チャプター 1-6

「よっ、重役出勤ご苦労」

 朝から罰を与えられてしまい、ブルーな気分で机に突っ伏していると声をかけられた。声の主は聞かなくても分かる。あいつだ。

 今の気分であいつと話すのは少々気が進まないが、無視すると余計面倒な事になるので素直に顔をあげる。

「やっぱり、お前か」

 案の定、声をかけてきたのは小学校時代からの悪友こと倉井青二くらいせいじだった。今日もどこぞのアイドルような七三分けをピシッと決めている。ところで、どうしてみんなアイドルの髪型を真似したがるのだろうか。よく分からない。

「やっぱりって、なんだよ」

「……うっせぇ、バカ」

「バカとはひどいな。 それが親友のいない寂しい朝を過ごしたオレに言うセリフか? 信じらんねぇぞ」

「……普通にに引くから冗談でもそういうのはやめろよ、ったく」

「真一、オレの目を見ろ。 本気マジだ」

「なお、悪いわっ!」

 こいつにそれを言われるとある人物に喜ばれるので非常に困る。きっと、今も……。

「どうした顔色が悪いぞ?」

「お前のせいだよ、バカ」

 もし。もしもこいつが少しでも友人としての距離感を大切にするやつであれば目を付けられる事はなかったのだろうか……いや、アイツは屈強な精神の持ち主だから変わらないか。

 それよりも、こいつ自身の方が問題か。どうして『親友』の意味を履き違えた馴れ馴れしいやつになってしまったのか。昔のお前はもっと静かで大人しいやつだった……気がする。ともかく、長い付き合いで根は良いやつなのは知っているが、そんなの関係なくちょっとうっとお……暑苦しい。

「とりあえず、元気出せよ。 笑う門には福来る、だ。 テンション上げ上げでいこうぜ!」

「お前には分からないのか……僕の辛さが」

「そりゃな、他人事ひとごとだし」

「くっ、お前ってやつは……」

 親友を自称するならほんの少しぐらい僕の気持ちを分かってくれてもいいじゃないか……。

 あの後、必死に走って学校へ向かったものの、結局一限は遅刻してしまった。しかも、運の悪い事に今日の一限は遅刻には人一倍厳しい三村の授業だった。三村のやつ、それはそれは嬉しそうな顔をして『今日は、たらふく食べていいぞ』と言わんばかりの大量の課題を課してきた。さらに課題の内容は苦手な数学。まさに泣きっ面に蜂、今にも吐きそうだ。

「にしても、真面目なお前が遅刻するなんて珍しいよな。 何かあったのか?」

「メールで言ったろ。 大した事じゃないって」

「詳しく教えてくれよ〜。 オレたち親友だろ?」

 このひょうきんな態度を見ていると『親友というより悪友じゃないか?』と議論をしたくなるが、まぁいいか。変につっこめば話がおかしな方向へ進みそうだし。

 親友だから話してやるかどうかはさておき。仮に、こいつに話したとしたらどうなるか……イメージ、イメージ。


『見知らぬ小学生を学校に行かせる為に色々あって遅刻したんだよ』

『そりゃ大変だったな、おっつー』


 うん。まず、これはないな。こいつが小学生というパワーワードを聞いて、大変だったの一言で済ませてくれる訳がない。


『見知らぬ小学生を』

『小学生っ!? 小学生ってあの小学生かぁっ! あのShow you guts(略 やっぱ、同年代に興味なさそうなのはそういうコトだったのか! このロリコン野郎め〜』


 うん。こっちのがしっくりくるな。この思いっきりぶん殴りたくなるウザさが青二っぽい。

 となると言わなくても答えは一つ。バカ正直に言えるか! 僕はそこまで素直なやつじゃない! ありのまま起こった事を話したりしない。絶対に。

「複雑な理由があるんだ。 だから、話せない」

「なんだよ、その海ドラみたいな言い回し」

「別に、そんなつもりで言ってない」

「でもよ、何か言いにくいことがあるんだろ? 嫌だぜ、親友が裏でクリスタル売ってるなんて」

「じゃあ、お望み通りぶっ飛んでみるか?」

「おいおい、待てよ。 ぶっ飛ぶって、暴力はちげぇだろ」

「なーに、大して違いはないさ。 それに……慣れれば痛みも快楽に」

「ねぇ、真一」

「おわっ!?」

 青二と話していたところに、いきなり耳元で名前を呼ばれ驚いてしまう。急いで振り向くと長い黒髪を後ろで結びポニーテールにしている女生徒が立っていた。

「お、驚かせるなよっ」

「何が?」

「……いや、何でもない」

 彼女は石見紫いわみゆかりだ。

「おはよう」

「あ、あぁ、おはよう」

「うん。 じゃ」

 挨拶を終えると紫は自分の席へと戻り、文庫本を開いた。

「遅刻してもちゃんとオマエに挨拶すんのな」

「みたいだな」

「相変わらずのラブラブカップルだな」

「分かっててバカ言うな……ったく」

 中学の頃、紫とは仲が良い以前に同じクラスになった事すらない。同じ美術部で部活の時に話す程度の仲で特段親しい訳ではなかった。にも関わらず、紫は僕への挨拶を毎日欠かさずしてきた。わざわざ別のクラスに来てまでも。

