チャプター 1-3
あの後、都ちゃんに町の案内を終え、帰宅。そして、いつもより賑やかな夕食を済ませ、自室へと戻っていた。
「キラキラ……か」
椅子にもたれかかり、天井を見上げながら呟いてみても何かを思い出す訳もなく、部屋に虚しく響き渡るだけだった。
公園での一件。キラキラについては心当たりがある。だが、どうして都ちゃんはいきなりあんな事を聞いてきたのか、皆目見当もつかなかった。
「昔、会った時に何か言ってたのかな」
僕は初めて都ちゃんと会った時の事を覚えていない。何者かによって意図的に忘れさせられたみたいに。
だから、本当は都ちゃんと会っていたのは僕じゃない。僕の中にもう一人の自分がいて、そいつが会っていたのかもしれない。
「……って、んな訳ないか」
あまりの馬鹿らしさに苦笑いさえ起きない。
今時、そんな思春期の拗らせた妄想みたいな話はあり得ない。この科学とインターネットが発達している時代で中ニ病は流行らない。それこそ意識してなりきらないと無理だ。
まぁ、身近に大絶賛なうのやつもいるけどさ。
「……バカバカしいな」
少しでも気を紛らわせようとスマホを開くと、好きなマンガ家──Go・リラ先生の新作が発表さていた。そのタイトルは、
『ワタシだって義理の妹になりたい!』
衝撃的なものだった。
何の悪戯か、気を紛らわせようとしたのに今朝の都ちゃんの発言が頭を過る結果になってしまった。
「あー、もう……」
大きなため息が出る。何故なら、あれもある意味問題だからだ。
今朝は勝手に悲しい事故だったと納得したが、公園での様子を考えると昔の事が関係しているかもしれない。別に根拠はないが……あの時の悲しげな都ちゃんが頭から離れないせいでそう思ってしまう。
「なんかモヤモヤしてきたな」
こういう時は
まず、今夜の主役となるものを探す。出来ればスタイルの良いものがいい。手足が長くスタイリッシュなやつを……。よし、最近手に入れたこれにしよう。
次に、真っ白な紙を準備し、手の届く範囲へと置く。これからすることにおいて紙は必要不可欠だ。無いと始まらない。いや、始められない。
あと、手も汚れるから個人的にはウエットティッシュもあればベストかな。普通のティッシュでもいいけど。
次は、道具の選別をする。ここは、慎重にじっくりと考え、目的に合わせて選ぶ──のが普通だが、あまり時間をかける気はないので使い慣れたものを選ぶ。
本来なら専用の道具などを使いギンギンに尖らせて、時間をかけてした方がいい。そちらの方がやりきった時の満足感は絶大だ。だが、僕は素人の延長線上でそこまでのこだわりはない。だから、使い慣れた道具で手早く済ませる。それに西部の早撃ちガンマンのようにパパッと済ませる方が好みだ。
道具を選び終えたら、準備完了。さっそく始めよう。
最初は優しく撫でるように、さっと。ここでいきなり力を入れるとあとで後悔する事になる。あくまでさーっと、さーっと、デリケートに。子猫だって優しく触れられる方が喜ぶって前にテレビで言っていたし、この作業もそれと同じだろう。……違うか。
満足のいくエンディングの為に無心で手を動かす。そう、ウォーミングアップは大事だから。
──シュ、シュッ。
そろそろ終着点が見えてきた。手も大分あったまってきたし、少し力強く。でも、傷つけないように配慮して、と。
さらに入念に手を動かす。もう充分に形は整ってきた。しかし、ここで油断してはいけない。せっかく、ここまで丁寧に仕上げてきたのに、早く仕上げようと焦って台無しにしては失敗するどころか今夜の主役にも失礼だ。ここからは、より丁寧に、手を立てて時間をかける。
十数分後。いよいよクライマックスだ。いくら慣れているとはいえ、この瞬間は未だに手が少し震える。言うまでもなくメンタルが弱いせいだ。
「ここ……ここを、こう……ッ!」
ドク、ドクッと波が押し寄せる。それをせき止めるかのように呼吸を止め、手を動かす。一心不乱に。
そして、
「ふぅ……やりきった」
無事、いつものアレを終了。今回も良い気分転換になった。さてと、今夜の主役と紙を片付けるか。
「あ……あのぅ?」
「わぁ゛ーっ!?」
不意に背後から細く、透き通ったソプラノボイスが耳に入ってくる。恐る恐る振り向くと、案の定そこにいたのは都ちゃんだった。しかも、パジャマ姿で。
ごくりと唾を飲み込む。
不可抗力。不可抗力で、都ちゃんの髪からからほんのりと漂う爽やかな香りが僕の
「……オゥレンジ……」
今のは聞こえていない事を祈る。
