チャプター 2-4
週明けの昼休みの教室、青二にも、スマホであの絵の写真を見せてみる事にした。
「なぁ、この絵どう見える?」
「なんだ? 心理テストか?」
「いいから答えてくれ」
「オーケー。 任せろ」
何故か、青二は目を瞑りスマホへ手をかざした。
「おい、何してるんだよ」
「プロフェッショナルの技を見せてやる」
「はぁ?」
「しぃ、静かにっ! 今集中してるんだ!」
明らかにバカな事をしているのに異様なまでの真剣さを発揮する青二。いきなり天井を仰いだかと思えば、唸って額を抑えたり、あまりにも滑稽な光景だ。呆れて言葉を失わざるを得ない。
「よーし、見えてきたぞ……お、なるほどな」
「なぁ、青二。 僕は真面目な話をしてるんだ」
「オレだって大真面目さ。 プロフェッショナルの技を信じろっ!」
「……はぁ。 で、そのプロフェッショナルの技で何が見えた?」
「んー、はっ! これは……白黒の公園の絵だ。 しかも、オマエが描いたな」
「お見事、流石はプロフェッショナル。 やるねぇ、明日からテレビでひっぱりだこだな」
バカなワンアクションを挟んだのはご愛嬌として。
やっぱり、青二も白黒の公園の絵にしか見えなかった。当たり前といえば当たり前だけど。
「で、なんでそんなコト聞いてきたんだ?」
「世の中にはこれを見て、夕景だってイメージ出来る子がいるんだよ。 それで他のやつにも聞いてみたくなったんだ」
やっぱり、都ちゃんの想像力は並外れていると考えるのが正しい。本当に、十年に一人──いや、百年に一人の天才かもしれず、驚嘆を禁じ得ない。……都ちゃんの事になるとすぐに親(兄)バカみたいになってしまうな。
「それマジかっ!?」
「あぁ、マジだ」
「こんなのからイメージしたのか。 やべぇな、やべぇよ。 超能力かよ」
「……悪気はないと思うが、こんなとか言うな」
青二のデリカシーのなさにはちょっとムカついたが、どうやら僕と概ね同じ感想を抱いたようだ。やっぱり、都ちゃんのイメージ力はすごいんだな。
「オレもイメージ力を鍛えたら、顔を見ただけで女子の履いてるパンツをイメージ出来るんじゃ……試す価値はあるな」
一体、どこからツッコんだらいいのか分からないが、とりあえず訂正する。こいつは僕とは違う。ただのスケベバカだ。もしかしなくても、聞く相手を間違えた。
とはいえ、それで結果が変わるとは思えないが……一応、他にも当たっておくか。
「お前にしてはキてるな」
「だろだろっ!」
「あぁ、キレッキレだ。 早速、委員長にイメージ力の鍛え方を聞いてくるといい」
「だな! 行ってくるぜっ! なぁ〜委員長〜〜」
青二は素早く委員長の元へと行った。遠耳に『あ、あのね。 そもそも私は委員長じゃないよ』と聞こえたが、聞かなかった事にする。その内、ちゃんと名前を覚えるから、それまでは……委員長で。
さて、他に話を聞ける相手といえば──。
「何、真一?」
僕は頼れる知人が少ない。
読書の最中に話しかけるのは申し訳ないと思ったが、頼れるのは紫ぐらいしかいない。別に、クラスメイトという視点であれば他にもいる。玄とか、玄とか、玄とか……あと、おまけの雀部とか。
だが、絵の事で話を聞けるとなれば別で二人しかいないだけだ。決して、二人がいなかったら寂しいぼっち野郎って訳じゃない。もう一度言うけど、僕はぼっちじゃない。二人が同時に休んでも困ったりしない。
「何、ボーっとしてるの?」
「すまん、余計な事を考えてた」
「うん?」
さて、そんな事より要件はさっさと済ませるに限る。
「ちょっと聞きたいんだけどさ。 この絵どう見える?」
青二の時と同じようにあの絵を見せると、
「キラキラしてる」
外角低めに抉りこむような珍解答をされた。
流石は紫。常識では測れない感性の持ち主で、僕は置いてけぼりだ。まさに常人の二歩先をいくキング──いや、クイーンっぷり。理解不能だ。
「なぁ、紫。 確かに、人類の英知の結晶、液晶画面はとてもキラキラしている。 でもな、そういう事を聞いてるんじゃないんだ」
「ん? 私もそういう事を言ったんじゃないよ?」
「なら、どういうつもりで言ったんだよ……」
「この絵、見てると胸がぽわってして、何か素敵な想いを感じた。 だから、キラキラしてる」
おかしい。言葉の意味を教えてもらったはずなのに余計意味が分からなくなったぞ。そもそも素敵な想いって何だ? 描いた本人ですら知らない新事実だ。まぁ、そんなものは
やっぱり、聞く相手を変えたところで何も変わらなかったな。
「これ描いたの真一でしょ?」
「あぁ、そうだよ」
「やっぱり、真一の色だと思った」
「なぁ、それってどんな色なんだ!?」
「黒と白」