 その理由は、僕をライバル視しているからだそうだ。正直、どうして僕がライバル認定されたのかはよく分からないが、初めての部活の時にそう宣言された。それ以来、ライバルには礼節を重んじるべきとかどうとかで挨拶をしてくるようになった。何というか武士っぽい……でもないか、とにかく変わったやつだ。

 因みに、お互いに下の名前で呼んでいるのは『ライバルなら名前で呼びあうべき』と言われたからだ。決して、周りの連中が噂しているような親しい仲だからじゃない。噂でも僕と紫がカップルなんて言語道断だ。

 確かに、容姿だけ見れば誰だって紫と付き合いたいと思うだろう。髪型は、ぱっつん前髪に横を姫カットのように顎のラインで合わせ、後ろはポニーテールで間違いなく周りの目を惹く。それに都ちゃん同様の綺麗な黒髪は素晴らしい。お金を払って触らしてくれるなら是非そうしたいとさえ思う。

 スタイルも日本人とは思えないメリハリのあるグラマー体型寄り。とある筋によると確実にEはあるらしい。素晴らしEのEだ、並じゃないぜ! と、言っていた。

 だがしかし、性格に難ありだ。

 何を考えているのか分からないやつ程怖いものはない。もしかすると、あの真面目な鉄仮面の下にはとんでもない地雷が……まぁ、あってもなくても、当の本人は恋愛に興味なさそうだし、触らぬ神に祟りなしだ。

 そもそも学生の内に恋愛をするなんてどうかしている。『学生の本分は勉強で恋にかまけている暇なんてない!』とまでは言わないが、もう少し真摯に付き合うべきだと思う。

 恋の『こ』の字も知らないくせにイベント毎に付き合って、時間が経てば別れる。それの何がいいんだ。恋愛マンガを見習え! 恋の落ち方は人それぞれだが、ゆっくり、時には遠回りやすれ違いをして着実に2人の仲を深めていく──そして、最後には互いの気持ちをぶつけ合い感動のラストだ。

 それがいいというのに最近の若者と来たら、やれキープだの、やれハーレムだの、やれママだの……不真面目が過ぎる。あと、ちょっと赤面させてキュンとすればいいと思っている。恋愛を何だと思っているんだ。娯楽や暇つぶしじゃないんだぞ!

「今、すげぇ堅いこと考えてるだろ? 顔に出てるぞ」

「気のせいだ」

 堅くなんかない。これくらい普通だ。

「まぁいい。 それより、最近ツイてなくてさ」

「お恵みならやらないぞ」

「同情して欲しいわけじゃねぇーよ。 ただ、雀部とのゲームが負け続きでちとやべぇんだ」

「ん、お前またそんな事して。 いい加減そういうのは卒業しろよ」

「それが出来ねぇから」

「そうやってすぐ黒川真一に頼ろうとする。 だから、キサマはダメダメのダメ野郎なのだ」

「なっ、その声は……っ!?」

「フッ、ワタシは」

雀部すずべじゃないか。 何かっこつけてんだよ」

「……ちゃんと最後まで言わせろっ!」

 突如現れ、インテリぶって人差し指でメガネを押し上げている男子生徒は雀部香すずべかおる。こいつとは中学の頃から付き合いで、いわゆる腐れ縁だ。

「は? 何いきなりキレてるんだよ? 牛乳飲むか?」

「うるさい! そんなベタなボケはいらん!」

「なんだよ。 ついでに、チビなのも心配してやってるのに。 百四十センチ」

「なっ!? キサマぁ……百四十二センチだ!」

「そんなの誤差だろ」

「う、うるさいっ!」

「まぁまぁ、かおる。 落ち着きなよぉ」

 ゆっくりとした口調で雀部を宥めているぽっちゃり体型の大柄な男子生徒は亀井玄かめいげんだ。玄と雀部は幼馴染みで一緒にいる事が多い。まぁ、玄は雀部のブレーキ役だしな。

「覚えていろよ。 キサマのようなボンクラもいずれはワタシの前に──」

「雀部のやつ、また自分の世界に入ったぞ」

「はは、だねぇ」

「まぁ、暖かい目で見守ってやろうぜ」

 雀部は幼い頃から思い込みが激しく、感受性も強かったらしい。そんな雀部が中一の時に某創作物を手に取った結果……それは発症した。そして、そのまま、本当にそのまま。何なら身長もそのままと言っていい程そのまま育ち、今に至る。一言で言うならば若気の至り。それをよく言うなら、誰よりも青春を謳歌している少年だ。

