てくれ……」

「だな……」

 DVD本編の再生が終了したテレビの前で感想合戦。そして、流れ続ける再生画面を肴に感傷に浸る。人間、名作に出会えた時はこうなるのは必然──最っ高の瞬間だ!

「良かったよな」

「あぁ、良かったよ」

「ほんとに良かったよな」

「あぁ、ほんとに良かったよ」

 頭の中に先程まで見ていたシーンやキャラのやり取りを思い浮かべ、その素晴らしさの前に語彙力を失い、ただ良かったと繰り返す。温泉に浸かって『いい湯だな』と呟き、ほっこりするのと似ている。

「ところでよ」

「何だ、まだ言い足りないのか?」

「いや、それよりも、もっと重要な話だ」

「重要? おすしマンの次の期を見るよりか?」

「あぁ、そうだよ」

「何だよ、それ」

「……なぁ、寝ようぜ?」

 ──ガッ。

ぇっな! 何すんだよ! オレだってオールはきついんだぞ!」

 寝不足で頭が回っていなかったせいか。青二がとんでもない爆弾発言を投下したと勘違いして、頭にクリティカル(拳)を叩き込んでしまった。

「……すまん、つい……悪気はなかったんだ」

「あったら困るわ、コンチクショウめぇ」

 いや、本当に悪いと思っている。本当の本当に。

「あーあ、今ので目が覚めちまったよ」

「すまん」

「別にいい。 ところで、今日中にそれ全部見るつもりなのか?」

 青ニが指差したレンタル袋には、おすしマンの一期(四〜十二巻)、二期(一〜十一巻)のディスクが入っている。

「いや、流石に全部は無理だと思ってる。 けど、二期の半分くらいは見たい」

「かぁ〜、スパルタかよ。 もっと、ゆっくり見ようぜ」

「何だよ、面白いからいいじゃないか」

「そうだけどよ。 お前、なんか焦ってね?」

「っ!? な、何の話だよ……」

「気のせいならいいけどよー……ふわぁ」

 大きな欠伸をかます青二。目が覚めたとか言っていた割には頭が回っていないだろ。

「…………」

 別に、焦ってなんかいない。

 絵を描き終わって一段落つき、当分部活を休んでもいいと思った。だから、約束通り青二とおすしマンの鑑賞会をしているだけ。夜通しで見たのも、放課後だけでは時間が足りないだけ。それに面白いから──ただ、早く次の回が見たい……それだけだ。

「ん、今なんか言ったか?」

「別に……」

「なんだ、腹減ってんのか? スニッケェーズ食うか?」

「誰も不機嫌になってない。 だから、いらない」

「へいへい」

 そう、僕は至って普通。今日も平常運転だ。

「なぁ、真一。 囲碁も、将棋も、一人じゃ出来ないんだぞ」

「はぁ? いきなり何言ってるんだ。 とうとう寝不足で頭のネジがぶっ飛んだか?」

「言っとくが、字面通りの意味じゃない」

 なんなんだよ、その顔は。なんで、そんなに真剣な顔をしてるんだ。お前、そんなキャラじゃないだろ。なんで、こんな時に限って……いや、こんな時だからか。

「青二。 一ついいか?」

「おう、いいぜ」

「おすしマンの二期を再生してくれ」

「くぅ、お前ってやつは……まぁ、いいけどよぉ」

 こんな時、渋々でも再生してくれる辺り青二は良いやつだと思う。本当に。

「ところでよぉ……寝たら、止めてくれよぉ……」

「分かってるよ」

 無論、青二が寝ようがお構いなしで見た。

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