都ちゃんの顔は少し火照っており、唇はリップクリームを塗ったばかりかのように綺麗なピンク色でツヤツヤしていた。間違いなく、お風呂上がりだ。
さて、どうしてお風呂上がりの都ちゃんが僕の部屋にきたのか。それはいい。どうせ母さんの差し金だ。
それよりも重要なのは、都ちゃんの髪だ。つい唾を飲んでしまう程綺麗な黒髪。それは、やましい気持ちからではなくただ純粋に惹かれている。言うなれば素晴らしい絵に心を奪われるのと同じだ。
今朝も思ったが、都ちゃんの髪には天使の輪がくっきりと見えている。これは、髪を美しく見せるキューティクルが綺麗に整っている証拠だ。キューティクルは熱や刺激に弱く、きちんとヘアケアしていないと保てない。だから、それを維持するのは想像を絶する程大変だ。だが、それを乗り越えたからこそ髪は美しく、綺麗に輝く。直接、触った事はないから確証はないが、見るからにサラサラなその髪の触り心地はシルクのようになめらかで、手に絡め指の隙間をするりとすり抜ける感触は胸を幸せでいっぱいにしてくれるに違いない。
まさに天使の至宝。あぁ、許されるなら先端だけでも触りたい……。
「ご、ごめんなさいっ! 驚かせるつもりなかったんです」
「……っ!!」
魅力的な天使の至宝を前に、つい我を忘れ、あと少しで触れそうになったところで正気に戻る。
「ちゃんとノックはしたんですけど、気付いてないみたいだったので……」
「え、あ、あぁ、そうだったんだ。 ごめんね、気づかなくて」
せ、接触未遂っ!? 僕がっ、欲望に負けてっ!?
……気をつけないと。こんな
「で、どうしたのかな?」
「紗枝さんに、お風呂が空いたのをお兄さんに伝えてと頼まれたんです」
「あー、そうだったんだ。 わざわざありがとうね」
「いえ。 ところで、何をしていたんですか?」
その一言で、思わず体がビクッと震える。
……まずい。非常にまずい。
都ちゃんのいる位置からだと見えていないから大丈夫だと思っていたが、ノックしても気付かない程何かに集中していたら、そりゃ気になるよね。
困ったな。今、机の状況──アレを見られる訳にはいかない。絶対にっ!
だが、どうする。宿題に集中してたとか言って適当に誤魔化すか。いや、変に嘘をつくと予期せぬ事態で首を絞める事になるかもしれない。それなら、何かで注意をそらしてアレを隠すのがベストか。
都ちゃんの気をそらせれるような物は……ある、あるぞ! とっておきの物が!
灯台下暗し。逆転の発想。見られたくないのなら、逆に見せるっ!
「あのね、都ちゃん。 見せたいものがあるんだけど」
「え、なにですか?」
椅子を回し、都ちゃんの方へと体を向け、勢いよく今夜の主役を見せた。すると、
「な、ななな!? ふあっ、これ、これぇ!!」
大変喜ばれた。
「あれ、もしかして知ってるの?」
「はいっ! すっごく好きなんです!! おすしマンっ!!」
まさか、今夜の主役ことおすしマンのストラップを見せただけでこんなにも喜ばれるとは思ってもみなかった。
おすしマンとは夕方にやっている子ども向けのアニメで、言うまでもなくおすしをモチーフにしたキャラだ。確か、キャッチフレーズは『みんなを繋ぐ握り一丁!』だった。
ストーリーは主人公のまぐろんが町のみんなを助けるヒーローもので、色んなキャラとの主義主張が交錯するらしく、子ども向けとは思えない深いやり取りがあるらしい。
因みに、見た目はそれなりに可愛いが子どもへのウケはそんなに良くない。でも、根強いファン(大人)がいるおかげで、今もシリーズが続いている。
「これシークレットのトロまるですよね! 初めて見ました!」
瞳を輝かせ興奮冷めやらぬな都ちゃん。何はともあれ、これなら上手い具合に注意をそらせれる。
「詳しいんだね。 もしかして、このキャラが一番好きだったりする?」
「はいっ! おすしマンには素晴らしいキャラクターがたくさんいるんですが、その中でもトロまるがダントツで好きで──」
都ちゃんが熱く語り出すタイミングを見計らって、背後に手を回し、机の上にあるアレをさっと引き出しの中へとしまう。
「──初めて登場する回はDVDで何度も見てます!」
こちらの動きに全く気付かず饒舌に話している都ちゃんを見て、ほっと安堵のため息をつく。無事、作戦は成功した。一時はどうなるかと思ったが、喉元過ぎればなんとやら。見られなくて良かった……まぁ、別に見られても、ちょっと恥ずかしい程度だけど。
「お兄さん、聞いてますかっ?」
