エピローグ ……一年後
1
一年後、私と梢は富士宮市内にある八神家の墓を訪れていた。
今日は百合の命日である。
朝から雨がしとしと降っていて、八月だというのに肌寒かった。しかし、私たちが富士宮駅に降り立った時には雨雲は綺麗さっぱりいなくなっていて、雄大な富士山が駅から望めた。
八神家の墓がある墓地は富士宮市南東部の山中にあった。
細い石階段を上がりながら左手の斜面に並ぶ墓石の群れを眺める。雲一つない青空から容赦なく降り注ぐ陽光を照り返しながら、死者の眠る石柱は厳かに佇んでいる。この中の一つに、百合も眠っているのだ。
どこからかセミの鳴き声が聞こえ、線香の匂いが漂ってきた。
途中に水道があったので、下で借りた手桶に水を汲んだ。運動不足のせいか、やけに重く感じる。
「持ってあげるよ」
梢が言う。
「大丈夫」
ぽちゃぽちゃと水をこぼしながら階段を上り詰め、頂上付近の一角へ入る。
「あれ?」
お盆前だからまだ人はいないと思っていたら一人だけお参りをしている女性がいた。白い帽子を深めにかぶった、初老の女性だ。しかも彼女が参っているのは八神家の墓である。八神家の関係者、いや、今日は百合の命日だから、百合の知り合いだろう。
しゃがみ込み、じっと手を合わせている彼女の横顔に見覚えがあるような気がしたが思い出せない。彼女はまるで石像のように微動だにせず、ただじっと、目の前の墓石に祈りを捧げていた。
私たちが近づくと、その気配に気づいたようで、彼女はさっと腰を上げて逃げるように私の横をすり抜けていった。
「今の人、どこかで見たことある」
「あたしも」
ほっそりとした面立ちに悲壮感を漂わせた女性だった。
「どこだっけ……」
「たしか、そう、八神百合の葬式だったな」
「ああ、そういえばそうだ」
だが、会話をすることもなかったし、名前なども聞いていないので結局どこの誰かは判らないままだ。
何気なく振り返ると、ちょうど石階段のところで足を止めていた彼女と目が合った。彼女はこちらに深くお辞儀をすると、ゆっくりと階段を下りていく。彼女の姿が見えなくなってから、私は八神家の墓石に向き直った。
「百合、会いに来たよ」
去年の葬式以来だ。墓石の表面は綺麗に磨いた鏡のように輝いており、謎の女性が残した線香はほとんど灰になっていた。
花立のところに二種類の花束が置かれている。これも彼女が置いていったのだろう。一つは百合、もう一つは蘭の花だった。 ――了
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