チャプター 1-5

 校門を出たところでポケットからスマホを取り出し、時間を確認するとメールが入っていた。

「ん……青二せいじからか。 とりあえず、返してと……まずい、時間、時間」

 時刻は、八時半過ぎ。ここから高校までは歩いて二十分程で着く。だから、走ればHR中には着けるだろう。それは遅刻とあまり変わらないが、歩いていくよりはマシだ。それに上手くやれば慈悲をもらえる。

 もう一刻の猶予もないので勢いよく地面を蹴り、ノンストップで高校まで駆け抜けていくつもりだったのに……。

「そんなところで何してるの?」

「別に。 何も」

 走り出して数分。道端でランドセルを背負ったまま立ち尽くしているサイドテールの少女を見かけた。鋭い目つきのせいか、少し大人びているように見えるが、輪郭は丸みを帯びており、顔にはまだ幼さが残っていた。それに背の高さをも都ちゃんとそう変わらない。多分、歳も同じくらいだ。

 彼女は、特に困っている様子には見えなかった。しかし、この時間にこんなところにいるのは明らかにおかしい。普通なら学校にいる時間だ。

 それで放っておけなくて声をかけてみたが、

「えーと、学校に行かなくていいの?」

「うっさい、バーカ」

 明らかに余計なお世話だった。

「大体、お兄さんには関係ないでしょ」

 ……お兄さん呼びか。知らない間にそれくらい普通になってたんだ──じゃなくて。この子の言う通りだ。

 僕はこの子と知り合いでも、何でもない。正直、この子が学校に行こうが、行かまいが、どうだっていい。行くように説得しても何の得にもならないし、この子にも何か事情があるのかもしれない。

 それに僕だって他人に構っているような時間はない。だから、何事も無かったのように立ち去るのが正解だ。

 なので、何事もなかったかのようにその場を後にした。だがしかし、

「放っておけないよなぁ」

 僕の良心がそれを許さなかった。

 急いできびすを返し、再度少女の元へ戻る。

 世知辛い世の中で下手したら通報されるかもしれないし、お節介なのも分かっているが、無視していくなんて冷たい事は出来ない。

 とはいえ、何の策もなく話しかけたら同じ結果になるのは目に見えている。だから、近くの自販機で缶ジュースを買ってから少女に話しかけた。

「はい、これ」

「は? ジュースなんていらないし」

「まぁ、そう言わずに。 今、目の前で買ったんだし変なものは入ってないよ」

「いや、そういうことじゃなくて」

「ほら、いいから、いいから」

 強引に手渡すと少女は渋々缶ジュースを受け取ってくれた。

「で、ずっとここにいるの?」

 返事はすぐには返ってこなかった。なので、一緒に買っておいた自分の分のジュースを喉に流し込み、少女の方から口を開いてくれるのを待った。

「……なんなの、大声で叫んで欲しいの?」

「それをされたら困るけど、そうなったら君は学校に行く事になるね」

「ウザっ」

 心の底からそう思ったのだろう。まるで親の仇を見るような鋭い目つきで睨まれた。それは子どもとは思えない凄味のある目で、同い年ならビビって卒業まで話せなくなるところだった。

 僕は動揺を誤魔化すように、再びジュースを喉に流し込む。少女もそれに合わせるように缶に口をつけた。

 しばらくの間、ずっとにらまれていたが、急に睨むのをやめ、観念したように話してくれた。

「あたしさ、よく遅刻するから警備のおっさんに目を付けられてるの。 んで、遅刻する度にウザいお説教をされる。 それが嫌だから、ここで時間を潰してたわけ」

 遅刻の説教をされるのが嫌でこんな所で時間を潰していただなんて何とも子どもらしい理由だ。可愛い。

「なのに、今はお節介な人に絡まれてウザさMAX FEVER。 素直に学校に行けばよかったよね」

 前言撤回。やっぱり、可愛いくない。

「それは、ごめんね。 でも、僕がお節介を出来たのは君が遅刻してくれたおかげだからね」

「ッ!」

 少女に対して自分に出来る精一杯の笑顔を見せる。すかさず、睨み返してくる少女。少女との間に見えない火花がバチバチ鳴っているのが分かる。まさに一触即発、スパーキング! 今にも、ハチャメチャが押し寄せて来そうだ!