「う、うん、もちろん聞いてるよ!」
「本当ですか? あやしいです」
頬を膨らませ、ジトーッとした目つき顔を覗き込んでくる都ちゃん。好きなものの事になるとこんな顔をするんだ。あまりの可愛さに、つい笑ってしまう。
「あっ、今なんで笑ったんですか!」
「ごめん、ごめん、ついね。 そんなに好きなら、これあげるよ」
「えっ、いいんですか!? こんな高価なものをもらっても……」
ストラップをあげるだけなのに鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚く都ちゃん。しかし、それは束の間で、一気に申し訳なさそうにしゅんとする。僕からするとそれはすごく不思議な反応に見えた。だって、これは商店街の会長が好みで入荷したが、全然売れず、在庫を抱えて困ってるからと無理矢理買わされた代物だったからだ。とても高価な代物とは思えない。
まぁ、それは余計な情報なので黙っておく。
「全然いいよ。 ほら、トロまるも好きな人が持ってくれてる方が喜ぶだろうし」
「でも、何か良いことをしたわけでも、誕生日でもないのに、もらうなんて……でき、ません」
白間家では意外と厳しい教育をなさっている事に少し驚いた。でも、だからこそ、ここまで行儀のいい子に育ったのだろう。
都ちゃんは俯きながら名残惜しそうにストラップを返してきた。その様子から内心では、ものすごく葛藤しているのが伺える。
さて、そんな風に返されると、尚の事プレゼントしたくなる。素直に受け取ってもらえるような理由があれば……そうだ。
「じゃあ、都ちゃんが家に来た記念にあげるよ」
「私が来た……記念ですか?」
「そ、今日を記念日にしようよ。 僕と都ちゃんだけの特別な日」
僕の唐突な記念日宣言に都ちゃんが口を開けてぽかんとしている。その反応で余計な事を言ってしまった自分のミスに気付いた。
結果は、まだイエローカード。ギリギリ耐えている……はず。よくよく考えると『僕と都ちゃんだけの特別な日』は完全に余計だった。ふと目に入った恋愛マンガの言い回しをマネしてみたが、どうやら僕にはまだ早かったらしい。華麗に大人の階段をズッコケ落ちてしまった。
「そ、そのね、えーと……これから都ちゃんと一緒に暮らせるのは僕も嬉しいからね!」
──それはその場しのぎの嘘ではなく、僕の本心だった。
「ふあっ、ありがとうございます! 大切にしますね!」
ストラップを受け取り、目を細めて嬉しそうにお礼を言う都ちゃん。その笑顔はどこか懐かしい気がした……デジャヴってやつかな。
とりあえず、退場処分にならなくて一安心だ。
「それじゃあ、そろそろお風呂に」
「あ、あのお兄さん!」
「ん、どうしたの?」
「その……また後で、ですね……おすしマンのお話をしに来てもいいですか? その、ダメなら断っていただいても大丈夫、です」
「…………。 話し相手が僕でいいなら」
「ふあっ、ありがとうございます!」
ぺこりと一礼をしてから部屋を出る都ちゃん。その後ろ姿から分かる上機嫌っぷりは見ていて微笑ましい光景だった。
まさか気分転換に絵を描いていた事を誤魔化す為に見せたトロまるのストラップのおかげで都ちゃんと仲良くなれるとは思わなかった。変な物を見せて注意をそらす程度にしか考えていなかったのに。
「ストラップの写生はともかく」
「それにしても、おすしマン……か」
そんなに良い作品なんだろうか。また今度時間がある時にでも見てみようかな。
♪
都はとあるアプリを使い、日記をつけることを日課としている。そのアプリは音声入力で書き込む事が出来る。なので、字体は台本のセリフのように書かれる。それは、まるで感情を込めているかのように。さらに録音をして、その日の心情をそのまま残せる。それは都にとってとても大事なことだった。
-都の日記-
4月15日 今日、お兄さんと再会できました。ずっと会いたいと思っていたので、すごく嬉しかったです! えへへ。
ただ、お兄さんがわたしのことを忘れていたのは残念です……。当たり前ですが昔会った時とは少し変わっていました。良い意味でも、悪い意味……でも。
けど、お兄さんは優しいお兄さんのままです。そこはあの時と何も変わっていません。ですが、あの事を思い出してくれないと……。
また後で、お話をするのでそこで思い出して……なんておとぎ話みたいに上手くいくわけないですよね。
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