・流れるような手の平返しは、流れるように手の平返しする by 真一
期待虚しく、紫は色を感じ取った訳ではなかった……全く、ぬか喜びじゃないか。
「何だ……ただの白黒か。 色、ないじゃないか」
「ただの、じゃないよ」
席を立ち、これでもかと顔を近づけてくる紫。それは、吐息がかかる程近く、何かの弾みで押されると、とんでもない事故が起きるのは確実な程近かった。
そして、真っ直ぐな瞳で僕を見つめる姿は……あの時の都ちゃんと同じだった。
「豆腐には豆腐の味があるように、これにも色がある。 濃い黒、薄い黒、擦れた黒、優しい白、力強い白、燻んだ白。 みんな語りかけてくる」
「…………」
「だから、ただの、じゃない。 ちゃんと色はあるよ」
「そんなの……とんちだよ、バカげてる」
紫の真っ直ぐな瞳に耐え切れず、目を伏せる。
「えいっ」
「ぬぁっ!?」
すると、いきなり頰をつねられた。
完璧に決まった不意打ちに、つい変な声をあげてしまい、クラス中の目を引いてしまう。言うまでもなく、気まずい雰囲気になる。
「お、おいっ」
「私、読書中に話しかけられるのは好きじゃない。 だから、ペナルティ一。 これは累積してく」
「それは悪かったよ。 次から気をつける」
「でも、話しかけてくれたのは嬉しかった。 だから、読書の分のペナルティはなし」
紫は言い終えると席に座り、読書を再開した。
だったら、さっきのペナルティは何の分だよ──とは聞けず、教室を後にする。
何故か、紫につねられた頰がじんわりと痛んだ。
「おっ、黒川くんじゃないか」
とりあえず、ジュースでも買おうと自販機の前まで来たものの、特に買いたいものもなく迷っていると後ろから声をかけられた。大きなため息が出そうになったのを何とかこらえ、後ろを振り向く。
「檀野先輩……どうもです」
案の定、そこに居たのは同じ美術部に所属する三年の
今日も、ピエロのようなニヤニヤ顔で、ご自慢の軽く天然パーマのかかった前髪の毛先をいじっている。余程、気分が良いんだろう。
「何か用ですか?」
「いや、たまたま君を見かけただけで、何か用があるって訳じゃないんだ」
「そうですか。 じゃあ、僕はこれで」
「おいおい、せっかくなんだ。 少しぐらい話をしようじゃないか。 最近、休みがちなんだしさ」
「じゃあ……少し、なら」
僕は、この人が嫌いだ。
檀野先輩は自信家で、よく自分を某有名画家に匹敵する天才と称している。その自信は、自作の名刺を持ち歩く程でかなりのものだ。しかし、それはただの自惚れではなく実力からきている。
先輩曰く、幼い頃から英才教育を受け、数多くのコンテストで賞を受賞しているそうだ。それに、僕みたいな素人から見ても才能があるのも、実力が段違いなのも分かる。決して口だけの鼻持ちならない嫌なナルシストではない。話し方や接し方は、まさにそれだが、気にしてはいけない。
部内では発言力がやや強く、仕切る事が多い。ただ、人望はそんなにないので従う人は少ない。一応、家が金持ちなので何人かは
これだけなら、ちょっと嫌な先輩程度で関わりを持たなければ問題はない。だが、この人は何かと僕に突っかかってくる。そんな事をする理由は分からないが、入部当初から目を付けられているのは確かで、嫌なとこばかり突いてくる。
だから、嫌いなのだ。
「そういえば、絵の方はどうだい?」
やっぱり、それか。
「ぼちぼちって、感じです」
「おいおい、そんな
にこやかな顔で嫌味を言ってくる檀野先輩。つい顔のチャーミングなそばかすが爆発してくれ、と願ってしまう。
どこで仕入れたかは知らないが、この人は僕のアレの事を知っている。知ってて、その話へ持って行こうとする。いつも。
「……下書きは、終わりました……」
「そうか、それは良かった! 君は熱心で僕も認める素晴らしい部員だからね。 心の底から嬉しいよ!」
「……恐縮です……」
「うんうんっ。 それで、色はいつ塗るのかな?」
案の定、嬉しそうに色の事を突いてくる檀野先輩。
「まさか、また塗らないつもりかい?」
「……塗るの苦手なんで……」
「ダメだなぁ。 もっと君の才能を活かさないと。 ほら、努力する才能をね。 分かるだろ?」
「…………」
「なぁ、苦手だからって逃げてばかりじゃいけないと思わないかい?」
「……そう、ですね。 次、頑張ります」
「そうか、次か。 うん、楽しみにしているよ。 じゃあね」
クソったれピエロの檀野先輩は、今日の楽しみを終えると愉快に笑いながら去っていった。
今日は部活を休む事になるな。これもまたあの人の
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