「……ったく、なんなの」

「あ、そうだ。 せっかくだから乾杯しようよ」

「ほっんとウザいっ!」

 激しく怒りを露わにする少女。こちらとしても、このままバトルになっても一向に構わないっ! と、言いたいところだが、僕は少女の問題を解決する方法を知っている。なので、これ以上の無駄な争いはやめようと思う。……冷静に、大人げないし。

「ところで、もし警備員に会わずに学校に入れるとしたらどうする?」

「は?」



「良かった。 まだある」

 やってきたのは小学校の裏手にある小さな畑。ここは、元々授業で使う予定で作っていたらしいが、指導要領が変わったとかで使わなくなってしまった。そのせいで、使い道もないまま、ずっと放置されている。

「ここのフェンスをよじ登っていくわけじゃないよね?」

「まさか。 そんなことしたら監視カメラに見つかる。 カメラの位置を把握して侵入するのはスパイの基本だよ」

「…………」

「冗談、もっと楽に入れる場所があるよ」

 目を背けたくなる程冷たい目を向ける少女。少しぐらい悪ノリに付き合ってくれたってバチは当たらないというのに。

 全く、これがジェネレーションギャップってやつか。最近の子はロマンがないな……いや、違うか。

 それは、さておき。この畑には小さな林が隣接している。目的の場所はその中だ。

 畑周辺を見張る監視カメラの死角を通り、林の中へ入る。無論、その中も伸びきった草のおかげで死角になっている。

「ここだよ」

「は? さっきはエラそーにカメラがどうとか言ったくせに結局よじ登るんじゃん、この変態!」

「そんな訳ないだろ! あと、変な言いがかりをつけるな!」

 誰も小学生に踏まれたくなんかないし、パンツにも興味ない。

 ……気を取り直して。一見なんの変哲もないただのフェンス。

 しかし、

「ここをこうする……っと」

 一部だけ外れて穴が開く。いや、開くように作り替えてある。

「これ、お兄さんがやったの?」

「僕はそんな悪いやつじゃない。 やった張本人を知っているだけだよ」


 ──僕が小学六年生の頃。

『なぁ、ここのフェンスを抜け道にしたら面白くないか?』

 偶々、壊れているフェンスを見つけた悪友が良からぬ提案をしてきた。勿論、そんな悪事に加担する気もなければ、メリットもない僕は適当な返事をして流した。それに協力者がいなければやらないだろうと高を括っていた。

 だがしかし、やつはバカだった。


 こうして学校のセキュリティは驚く程甘くなってしまったが、幸い今日まで悪用される事はなかったようだ。

 因みに、在学中は一度も使う事なく秘密のまま終わった。本当にあいつは何をしたかったのか分からない。

 だが、こんな形で役立つ日が来るとは……世の中、どんなに無駄だと思えるものでも、いつかは誰かの役に立つのかもしれない。いや、偶々か。

 ともかく、これで少女は無事学校に行き、僕も気兼ねなく高校へ行ける。

「それじゃあ、後は適当な言い訳をして頑張って」

「……うん、ありがとう。 お兄さん」

 予想外の素直なお礼にポカンとなる。もっと憎たらしく、皮肉を言ってくるかと思っていた。どうやら、根は素直で良い子なのかもしれない。

 僕はそれに対して親指を立て幸運を願い、振り向き歩き出すと、

「なんて言うと思ったかっ! バァーカ、ヴァークァっ!! あたしは炭酸の方が好きなんだよ! 覚えとけっ! べぇーっ!!」

 憎まれ口を叩かれた。

 思わず振り返って文句を言いそうになったが、生憎あいにくそんな時間はないのでやめておいた。

 本当に可愛いくない。どうして僕はこんなにも可愛いげのない子の為に遅刻する道を選んだのか。別に後悔はしないが、つくづくお人好しだな……全く。

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