チャプター 1-2
僕が住んでいる
さて、町を案内すると言っても、こんな田舎町にめぼしい場所はあっただろうか。駅前にある商店街は来る時に見ているだろうし、少し離れた国道沿いにある飲食店なんか知らなくても問題はない。そうなると、この子が知っておくといいのはコンビニくらいか。この辺で、緊急事態に頼れるところといえばあそこしかないと言われている。いや、そもそも緊急事態になることなんかないし、別に今じゃなくてもいい。それにコンビニなんか案内されても嬉しくないだろう、田舎者じゃあるまいし。
となると、知ってて都合がいいのは小学校か。でも、学校は嫌でも明日行く事になるし、もし他の子に見られたら『前日から学校を見に行くってどんだけ楽しみなんだよ!』と引かれるかもしれない。今時の子は、そういうの気にするって前に聞いたことがあるし……うーん、困ったな。
考えあぐねいていると都ちゃんの方から『僕のお気に入りの場所へ連れていってほしい』と提案された。
「それって、もしかして」
「で、ですっ」
「分かった。 それじゃあ、いこっか」
特に断る理由もないどころか、このままでは家の前から一歩も動けず途方に暮れるところだったので、ありがたい申し出だった。
「そういえば、都ちゃん。 歳はいくつ?」
「今、十歳で。 今年、十一歳になります」
という事は小学五年生なのか。見た目から、てっきり四年生くらいだと思っていたが、さっきの丁寧な振る舞いと言葉遣いを考えると高学年でも不思議じゃないか。寧ろ、高学年じゃない方が変か。
我ながら情けないが、小学生の事を全く理解出来ていない。これから、この子は思春期の多感な時期に突入するというのに、この体たらくでは不安でしかない。ひとつ屋根の下で寝食を共にする者として、少しでも小学生を理解できるように精進せねば。
「お兄さんは今年から高校一年生ですよね?」
「そうだけど、よく分かったね」
「お兄さんのこと。 よく覚えてましたから」
「ゔっ」
多分、都ちゃんにとっては何気ない一言だったのだろう。しかし、僕からすると痛いところを突かれてしまった。初めから僕の事を尋ねていたので当たり前と言えば当たり前だが、都ちゃんは僕の事をしっかり覚えている。なのに、僕ときたら名前どころか会っていた事すら覚えていなかった。
どうして覚えていないんだろうか……幼稚園の頃の事も、小学校の入学式の事も鮮明に思い出せるのに、都ちゃんの事は思い出せない。何故だろう……彼女とすごく大切な事を……。
「お兄さんっ!」
「へ、うわっ、わぁっ!?」
都ちゃんが大声で呼びかけてくれたおかげで現実に戻る。考え事をしながら歩いていたので車の音に気付かず、危うく十字路を飛び出して
「あ、ありがとう都ちゃん、助かったよ」
「いえ、急にボーっとしてどうしたんですか?」
「ちょっと考え事をね、あははぁ……。 そうそう、ここって事故の多い場所だから気をつけてね。 ついさっき轢かれかけた僕が言える事じゃないけど」
「そんなことは……。 あ、逆にお兄さんのおかげでよく分かりました」
「そ、それは、よかったよ。 うん……」
この気づかいは無邪気な優しさなのだから気を悪くせず真摯に受け止めようと思う。
「ともかく、もう考え事をしながら歩くのはやめるよ」
僕は間違いなく何かを忘れている。だが、そんな事を考えている場合じゃない。今は都ちゃんに町を案内している最中。つまり、エスコートしている身だ。なら、目の前の事だけを考えるべきだ。そう、今は目の前いるこの子から目を背けてはいけないんだ。
住宅街を歩くこと十数分。やってきた来たのは住宅街の端にある小さな公園だ。
この辺りは台地になっており、この公園はその端にある。つまり、崖のすぐ側だ。なので、ここはボール遊び禁止。昔は滑り台やブランコなどの遊具もあったが、こんな場所で遊ぶのは危ないと撤去された。勿論、ここは誰にも手入れされてないので花壇はおろかそこら中で雑草が活き活きしている。もし中央に土管があれば誰もが良く知る空き地が完成するだろう。そんな何もない寂しい公園の奥にはある場所へと続く一本道がある。
「一応、整備はされてるけど、足元には気をつけてね」
「は、はい」
目的地は、この木のトンネルを抜けた先にある──
「ふあっ、ここがお兄さんのお気に入りの場所」
展望台だ。
だが、展望台と言ってもベンチと古びた照明灯が立っているだけの寂しい場所である事は変わらない。
「どう?」
「すごくきれいです」
でも、さっきの公園と違って町全体を見渡せる。だから、ここは寂しいだけの場所じゃない。
「ここ小さい時から来ているんですよね?」
「うん。 気分転換をしたい時とかによく来るかな」
昔の自分は、そんな事までもこの子に話していたのか。親にも話していないこの公園の事を話していただなんて。余程、仲が良かったんだな。
「確かに、すてきな場所……ですね」
「都ちゃん?」
小さな声で呟き、どこか悲しげな表情で町を眺める都ちゃん。その様子は、何かを憂い、涙を流しているように見えた。
「あの、少しお聞きしたいことがあります」
「何かな?」
「お兄さん……今も"キラキラ"していますか?」
それは突拍子もない問いだったせいか。はたまた、あまりにもタイムリーな問いだったせいか……何も、言えなかった。
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