 因みに、玄がブレーキ役というのは自分の世界に入ってしまった雀部を現実に引き戻せるからだ。真相は定かじゃないが、玄にしか出来ないらしい。

「ほらぁ、香、青二と話すことがあるんでしょ?」

「ん? ああ、そうだったな。 倉井青二! その他力本願な根性をしている以上、キサマに勝利は訪れない!」

 一つ言っておいてやる。その他力本願の使い方は間違っている。

 と、水を差したいところだが、面倒な事になるのは目に見えているので黙っておく。

「くっ……反論出来ねぇ……」

 いや、反論出来ねぇ、じゃないだろ。最初からそんなバカげたゲームをしなかったらいいだけだ。

 雀部と青二はゲームもとい賭けをして勝負するのが好きだ。賭けといっても金銭を賭けたりはしない。賭けるのは"人生プライド"だ。ゲームの内容自体はその都度変わり、トランプ、ボードゲーム、テレビゲーム、何なら叩いて被ってじゃんけんポンでもいい。とりあえず、勝敗がつけばOKだ。で、負ければ世にも恐ろしい罰ゲームが待っている。とはいえ、負けてもたかが罰ゲームをするだけなので健全だとは思う。

「だが、このまま頼らずにパンイチで校内を一周するよりはマシだ!」

 前言撤回。とても不健全だ。

「フッ、そうか。 ちゃんと忠告はしたからな」

 満足げな表情をした雀部は高笑いをしながら玄とともに自分の席へと戻っていった。

 本当にバカらしいな。

「というワケで頼む……!」

「何がという訳で、だ。 そもそも負けて困るならやらなきゃいいだろ」

「バカ言え、 男にはやらなきゃいけねぇ時があるんだよ!」

「だったら、男らしく散れ」

「冷てぇこと言うなよ〜。 オマエだって親友のパンイチ姿は見たくねぇだろ?」

「それは親友じゃなくても見たくないな」

「なぁ、助けてくれよ〜」

「……ったく、お前ってやつは」

 このまま放っておけばこいつの破滅は確実。それはいい。ただの自業自得だ。

 しかし、パンイチの変質者に校内を闊歩されるのはシャレにならない。だから、事前に防止したい気持ちはある。それに『あいつはいつかやると思ってた』なんてお約束になってしまったセリフも吐きたくない。

 一応、今日は昔のこいつのおかげで助かっている。一応。

 だから、助けてやりたいのは山々だけども。

「イカサマなら手伝わないぞ」

「安心しろ。 それはもう失敗済みだ」

 こいつ本当に切羽詰まってたんだな。呆れて苦笑いも出来ない。

「じゃあ、部屋の模様替えでもしたらどうだ?」

「残念ながら風水は信じないって、ばあちゃんと約束したんだ」

「なら、お手上げだな」

「簡単に諦めないでくれよ〜。 神、オカルト、ジンクスなら頼るからさ〜」

 ジンクスは何か違うだろ。ニュアンス的には分からなくもないが。

「なぁ、頼むよ〜」

 さて、このまま泣きつかれるのは非常に困るし、すごく鬱陶しい。毎回、のびひろくんに泣きつかれる未来のタヌキ型ロボットもこんな気持ちだったんだろうか。是非、のび大くんには自立してもらいたい──そういえば、いつからのび大くん呼びになったんだろ? 昔はのび大お兄ちゃんと呼んでいたはずなのに……成長とは時に残酷なのかもしれない。

「おい、急にボーっとしてどうしたんだ?」

「すまん。 何でもない」

「しっかりしてくれよー、オマエだけが頼りなんだからさ」

 正直、頼りにされているのは悪くない気分だが、その信頼はどこから来ているんだ……まぁ、いいか。とりあえず、何か適当な事を言って納得させないとな。何か、縁起のいいものが……そうだ。

「都合よくお前にピッタリなラッキーアイテムを知ってるぞ」

「マジかっ! 流石は頼れる親友! で、何なんだ?」

「おすしマンのストラップだ」

「は? なんだそりゃ?」

 インコのように首を傾げる青二。まぁ、普通の高校生は夕方の子ども向けのアニメなんて知らないよな。現に僕もストラップを買わされるまで知らなかったし。

「僕が教えれるのはそれだけだ。 あとは自分で調べてくれ」

「よくわかんねぇけど、わかったぜ! サンキューな! 早速、行ってくるわ!」

 こうして青二は意気揚々とおすしマンについて調べる旅へと出かけた。旅といっても仲の良い委員長に聞きにいくだけだが……というか、初めから僕じゃなくてそっちに頼れよ! わざわざ言及する必要はないから言わないけど。


『なぁ、委員長〜。 おすしマンって知ってるか?』

『……あ、あのね、倉井くん……』


 いきなり巻き込まれた委員長には申し訳ないが、彼女の分も穏やかな一日を過ごそうと思う。

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